提言・見解

「構造改革」と公共事業についての見解

2002年9月1日
特定非営利活動法人 建設政策研究所

目次

小泉内閣は発足1年後のこの6月、骨太方針第2弾と称する「構造改革基本方針2002」を発表した。小泉内閣のこの一年間をみると、デフレ経済の進行、失業者の増大、不良債権残高の増大、大幅な財政赤字の拡大など「構造改革」と称した政策はことごとく失敗している。「構造改革基本方針2002」(以下「方針」と略す)ではこの反省の上に立つどころか、日本経済をいっそう深刻な状況に落ち込ませたことを覆い隠し、「景気は底入れを迎えた」という認識の上に新たな「経済活性化と行財政改革の戦略」を打ち出した。経済活性化戦略では、経営資源と技術資源の「選択と集中」による非効率産業や企業の淘汰と大企業への集中のいっそうの促進、民業拡大による新たな市場の創出を掲げている。税制改革では広く、薄く、簡素な税制を構築すると述べ、大企業への税率は引き下げ、消費税など大衆課税の大幅増税計画とともに社会保障制度のいっそうの改悪、地方行財政「改革」を打ち出している。財政面では歳出構造の改革を掲げ、公共投資の配分の重点化・効率化の観点からの社会資本の見直し、民間委託・PFI等を通じた公的部門の生産性向上・効率化「官から民へ」の促進などを謳っている。

このような方針は、大企業のみに繁栄を求め、非効率産業や企業の淘汰、国民大多数への負担の増大をめざすもので、今日の経済危機をさらに深みに落ち込ませるものである。

今日の経済危機を打開するためには、「方針」が打ち出す大企業のみの繁栄戦略を撤回し、国民の将来不安を解消し、消費を高め、購買力を増やすための需要と収入構造の改善に焦点を当てた戦略および地域の中小業者や商店などの経営を発展させる地域振興にかかわる戦略を打ち出すことがカギとなる。

建設政策研究所では、特に「方針」が打ち出している公共投資(社会資本整備)に関する部分に注目し、その狙いと問題点を指摘し、研究所としての見解を明らかにしたい。

A.「構造改革基本方針2002」(「方針」)が打ち出した公共事業のあり方の見直しとは何か

「方針」では公共事業のあり方について以下のような4つの方向性を示している。

  (1)国から地方へ 官から民へ

  (2)公共投資の実効ある重点化、効率化

  (3)既存プロジェクトの見直し

  (4)公共事業関係計画のあり方の見直し

これら4項目についての見解を明らかにしたい。

(1)国から地方へ、官から民への公共事業の移管

1)国から地方へ

 「方針」では、「国の関与を縮小し、地方の権限と責任を大幅に拡大する」「国庫補助負担金、交付税、税源委譲を含む税源配分のあり方を三位一体で検討する」「国庫補助負担金は数兆円規模の削減をめざす」「地方交付税の財源保障機能全般について見直し縮小する」と述べている。

 地方公共団体の実施する公共事業に対して、国庫補助金や地方交付税交付金を縮小または廃止する代りに地方への税源委譲を検討するということである。

 これまで、国の補助金などが地方の自主的事業計画を阻害し、上から与えられる無駄な公共事業につながっていた。税の国と地方の配分比率を変え、地方への直接的税源を増やすことは、地方自治体の自主的財源を増やすこととなり歓迎すべきことである。

 しかし、ここで強調されているのは内閣総理大臣の主導のもとに国庫補助負担事業の廃止・縮減であり、廃止後、どうしても地方が主体となって実施する必要のある事業についてのみ精査の上、地方への委譲すべき所要額を決める、となっている。

 つまり、地方自治体が住民要求に従い、必要とする事業を実施する場合は基本的に地方の自主的財源で行わざるを得なくなる。地方への税源委譲額は国の裁量により必要と認めた事業のみとなる。国の求める自治体合併に積極的な自治体には補助金を増やすなど、自治体への国の支配力の新たな構築の手段に活用する意図が見えている。

