提言・見解

21世紀を生き抜く これからの地域工務店 【2003年版】

2003年5月30日
特定非営利活動法人 建設政策研究所

―目次―

第1章 工務店経営をめぐる状況と地域工務店の強さと弱さ


この章では、「地域工務店の経営展開」の背景や条件となっている今日の工務店経営の状況と地域工務店の持つ強さと弱さについて見る。

1. 今日の工務店経営の実態と状況

(1)  全国的な工務店経営の実態

「21世紀の工務店経営実態アンケート調査」(国土交通省・2001年発表)の結果から、全国的な工務店経営の実態を見ると、次のような特徴を上げることができる。

1)年間施工数(施工実績)は「1〜4戸」が50%と工務店の半数を占める
このアンケート調査の回答工務店は、1戸建て注文住宅を施工している工務店が86.6%で、このうち92.2%が在来木造住宅を受注・生産している。その1戸建て注文住宅の年間施工数は「1〜4戸」が50%を占め、「5〜9戸」が21.8%、「10〜15戸」が15%、「20戸以上」が10.9%となっている。年間10戸で線引きすると、10戸以上が26%、9戸未満が72%で規模の小さい工務店が多い実態となっている。
2)リフォーム工事を施工する工務店も半数を超えている
 リフォーム工事を実施している工務店は51.8%で、半数を超える工務店が施工している。このリフォーム工事は、年間施工数が少ない工務店が取り組む割合が高く、「1〜4戸」で56.1%、「5〜9戸」で55.3%である。
3)経営状況は「悪い」と答える工務店が3割を超える
 経営状況の自己認識では、「うまくいっている」16.2%、「普通」53.2%、「悪い」30.4%となっている。「普通」と認識する工務店が半数を占めているが、3割を超える工務店が「経営状態不良」と認識している。また、この景況感は年間施工数の規模で差異が出ていて、「年間10戸以上」の工務店で「経営状態良」の比率が高い。
4)経営方針は「現状の事業範囲で成長を図る」が多数を占める
 当面の経営方針では、「現状の事業範囲で成長を図る」54.5%、「他の事業分野も取り組み成長を図る」22.4%、「現状の事業を維持する」22.3%であり、現状での成長を志向する傾向が強い。
5)受注方法は地縁・血縁が多いが、自社営業の強化も
 受注方法については、「親類、知人からの紹介」、「以前の施主からの紹介」、「以前の施主宅の建替え」が主なものとなっていて、地縁・血縁による受注が多い。また「自社営業活動」の強化を目指しているところもある。自社営業の強化による受注拡大を図るためには、第1章の経営展開の経験に見られるように、地域での自社そのものの「信頼性」や住宅の品質に対する「信頼性」が基礎にならなければならない。「以前の施主」に対する顧客満足度の持続も前提となる。
6)事業展開の方向は、リフォーム工事の受注に集中
 当面する事業展開の方向としては、「リフォーム工事の受注」68.4%、「不動産事業」27.6%、「グループ(FC、組合など)への加盟」25.9%となっている。リフォーム受注を事業展開の方向とする工務店が圧倒的に多い。しかし、言われるほどリフォーム受注は簡単ではない。リフォーム受注の拠点となるのは以前の施主であり、この「以前の施主」に対する定期点検等の顧客満足度の維持をやっている工務店とやれていない工務店との差がリフォーム受注の差となって現われていると言える。

