提言・見解

小泉内閣の「都市再生」についての見解

2001年12月5日
特定非営利活動法人 建設政策研究所「緊急経済対策」プロジェクト

目次

はじめに

 内閣総理大臣自ら本部長をつとめる都市再生本部は、第二次決定(8/28)において、首都圏を中心に一連の大規模な「都市再生プロジェクト」を列挙し、国土交通省は2002年度予算概算要求において、国費ベースで全体の3割にあたる2兆5千億円を都市再生関連に集中した。小泉内閣は、都心部で走り始めた民間の大規模再開発と連動して、経済対策の中心に「都市再生」を押し出す構えを見せている。

 この「都市再生」政策は3つの柱からなっている。その第一は、民間の大規模都市開発の展開に対応して従来型公共事業で周辺基盤を整備することである。これは都市の利便性を良くし、民間投資物件の価値を高めることを目的とした施策である。第二は、さらなる土地規制緩和・容積率緩和を行うことである。これは民間事業者の国・公有地の無償使用、土地収用権の付与などにより民間事業者の初期投資を少なくし大規模な都心部再開発の展開に弾みをつけようとするものである。第三は、不動産の証券化を促して、不動産市場を整備することである。これは投資家の危険負担によってデベロッパーやゼネコンが開発資金を確保するものであり、また都市空間を国民・大衆の金融資産の投資対象とする条件を整備するものである。

 これらの施策のねらいは、第一に民間デベロッパーを中心とした大企業が都市圏の再開発に絡んで、再び大きな利益をあげることが可能な環境をつくりあげることである。第二に東京を中心とした都市部の国際都市としての機能を高め、金融や商品の国際取引上の競争力を高めるとともに、アメリカなどの国際投資資本の要求にこたえることである。第三に不動産取引の活性化により、銀行やゼネコンの抱える塩漬け土地の流動化を図ろうとするものである。第四に国民の金融資産を投資に振り向けることにより証券市場の活性化を図るとともに、投資型経済を構築し、金融・デベロッパーなど大企企業の「再生」を図ることである。

 このように、「都市再生」政策は、アメリカや日本の経済の落ち込みを大企業向けに回復させるための経済対策として登場したもので、その結果は、都心部の住環境を新たに悪化させ、人間居住の条件を奪うことにつながる。

民間の再開発事業に呼応した従来型大規模公共事業の都市集中

 小泉内閣の「都市再生」プロジェクトは、都心部ですでに本格的に展開されている民間の再開発に呼応したものである。東京都心部を見ると丸の内、八重洲、汐留、品川、六本木、新宿、飯田橋など各地で工場跡地や旧国鉄用地など低未利用地などを活用した大規模再開発が展開されている。小泉内閣の「都市再生」プロジェクトは、この大規模な都心集中を支えるインフラの整備として具体化がはかられている。都市再生本部が決定した第二次都市再生プロジェクトでは「大都市圏における国際交流・物流機能強化と環状道路体系の整備」と称する従来型の公共事業が並べられている。東京圏では新東京国際空港・東京国際空港の整備・拡張、東京湾の国際港湾化、首都圏三環状道路(圏央道、外環道、中央環状道)の整備などである。これらプロジェクトは橋本、小渕内閣時の「緊急経済対策」や2000年5月経済団体連合会が提案した「東京圏都市新生プロジェクト」の内容とうりふたつであり、同12月に東京都が発表した「東京構想2000」の二番煎じといえるものである。このように財界と小泉内閣および石原都政など地方自治体が一体となって取り組んでいるところに「都市再生」の大きな特徴がある。

大規模再開発展開に向けた政府・行政の支援措置

 大手デベロッパーなどが供給する事務所・店舗・マンション・ホテルなどの事業が開発資本にとって有利に展開できるための政府・行政のさまざまな支援措置がとられようとしている。第一には土地・建築規制緩和政策を挙げることができる。第三次都市再生本部決定(一二月四日)では「緊急に取り組むべき制度改革の方向」において、土地の買収や集約化が円滑に進むように、従来公的主体に限定されていた強制力を民間事業者に付与するための法改正を行うとしている。また、政府の「総合規制改革会議」は、都市の価値を高めていくために「都市にかかわる諸制度の抜本的な見直しをすすめる」として、街区・地区単位による建築規制緩和、国際的な水準のオフィスビルを整備していくための容積率規制緩和などを行うとしている(「重点六分野に関する中間とりまとめ」2000年7月)。このように、デベロッパーなどが都心市街地を舞台に自由に資本の蓄積を進めることを容認しようとする政府の意図が明白に示されている。

 第二には開発事業の建設価格を低減し、テナントや入居者を呼び込みやすくするための支援措置である。旧国鉄用地をはじめ国・公有地の低価格払い下げ、都市基盤整備公団や整理回収機構(RCC)が保有する土地の活用、PFIによる国・公有地の無償使用などにより開発原価を低く抑えることができる。そのことにより不動産の分譲価格や賃貸料を安くし、競争力を強化するとともに投資価値を高めさせようとするものである。