 一方、財政の逼迫している地方自治体は国からの税金投入の蛇口を閉められることにより、自主的な公共投資を縮小せざるを得なくなる。そこで「方針」では、「公共投資に関する設計、建設、維持、管理、運営など各段階において民間委託を進めることやPFIを推進することがきわめて重要」と述べ、公共事業を民間企業主導の事業に誘導している。このような方向は結果的に公共施設を利用する住民の利用料負担を増大させたり、公共側の委託料や賃借料など民間企業への自治体財政の支出が経費名目で増大することとなり、長期にわたる自治体財政の圧迫につながる。

2)官から民へ

 「方針」は経済活性化の基本戦略の第一に「民営化や規制改革を通じて、経済活動の主体を官から民へ移し、民業を拡大する」と述べている。ここで「民」とは大企業を指していることを敢えて確認しておく。

 民業拡大のための規制改革については、この7月に総合規制改革会議(宮内義彦議長)が発表した「中間とりまとめーー経済活性化のために重点的に推進すべき規制改革」の中で鮮明に打ち出されている。その第2章「民間参入・移管拡大による官製市場の見直し」において医療・福祉・教育という公共性の高い分野に株式会社が参入できる規制改革を02年度中に措置すると述べている。これら分野の一部にはすでに営利を目的とした事業が参入しているが、これを全面的に促進させるというものである。「民間でできるものは官は行わない」を基本原則として公共施設の建設だけでなく、維持管理・運営分野まですべてを株式会社に移管させようとするものである。

 医療・福祉・教育は人間の生命や健康、人間の尊厳を守り、地域に密着し住民の中で永続的な活動を前提とするものであり、利益の最大化を求め、目的達成と共に事業を廃止する可能性のある株式会社の論理とは相容れないものである。これらは日本国憲法第25条「国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」、第26条「すべて国民は法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」に違反し、国の義務を放棄し、国民は支払能力によって福祉・医療・教育の差別化にいっそう曝されることになる。

 さらにさまざまな公共サービス分野の株式会社化は公共サービスが利益を最大目的に効率化され国民・住民への奉仕を旨とした国・地方公務員を大幅に削減することにつながり、をないがしろにされることになる。

(2)公共投資の実効ある重点化、効率化

 「方針」では経済活性化のための6つの戦略を掲げているが、その1つが「地域力戦略」である。そこには「国際競争力のある大都市の再生」および「特色ある地方都市の再生」という公共投資の重点化方針の内容が述べられている。「世界への情報発信力、交流・物流のハブ、文化芸術、国際的資金仲介力といった機能を兼ね備え、生活空間として質の高い環境を有する、国際競争力のある東京等大都市を再生する」とあり、具体的プロジェクトとして「羽田空港を再拡張」「国際港湾機能の強化」「首都圏中央連絡道路等の三大都市圏環状道路の早期完成」など都市部に重点化した従来型の大規模公共事業が目白押しである。

 このように、「重点化」「効率化」とは公共投資の全体的縮小やむだな公共事業の廃止などではなく、都市部に「重点的」に投資することにより、民間大規模開発投資誘発に「効率的」に貢献することを意味している。

 すでに、内閣総理大臣を本部長とする都市再生本部はこの7月、東京、大阪、名古屋、横浜で17地域、約3515ヘクタールを重点的に整備する「都市再生緊急整備地域」を指定し、民間資本に自由な開発行為ができる環境整備を行った。

 また、政府は03年度予算の概算要求基準において公共投資関係費を今年度比3%削減と前年度10%削減から大きく後退した。これは3%削減をさまざまなコストの縮減によりカバーし、事業量では削減なし、という方針である。

 「構造改革」戦略は公共投資に関しては重点を変えただけで、総量および中身は全く変らない従来型路線を踏襲しているといえる。

(3)既存プロジェクトの見直し

 「方針」では「時代の変化に伴い必要性の低下した事業を中止するため、実質的に着工に至っていない大規模事業、長期間中断されている事業、採択時に想定した利用率やコストに大きな見込み違いが生じた事業等について、費用対効果や実施可能性を厳しく検証し、実施の当否などを判断する」と述べている。しかし、ダムや高速道路など住民の反対運動や収支見込の立たないため長期間中断されている事業もほんの一部を除き見直しは行われていない。東京外環道路等は30数年中断され、住民の反対要求が引き続き強いにもかかわらず、着工のための予算が付けられようとしている。