(2)  大都市東京での工務店の実像

 東京の工務店を対象とした「工務店アンケート」(全建総連東京都連・2000年発表)から工務店の実像を見てみる。

1)「生き残る」と「自分限りで廃業」の2極化が進行
 自らの工務店の「事業後継者」について、「後継者がいる」は32.9%で3分の1、「自分限りで廃業」との答えは、これを超える34.8%、「後継者は決まっていない」は24.7%となっている。
 「自分限りで廃業」は、個人事業に多く約半数の47.7%(廃業と答えた中での割合)である。また、「後継者は決まっていない」の中で、60歳以上で「決まっていない」は8.2%であり、「不明」の7.6%を「自分限りで廃業」に加えると50.6%で、約半数の工務店が「廃業」を考えている実像にある。一方、半数の工務店は「生き残りを決意」していることになる。
2)「リフォーム主軸」と「新築主軸+リフォーム」の分化も進行
 年間施工数(施工実績)では、新築「1〜2件」が52.5%で半数を超え、「0件」も25%ある。この「新築建替え」を平均で見ると、個人事業は 1.45件、法人は3.15件である。リフォーム工事では、「1〜5件」が45.1%で最も多く、「6〜10件」21.5%で10件未満に集中している。特に個人事業では、年間「1〜5件」のリフォームが56.7%と多数を占める。これらの新築とリフォームの施工数の関連を見ると、新築「0〜1件」であとはリフォーム主軸という工務店と、新築を主軸としながらリフォームもという工務店に分かれてきている。
3)「設計施工分離型」経営が増える
 施工者と設計者の関係では、「自社設計(確認のみを他社建築士に依頼)」が45.2%、「設計を建築士に依頼」は36%(本人が建築士で設計・確認をする場合を含む)となっている。かっては、設計・施工の一体型が工務店の特徴と言われたが、設計施工分離の工務店は4割に達しようとしている。建築基準法改正、品確法制定などの中で、新築の設計は設計者にまかせる工務店が増えている。これは一方で地域の住宅生産で設計者の役割が高まっていることを示している。
4)工務店アンケートの意見欄から
 「職人、又工務店としての看板にプライドをもってかどうなのか、仕事が全く無いのに、近所(地域)に営業のチラシ、新聞折り込みを出す勇気を全く持っていない。今一度強力な営業精神を植え付けなければ、年末までには廃業となるだろう。すぐにでも営業精神を叩き付けてくれる講習会があったら受講したい。」
2. 住宅品確法と地域工務店

(1) 住宅品確法と地域工務店の対応方向

2000年4月に施行された「住宅の品質確保の促進に関する法律」(住宅品確法)が工務店にどのような影響を与えるかなどをまとめた調査レポートがある。「品確法が中小住宅業界に与える影響とその対応状況」(中小企業金融公庫・2000年8月発表)で、この中で工務店の対応の方向を次のようにまとめている。

1)施主本位の住宅づくりを行ってきた工務店は、従来からの姿勢を変える必要はない
 真面目に施主本位の住宅づくりを行ってきた工務店は、従来からの姿勢を変える必要はない。ただし、今後、施主から制度的裏付けのある瑕疵保証体制が求められるケースが増える。対応に向けた最小限の内部体制の整備は必要である。また、中小工務店では、大手メーカーとの工事遂行上の信用力の差が否めない。完成保証体制への対応が並んで重要である。
2)性能表示への対応は、対応しだいで大きなメリットになる
 本格的な性能競争時代に中小工務店が大手メーカーと互していくためには、同制度に沿って、客観的基準に基づく数値を用いて住宅性能を顧客に提示できる体制が必要。対応できれば大きなメリットになる。公的な性能表示以外に施主が関心ありそうな情報について提示しているケースもある。経営資源の限られた中小工務店の性能表示への対応は、1)強調したい性能項目の絞り込み、2)型式認定制度の活用、3)性能表示通りの施行を可能とする内部管理体制、がポイントである。
3)コスト上昇への対応、地域工務店の組織化など
 基礎工事部分への対応や乾燥材の使用割合を増やすケースなど、相応のコストアップは避けられない。コスト上昇に対する施主の理解を得るための取り組みが重要である。
 品確法の枠組みへの対応では、中小工務店が単独で解決できない課題は多い。新たな枠組みに向けた取り組みのため、地場工務店の組織化が大きな方向となってきている。

(2) 住宅性能表示と地域工務店

品確法の柱の一つである住宅性能表示制度等への地域工務店の対応を、先の「工務店経営実態調査」(国交省)と「工務店アンケート」(全建総連東京都連)の結果から見てみる。

1)性能表示への体制整備―民間機関、設計事務所との連携強化
 住宅性能表示に対応するための体制整備(工務店経営実態調査)としては、「性能表示対応を支援する民間機関との連携」40.5%、「設計事務所との連携」40.4%、「性能表示制度に対応した標準仕様書を設定し施主の求めに応じて修正していく」39.5%で、3つの対応が拮抗している。
 性能表示に対応する理由としては、「顧客からの品質に対する信頼が高まる」が80.1%で評価する工務店が多数を占める。また、「自社の品質を顧客にアピールできる」も54.4%で、積極的な対応が示されている。なお、性能表示制度の導入は、「施主の要求があった場合」に評価期間の評価を受けるが 66.1%で、「自社物件の全て」の評価を受ける11.6%を大きく上回っている。
2)住宅性能保証制度では―加入志向が強まる
 「工務店アンケート」での「住宅性能保証制度」の加入意思は、調査時点(99年10月)での加入は5.7%で少数であった。しかし、今後の対応については、「加入するつもり」が37.3%と大幅に増えている。とくに法人事業者では46.8%と半数近くが加入の意思を示しており、品確法の施行と瑕疵担保責任に対する意識の変化が目立っている。