 第三には不動産の登記の際にかかる登録免許税を廃止・縮小することなど土地取引の税負担を軽減することにより不動産取引を活性化させる措置である。

 このような開発業者に対する至れり尽せりの支援策「構造改革」の名目で実施しようとしている。

不動産証券化による開発資金の調達と国民の金融資産の投資への誘導

 政府の「総合規制改革会議」は「不動産市場の構造改革は、都市再生の基本課題」であると宣言し、証券化のさらなる促進を含む、不動産市場制度の整備を行なうとしている。不動産証券化は、第一に再開発のための資金調達を市場から調達しょうとするものである。従来、再開発事業の資金は、大手銀行、デベロッパー、ゼネコンが分担してきた。しかし、不動産バブルの崩壊によりそのツケを彼ら自身が背負うこととなった。その教訓を生かし同じ轍を踏まないために、投資家の危険負担による証券化により、資金調達するしくみが考えられた。

 小泉「構造改革」では不動産証券をはじめ証券市場を活性化させるため、1400兆円にものぼる国民の金融資産を投資に向けさせるさまざまな誘導策が行われている。主な誘導策としては、

などがあげられる。

 これらは国民の将来不安のために貯蓄された資産を半ば強制的に投資市場に吐き出させ、証券市場の活性化に活用しょうとするものである。そして、不動産価格の下落などによるリスクは多くの国民に分散し負担させようとするものである。

投資対象として都市を「再生」し、不良債権処理・不動産流動化をすすめる

 以上のように、小泉内閣の「都市再生」の眼目は、投資対象として都市を「再生」するという点にある。これは不良債権処理・不動産流動化、それらを通じた「構造改革」という基本的政策課題に沿ったものである。「都市再生」問題は、森内閣の経済対策閣僚会議が策定した「緊急経済対策」(2001年4月)において、「不良債権の早期最終処理」をすすめる上で不動産の流動化が重要な鍵を握るものであるために、その柱のひとつになっているものである。その点では「都市再生」は、まちづくりや地域経済の振興といった観点から提起されたものでは全くない。不良債権処理・不動産流動化、さらにそれを通じた投資型経済への「構造改革」という経済対策として登場したのである。

 本来、長期的な観点からすすめられるべき都市政策が、当面の経済対策、「構造改革」に従属して推進されている。このような都市政策のスタンスは根本から改められなければならない。

「都市再生」政策は国民に何をもたらすのか

 第一に、巨大建築物の集積により、都心への一極集中が再び引き起こされ、新たなまち破壊・過疎が進行し、住民にとっての居住環境をいっそう深刻なものになることである。

 地域の住民は再び追い出されるともに、新たに地域外の高所得層や外国人投資家など特別な階層の居住するまちとなるであろう。

 第二に、従来型の大規模公共事業の推進は、破綻している国家財政をさらに悪化させることになる。これは消費税増税などの国民負担増につながる。さらに環状道路などの建設は都市周辺のまち破壊、環境破壊を進めるとともに、都市部への公共事業の集中は地方の地域経済に深刻な影響を与える。これは地域中小建設業者や労働者の倒産・失業のいっそうの増大につながることとなる。

 第三に、建築された都市部のマンションや店舗などの販売価格や賃貸料などを安くし競争力を高め、不動産証券市場を活性化させるために、民間事業者による工事費の徹底した低減である。その結果は工事に携わる下請け業者・建設労働者の単価や賃金・労働条件の切り下げによる犠牲となって現れている。

 第四に、投資目的の低コストで建設される超高層ビルは品質や安全性に大きな問題性を生ずることになる。

 政府・行政は多くの居住者や施設利用者の人間らしい生活や安心で安全な環境を提供することが基本条件であることを再認識し、高層居住の非人間性の視点も含め「都市再生」政策の根本的見直しを図るべきである。

真の都市再生のために

 「都市再生」政策は以上のような基本的な問題点を持っており、直ちに転換されなければならない。転換の第一は、住民不在の大規模再開発事業の中止・見直しである。これにかわって、住民参加による住民のための居住環境を基本にしたまちづくりを、時間をかけて地道に計画・実施していく。第二は、圏央道などの周辺基盤整備事業は地域住民への情報公開、住民の意見の尊重、利用価値、自然環境を守る、ことなどを基本的条件に計画から見直すこと。第三は、木造密集市街地などは阪神大震災の教訓を踏まえ、住民参加による防災対策および再整備を計画・実施する。第四は、住宅改修工事への助成や建築規制の強化、住民が必要とする公共施設など住民要求による居住環境の整備に対し、自治体が責任をもって実施すること。第四は、保育、介護などの公的サービスの市場主義化・民営化を改め、政府・自治体の責任で公的サービスを充実すること。第五は地域における商店街や地域産業の振興により業者の営業と労働者の雇用を創出することを重視する。第六に、住民と専門家および自治体行政の共同によるまちづくり基本計画を策定し、住民本位の都市再生計画を地域ごとに策定していく。中期的には、それらの取り組みの経験を交流し・総括して都市再生のトータルプランを確立することを展望していく。

 まちは人の居住が中心でなければならない。安心、安全、住み続けられるまちづくりの共同の努力の積み重ねによってのみ真の都市再生が可能となるのである。