 「方針」における「既存プロジェクトの見直し」は、計画段階から利権や談合で決められた無駄な事業に対する国民の批判が高まる中、若干の見直しをせざるを得ない状況にあるとはいえ、財政破綻を計画的に正常化するための抜本的みなおしとはほど遠いものである。

(4)公共事業計画のあり方の見直し

 現在公共事業関係の長期計画は全部で15事業存在する。これら計画の各年ごとの実行を優先されることが公共事業の削減を困難にし硬直性を招いている。「方針」はこれら長期計画を根本的に見直すのではなく、関連の強い計画の統合など関係の見直し、事業の終了時期を明確にする、国から地方へ、官から民に移管を踏まえた見直し、地方単独事業を計画から分離させる、計画と個別事業の関係を分離する、などとなっている。

 この7月には今年度で計画期間が終了する9つの計画について、政府は廃止又は縮小する方針を打ち出した。国土交通省はこれまでの建設・運輸別につくられた長期計画を一本化するなどして5つに整理・統合すること、個別事業内容や金額については具体化しないことなど新しい方向を検討している。しかし、その主旨は長期計画を廃止することではなく、また事業規模を全体的に縮小することを明確にしているわけでもない。公共事業の都市への重点化や地方移管、民営化などをにらんだ柔軟な計画にするというに過ぎない。

B.公共事業を抜本的に見直すための研究所の見解

 「構造改革」が経済活性化のためと称し、装いを変えた公共事業戦略を打ち出したが、これは国民の公共事業への厳しい批判をそらす目的だけでなく、国の強権のもとに、都市部に集中した従来型公共投資を強引に推し進め、新しく地方自治体への負担を増大させ、国・地方の財政赤字をいっそう膨らませるものである。また、教育・福祉・医療など公共性の強い分野の管理や運営およびさまざまな公共サービスの分野までもPFI手法などを使いながら、大企業に委ね、その対価を公共機関や利用者が支払うための規制改革を打ち出している。

 私たちは巨大企業のみが繁栄するための公共投資や民間主導の管理・運営では今日の国・地方の財政破綻を回復できないのみならず、新たな財政確保のための消費税等大衆課税の増税や社会保障の削減と負担の増大をもたらし、結果的に日本経済の活性化をもたらすことはできない。私たちは公共事業に関しあらためて次のことを提案する。

1.公共事業の大盤振る舞いが、今日の国・地方で700兆円にものぼる巨大な財政赤字をもたらし日本経済を破滅の渕に追い込み、そのツケを国民が背負わされていることを正面から受け止め、公共投資の抜本的・計画的削減に思い切って取り組む。そのため、15ある公共事業長期計画を今期の終了と共に廃止する。その後については、国民の意見を聞き、国民の福祉・安全・環境保全にかかわる事業計画について検討する。その際には個所付けの透明化をはかり、住民要求にもとづく積み上げ方式をとる。

2.一定期間、中断している事業、着工が遅れている事業、住民の反対の強い事業を全面的に見直し、事業の必要性、費用対効果、環境への影響の視点から住民参加で再点検を行い、その経過を全面公開する。

3.医療・福祉・教育分野への民間株式会社の参入、PFI手法などによる社会資本の整備・管理・運営の安易な民営化は憲法にある国の責任を放棄するものであり、国民がひとしく恩恵に浴する権利を奪うものとなる。憲法が明確にしている公共のあるべき姿を否定する規制改革会議での検討を中止すべきである。

4.公共投資の都市への重点化は、国際競争力のある都市づくりという名目で、高速道路や空港・港湾など大規模事業を都市に集中して行うものであり、都市への一極集中を導き、環境・防災面から見ても住民の暮らしに大きな障害をもたらすものである。上からの押し付けで決める都市再生本部を解散し、事業の全面的見直しと住民参加による都市の福祉・環境・防災面からのまちづくり計画の実施を図る。