(3) 品確法への対応に関連して

 建設政策研究所は「品確法」の施行に対応して、ブックレット「住宅品質確保法と中小建設業」を発刊(2000年9月・建設政策ブックレット4)した。その「はじめに」の中で、品確法についての問題意識を次のように指摘した。
 「品確法が、消費者の求める『品質』ではなく、住宅メーカー、業者側が販売しやすい『品質』を強要する役割をもつ危険があることも指摘されている。品確法が大手住宅企業に有利に作用し、中小業者を淘汰しかねない事態を打開するために、品確法への対応を含めて、多面的な取り組みが必要となっている。」このブックレットで提起している以下の地域工務店の対応方向とその基本は、今日的にも重要である。

1)住宅性能保証制度について
 品確法の施行によって問題となるのは、中小建設業者は大手と比べ自己保証能力が低いことである。そのため、保証能力を何らかの方法で補完する必要がある。その1つの方法として、住宅保証機構に登録し、住宅性能保証制度を利用する選択が考えられる。住宅保証機構に登録するためには一定の費用と要件をクリアーすることが必要になる。登録された後、住宅を建設する際、機構が定める設計・施工基準に従って設計審査と現場検査が行われる。これらに合格すれば保証書が交付される。
2)住宅性能表示制度について
 住宅性能表示制度は任意の制度である。しかし、事前に性能評価を明らかにすることを求められた場合、指定住宅性能評価機関に委託し、設計段階の性能評価書の交付を受けることになる。評価書の交付を受けるためには、建物の案内図、配置図、平面図、立体図、基礎、床、小屋伏図と詳細な仕様書など9項目にわたる設計審査に必要な設計図書を用意する。これらは中小建設業者だけでは準備・対応することが困難であり、専門の建築事務所等に依頼することになる。
3)地域工務店同士の協力、連携
 以上のように(住宅性能保証、住宅性能表示の2つをとっても)、経費や手続きの負担があり、特に中小建設業者に対して過度な負担となる仕組みは改善していく必要がある。同時に、中小建設業者は、消費者の求める良質な住宅を供給していくために、信用の基礎となる住宅保証機構への対応や、住宅性能表示を要求された場合に備え、建築士事務所や建設業者同士の協力・連携が重要になっている。
3. 地域工務店の強さと弱さ

(1) 地域工務店の有利さと強さ

 地域の工務店の経営は第1節で見たように、厳しさが増し、廃業を考える事業者も多い実態にある。しかし地域工務店の多くは存在し続け(住宅建築を中心とする工務店は全国で約18万社)、住宅生産の40%のシェアを占め、わが国の住宅市場で欠くことのできない役割を果たしている。
 その地域工務店の強さとその根拠を見てみる。
 歴史的に積み上げられてきた地域工務店の地域との結びつきは、つぎのような特質を持つ。
(1) 地域工務店のいくつかの特質
1)施主と同じ地域に居住し、その町の歴史を知っていて、風土、環境に詳しい。
2)地域の人情に触れていて、施主と同じ地域に居住しているから、きめ細かなアフターサービスができる。
3)地域に密着しているので現場の管理が直接できる。また、地域工務店は自身が直接の施工者であり、自分の技術、技能で施主に接することができる。などである。
 このように、地域工務店は、地域に住み、そこで営業している、仕事はまじめで住民との付き合いも深い、などの有利さを持っている。こうした要素、側面の中で、地域工務店の強さの根拠となっているのは何であろうか。
(2) 地域工務店の強さの根拠
 地域工務店の強さの大きな根拠は、「地域と住民(住み手)から必要とされている」という、必然性、必要性にある。つまり、地域の顧客からのニーズがある(住まいの需要はなくならない)ということである。これは強さの根拠、条件のことであり、強さを発揮するには、実際に地域に根ざした工務店としての努力が必要であることは言うまでもない。
 「地域に根ざした工務店」の実際の姿に、地域工務店の強さが現われている。第1章などに示されている工務店像にそれを見ることができる。
(3) 地域工務店の強さの発展
 地域工務店がその強さを発揮し、発展するためには、前記の強さの根拠に全面的に対応する必要がある。すなわち、地域の顧客の住まいに関わるニーズに全面的に応えることである。
 「住宅の消費サイクルへの全面対応」と言うこともできる。住宅の消費サイクルは、建築⇒メンテナンス⇒リフォーム⇒建替え と進む。商品住宅を販売するハウスメーカーやリフォーム企業の場合、メンテナンスが弱い。企業によっても差があるが、数年間を過ぎるとアフターのサービスレベルは急速に劣化していく。ハウスメーカーで新築した経験がある消費者の多くがこの点に強い不満を持っている。
 しかし、まじめな地域工務店は、自分の商売が続く限り、メンテナンスの面倒をみる。いわゆるお得意さんは、この面倒を見ている人々によって構成され、経営基盤を形成している。こうした経営基盤は一定規模の範囲となるので、急速に拡大することにはならないが、地域工務店の強さの源泉である。これを(住宅の消費サイクルへの全面対応)を計画的に拡大することができれば、地域工務店の経営は発展する。それが「地域に根ざした工務店」の発展の姿であろう。
(2)  地域工務店の弱さ(問題点と課題)

(1) 地域工務店の弱さの現われ
 地域の工務店の弱さや問題点として、つぎのような点が上げられる。
1)自分たちが今どういう情勢の中にいるかの理解が不足している。
2)自分たちのおかれている重要性について―地域社会を守る、伝統的な技術、技能を守る、その後継者を育てること―の理解が不足している。
3)昔からの習慣から抜けきらない―仕事は相手が頼みにくるものなど
4)学習することについての努力が不足している―新しい技術や技能、接客やマナーなどを含め
5)仕事に対する自覚が不足している―自分たちが本来地域の住民から求められていることについての自覚の不足。
6)仕事に関して共同する、連帯するということが欠けていること。
 など、該当者にとっては耳が痛い点が多々ある。
(2) 地域工務店の弱さの根拠
 上記のような地域工務店の弱さの根拠はどこに求められるのか。それは、工務店のこれまでの旧来の業態から発生する受動性にある。「昔の習慣から抜けきらない、仕事は相手が頼みにくるもの」、「よい仕事をしていれば客はつく」などに示されている。
 これまでは、職人として養成される過程では、まじめに仕事をすること(これは勿論地域工務店の強さの要素であるが)が成功の唯一の方法としてたたき込まれ、それ以外の営業手法は教わらないできたといえる。住宅産業の構造変化によって「まじめによい仕事をしていれば」という受動的な対応は、地域において通用しなくなっているのである。
(3) 地域工務店の受動性とその弱点の克服
 この地域工務店の受動性は、「自ら置かれている状況を客観的に把握する」ことの不十分さや、「問題解決に能動的に対処する」ことができない、などの大きな弱点を生み出すものとなっている。もともと地域工務店は、仕事を通じての最初の接触の発生が、相手から引き合いがあってのことであるから、工務店側は受動的で、自然発生的であるという事情がある。また、お得意になって以降の仕事を通じての接触はおおむね5年周期以上で、接触頻度は非常に少ない。
 接触もない期間が5年平均では、だんだん価値観も薄れ、ハウスメーカーなどの洪水のような宣伝の中に溺れていってしまうのは当然である。それでなくても、転居、世代交代、死亡などの自然に減少する要因があり、お得意先は常に減る傾向をもっている。
 その上に、地域工務店の主体が受動的であれば、地域に根ざす経営から遠ざかり、経営が苦しくなるのは当然である。また、地域工務店は「特定の住宅商品を持たない」ことや、「顧客との仕事を通じての接触頻度が少ない」ことから、情報の収集力、発信力に弱点がある。

 こうした工務店のこれまでの業態から出てくる受動性を根拠として、今日の弱点が生まれ、本来の「地域と住民から必要とされる地域工務店」の強さを減退させているのである。この克服は、前記の「地域工務店の強さの発展」に帰ることになる。第2章、第3章にそれが展開される。

第2章 地域で活躍する工務店の経営展開


1.  地域工務店を取巻く経営環境の変化

本章では、工務店経営者へのインタビュー調査にもとづいて、地域工務店の現状と経営上の課題について検討していきたい。現在、地域の工務店は、景気の低迷や住宅市場の縮小に現わされているように、厳しい経営環境に置かれている。しかし、こうした状況に直面しながらも、地域工務店は、経営を維持・発展させるために様々な取組みが行われていることが調査を通して明らかになった。もちろん、ここで紹介する事例は、必ずしも「成功事例」としてのみ取上げるのではなく、地域工務店の経営上の弱点や限界も同時に示されることになる。しかし、経営の維持・発展を試みる地域工務店の実態を分析していくことは、明確な活路を見出すことが難しくなっている現在の工務店経営にとって重要なことだと考えられる。
そこで本節では、まず、地域の工務店を取巻く経営環境の概要を明らかにしていきたい。特に、現在の経営環境は、従来のそれとどのように異なっているのかを検討していく。
これまで地域の工務店は、戸建住宅の中心的な生産者として重要な役割を担ってきた。地域工務店がこうした役割を果たしてきた一つの理由は、住宅そのものが持つ特性に起因している。通常、住宅は特定の土地に固着した生産物であり、その地域における気候や風土に影響を受ける。そのため、住み心地のよい住宅を建てるには、その土地の気候や風土に適したものでなければならない。地域の工務店は、長年の経験のなかで、そうした気候や風土に適した工法、技術・技能を培ってきた。こうした住宅生産のあり方が、地域における工務店の経営基盤の強さとなってきた。このような住宅生産の工法、技術・技能が培われてきた背景には、工務店の経営者や職人自身が、その地域の生活者であることがあげられる。
また、工務店の経営者や職人が地域の生活者として根付いていたことが、仕事の受注にも力を発揮してきた。大手の住宅メーカーと異なり、地域の工務店は、大規模な広告宣伝費を費やすことが難しい。それにもかかわらず、これまで地域工務店が一定の受注を維持してきた理由は、地域社会での信頼といった人的な関係が築かれてきたからである。こうした信頼に裏打ちされた形で、“口コミ”などで評判が伝わり受注が維持されてきた。
このように地域の工務店は、住宅生産や受注確保の面で、「地域性」を発揮することにより経営を維持・発展させてきたといえる。しかし、こうした地域工務店を取巻く経営環境が、現在、大きく変わっている。
 まず第1に、住宅市場が縮小していることがあげられる。『建築統計年報』によれば、1990年の新設住宅着工戸数は、170万戸を上回っていたものが、 2000年には120万戸台にまで減少している。いわゆる「バブル経済」が崩壊する過程で、住宅着工数も落ち込んでいった。90年代には住宅金融政策などにより住宅取得の減少に一定の歯止めがかけられてきた。しかし、住宅着工数は十分に回復することなく、現在も低迷が続いている。
 第2には、住宅市場の質的な変化があげられる。これは第1の点にも関わるが、今後は新築需要の回復は期待できないなかで、リフォーム需要の増加が見込まれていることである。民間の研究所の試算によると、2000年の住宅リフォーム市場は6兆6,776億円であったが、2010年には8 兆円、2015年には10兆円の見通しとなっている。市場規模がこうした数字になるかは定かでないが、今後は、ストックを重視した方向に移行していくことは確かなことである。
 第3には、2000年に施行された「住宅品確法」に代表されるような新たな住宅政策の登場があげられる。住宅品確法自体は、「欠陥住宅」など消費者の不安を解消することが謳われて制定された経緯がある。しかし、住宅品確法など一連の法律の制定により、中小工務店は、新たな負担を抱えるとともに、大手住宅メーカーとの競争のうえで従来以上に厳しい状況に置かれることになったといえる 。
 第4には、消費者が変化していることである。これは消費者自体が代替わりによって新しくなっていることや、新たにその地域に移り住んできた人たちがいることである。つまり、従来のように工務店経営者との信頼関係が築かれていない、新たな住民が地域に増えていることである。また、これと関連して、住宅に対する意識やライフスタイルもこれまで工務店が主に顧客としてきた層とは異なっていると考えられる。
 このように地域の工務店を取巻く経営環境は、従来とは異なったものになりつつある。さらに、注目しなければならないのは、こうした変化の結果、地域の工務店と住宅メーカーとの競争がさらに激しさを増していることである。
住宅市場の縮小は、当然、限られたパイをめぐって競合が厳しくなったことを意味している。また、こうした状況にともなって、大手住宅メーカーも本格的にリフォーム需要の掘り起こしに取り掛かっている。リフォーム需要は、従来から地域のなかで活動をしてきた地域工務店にとって優位性を発揮していく余地があるが、十分に対応しきれていないという現状もある。
一方、住宅品確法等の諸規定は、先に指摘したとおり地域の中小工務店にとっては負担が大きいものとなっている。例えば、住宅性能表示制度は、工場生産でカタログ販売される商品化住宅を扱う大手住宅メーカーにとって有利な反面、町場で一品生産を行っている地域工務店にとっては対応していくことが難しくなっている。さらに、顧客の世代交代をはじめ既存の人的関係が弱まるなかでの受注競争においては、広告宣伝や営業活動費の面で制約のある中小工務店が不利な条件に立たされているといえる。
住宅市場の変化と、それにともなって生じる地域工務店と大手住宅メーカーとの競争関係を考えた場合、今後ますます地域の工務店は厳しい状況に追い込まれる可能性がある。次節以降では、こうした状況のなかで経営の維持・発展に取組む工務店の実態について述べる。

2. 調査工務店の概要

表1は、本調査の対象となった工務店の一覧である。工務店の規模については、従業者3名が3件、残りは5名、10名、14名である。従業者の内訳は、事務的な仕事を行っている家族従業者が含まれていたり、経営者自らも現場で働いていたりする例が多い。特に、従業者規模の小さいA〜C工務店は、生業的な要素を強く持っている。
次に、年間受注額をみると、従業者規模の小さなA〜Cの3つの工務店では、1億円を下回っている。D〜Fの工務店は、従業者規模が大きくなるにつれて年間受注額が大きい。
さらに、年間新築受注棟数をみると、F工務店が10棟と他の工務店と比べて大きい。F工務店の新築受注は、半分が「在来木造住宅」であるが、残りの半分は「鉄筋・鉄骨コンクリート」である。また、B工務店はこの数年新築受注をしていない。B工務店も新築の依頼がくるが、受注金額が低いので請けていない。そのため、現在はリフォーム工事が中心になっている。
F工務店を除いて、新築受注をしているA、C、D、E工務店は、年間新築受注棟数が2棟ないし3棟である。従業者10名以下の地域工務店は、新築の年間受注棟数が2棟程度、もしくはそれ以下ということである。こうした結果から、新築の受注が減少していること、また、各工務店の受注額を決めているのは、リフォーム工事の量によるところが大きいことがわかる。

リフォーム工事関連について見ると、リフォーム工事の金額は、1件あたり30万〜40万円といったC工務店から600万円程度のマンションリフォームを行うE工務店まで多岐にわたっている。また、まとまった工事金額のものばかりではなく、「サービス程度」の仕事にしかならないものもある。しかし、C工務店の経営者からは、「リフォーム工事をつまらないと考えてはいけない。小さな工事と思って行ってみるとあちこち直すところがある。」という指摘があった。多くの工務店経営者からも、同様の意見が聞かれた。こうした点については改めて言及していくが、リフォーム工事は、各工務店にとって重要な位置を占めているといえる。
最後に、所在地と創業年についてであるが、今回、調査を行った工務店は全て東京都内である。こうした点では、人口の多い都市における工務店の実態であることを前提として捉えておく必要がある。また、創業年は、新しいものでも1970年代である。つまり、短くても30年程度の歴史を持っている工務店が調査の対象となっている。

表1 調査工務店一覧

所在地 創業年 従業者数 年間受注額 年間新築受注棟数
A工務店 足立区 1958年 3名 7,000万円 2棟
B工務店 世田谷区 1958年 3名 1億年未満 なし
C工務店 中野区 1935年 3名 8,000万円 3棟
D工務店 中野区 1950年 5名 1億5,000万円 2棟
E工務店 世田谷区 1971年 10名 2億円 2棟
F工務店 江戸川区 1973年 14名 5億円 10棟
3.  地域工務店の経営展開

(1) 広告・宣伝、ホームページの制作

 ここでは、調査を行った地域工務店がどのようなかたちで経営の維持・発展を行っているのかを見る。まず、新規の顧客との接点を築く広告・宣伝活動の事例について紹介する。
 中小工務店は、大手住宅メーカーと比較すると、広告・宣伝費用の面で大きな制約を抱えている。大手住宅メーカーは、新聞の折り込み広告やダイレクトメール、さらにはテレビのコマーシャル等に大量の広告・宣伝費用を投入している。そのため、一般の消費者は、身近に存在している地域工務店より、大手住宅メーカーの方がより身近な存在と感ずることになる。中小工務店のなかにも折り込み広告やダイレクトメールの発送を行っているところも多い。だが、中小工務店は、折り込み広告等を出すにしても、大手住宅メーカーとは異なるものを出していく必要がある。
 ここでは、B工務店の広告・宣伝活動について紹介する。多くの工務店の折り込み広告は、「リフォーム相談無料」や「○○工事、××万円より」などの謳い文句が並べられている。しかし、B工務店では、このような「宣伝文句」だけではなく、自社の家づくり対するポリシーや木材に関する知識等が紹介されている。単なる折り込み広告ではなく、「情報誌」的な内容を持っており、住宅に対して興味と関心を抱かせる。
 また、B工務店のチラシは、自社で作成している。印刷会社に発注すれば、より質の高いチラシを刷ることができるが、十分、広告になりうる質を維持している。パソコンやプリンター、あるいはカラーコピーといった設備さえ利用すれば、作成することができる。
 B工務店では、こうしたチラシによる広告だけではなく、HP(ホームページ)を制作して自社の紹介を行っている。HPを公開すれば、全国から受注が舞い込むといった過大な期待はできないが、消費者の購買行動の変化を考えれば、HPを持つことはますます重要になる。特に若者の間では、必要な情報をインターネットで検索をすることが定着しつつある。
 HPを立ち上げ、一定期間がきたら更新をしていくことは、手間のかかる作業ではあるが、莫大な費用を必要とすることはない。インターネット等は、大手企業との格差を克服する一つのツールである。B工務店の事例は、広告・宣伝内容の工夫と情報技術等の活用により、中小工務店の不利を克服する試みとして捉えることができる。

(2) 顧客との接触と修繕・リフォーム工事

 広告・宣伝活動の必要性は当然あるが、実際には折り込み広告やダイレクトメールで新規の顧客が開拓される可能性は高いものではない。今回の調査結果でも、多くの受注は、顧客との日頃の接触や、顧客の口コミや紹介によって発生している。
 調査にあたった工務店に共通している点は、自分の建てた家や修理をした家は後々まで面倒を見ていくという姿勢である。なかには、「住宅メーカーはアフターサービスをしないので、住宅メーカーが建てた家も面倒を見なければならない」(D工務店)との指摘もあった。アフターサービスをきちんと行うことが、地域工務店の優位性の一つである。
 C工務店は、毎年100軒ほどのお得意さんを訪問してカレンダーを配っている。こうした定期的な接触の機会を持つことは、顧客を維持していくうえで大切である。また、A工務店では、台風の後などにお得意さんを訪問する細かなサービスを心がけている。このように顧客との接触の機会を保つことは、地域工務店が一定の受注を維持していくうえで不可欠な行動である。
 こうした日頃の接触のなかから生まれる仕事のほとんどは、いわゆる修繕工事やリフォーム工事である。リフォーム需要自体は拡大していくことが予想されているが、実際にはまとまった受注金額になる工事は少なく、小規模な修繕工事であることが実態である。こうした修繕工事の受注を考えた場合、一つは工事自体の高付加価値化を図ることである。このためには、修繕やリフォーム工事に関して、自社の独自の技術や技能を高めていく必要がある。もう一つは、小規模工事を顧客との接触の機会と捉えることである。修繕工事をこなすことは、営業活動であるという発想に転換することである。
 B工務店のように新築を受注しない工務店もあるが、本調査から明らかになった点は、地域工務店が年間2棟程度の新築工事を受注できる形で、修繕工事やリフォーム工事、アフターサービスを徹底していくことである。

 (3) 地域での活動

 これまでは、一定の顧客を維持したうえで、修繕工事やリフォーム工事と新築工事を工務店経営の中にどのように位置づけていくのかを見てきた。しかし、現実には、顧客数は自然と減少していくことになる。そのため、既存の顧客を維持していくだけではなく、新たな顧客を獲得していくことが重要な課題である。ここでは、D工務店の取組みを紹介する。
 D工務店は、毎年、近所の公園でイベントを開催している。そこでは、チャリティーバザーや木工教室などを行い、1回に1,500人以上を集めている。こうしたイベントは、新規の顧客に対して当工務店のアピールになっている。そればかりではなく、このようなイベントを呼びかける過程が、既存の顧客との接触機会をも生み出している。実際に、イベントのチラシを持って顧客を訪問するが、その際に仕事の話しに発展することがあると当工務店の経営者は指摘していた。
 D工務店の活動は、東京土建などでも行っている「住宅デー」の運動と類似している。このような活動を特定の場所で継続的に行うことは、まさに地域を拠点とする工務店の強みである。単なる、広告・宣伝活動といった大手住宅メーカーと同じ土俵上での競争ではなく、地域に依拠した活動を通しての顧客の獲得は、将来的にも有効な方法であろう。
 地域の工務店は、地域のなかに既に一定の人的な関係を築いている例が多い。しかし、近年、地域のなかで、こうした人的な関係は弱まる傾向にある。だからこそ、ハードの面でまちづくりに関わる工務店が、ソフト面でも人々の結節点を作り出していくことが大切である。

 (4) 設計と施工の連携

 最後に、住宅生産の観点から、今後の工務店の方向性を考える。今日、消費者の住宅に対する意識の向上やニーズの多様化、さらには住宅品確法の制定により、住宅の性能や質が厳しく問われるようになっている。もちろん、それぞれの工務店は、長い経験のなかで住宅生産の技術や技能を継承・発展させてきた。しかし、個別の工務店の努力だけでは、住宅生産を取巻く急速な変化に対応することは困難になっている。特に、莫大な研究開発費を投じることのできる大手住宅メーカーとの競争を考えた場合、ここでも中小工務店の不利な条件は拭えない。
 こうした条件のなかで、地域の中小工務店が良質な住宅生産を行っていく一つの方法は、設計者との連携を進めることである。設計(設計事務所)と施工(工務店)という、作り手同士が互いの知識と経験を活かしていくことが有効な手段である。
 だが、調査対象となった工務店からは、設計事務所との積極的な連携を行っている例が見られなかった。また、補足的に調査を行った設計事務所からも、必ずしも積極的な連携を望むという意見は聞かれなかった。
 もちろん設計事務所と工務店が連携する場合、どちらがイニシアチブをとるのか、また施主を含めた契約関係をどのように明確化するのかなどの課題も多い。こうした点で、住宅生産に関わる技術・技能をどのように向上させていくのかは引き続き重要な問題である。

4. 小括

 地域工務店を取巻く環境は、大きく変化している。住宅市場が量、質ともに変化するなかで、大手住宅メーカーとの競合は、いっそう厳しさを増している。本章では、こうした状況のなかでも経営の維持・発展に取組んでいる地域の工務店を紹介してきた。これらの取組みは、資本規模の異なる住宅メーカーとの競争上の不利をある程度克服するものである。

 第1に、B工務店のチラシの事例は、質的な工夫を行うことで、他の工務店との差別化を図っている。また、同工務店のHPの事例は、情報技術を活用することで、大手住宅メーカーとの規模の格差を克服するものであった。
 第2に、顧客との接触の必要性という点から修繕工事やリフォーム工事について検討を行ってきた。今後のリフォーム需要の増加を考えると、こうした工事を経営のなかにどのように位置づけていくかが課題である。調査にあたった工務店は、自分の手掛けた住宅に後々まで面倒を見ていくという姿勢が現れていた。修繕工事やリフォーム工事自体を顧客との貴重な機会としていくことが大切であることが示された。
 第3に、地域を拠点とする工務店は、積極的に地域社会に働きかけていくことの必要性が示された。こうした活動は、組織的にも展開していくことができると考えられる。こうした地域での活動は、地域工務店の強さであることが改めて認識される。
 第4は、質の良い住宅をつくるために設計と施工の連携について考察をした。住宅品確法や顧客ニーズの多様化などに対応していくためには、個別の工務店の技術力や経営力では制約があるといえる。こうした制約を克服する方法として設計と施工の協同が求められる。

 当プロジェクトが実施した調査から、地域で経営を維持・発展させる工務店の要素としては、以上のような点を導くことができた。

第3章 地域で成功している工務店の経験と教訓


 住宅市場の状況は大変厳しく、業界の一部では数年のうちに工務店の三分の一が淘汰される可能性があるとさえ言われており、淘汰される規模層の中心は年間施工10棟未満の層である。
 しかし、このような状況下でも、経営規模を維持、あるいは発展させている工務店はある。協同事業体全国センターでは、平成13年度の研究事業として、このような工務店を調査し、そのなかから引き出された経営改善の指針を平成14年2月から六回、「地域密着型経営」という表題で「協同事業体ニュース」に連載した。本稿は、調査した工務店経営の事例を紹介し、そのなかから教訓を明らかにする形に書き直したものである。

1. 調査対象の選択
 経営を維持・発展させている工務店にはいろいろなタイプがある。その中から、小規模工務店にも可能な経営手法を取っているところを選択した。
 親子二代、三代と長い業歴を経て強固な基盤を築いているタイプは、努力してもすぐには真似できない側面を持っているので外した。
 特殊な工法やタイプ住宅、あるいはフランチャイズ加入などを営業戦略の主力としているタイプも外して、一般に通用する指針を求めるようにした。
 経営の発展段階をみるため規模は小から大までを求めた結果、年間新築10棟から60棟となったが、いずれも、ごく零細な工務店から立ち上がってきた工務店である。地域は、最も競争の激しい首都圏、近畿圏に的を絞り、激戦区でも通用する経営改善指針を得ることを目指した。
 調査対象の選定は、協同事業体全国センター加入している協同組合の構成員の中から首都圏3社、近畿圏1社、この他に新聞報道より1社、合計5社である。

2. 調査内容
 主として、営業活動に主眼をおき、どのように経営基盤として顧客を確保し、拡大し、受注を確保、あるいは増やしているのか、を調査した。これは、協同事業体全国センター加入団体の多くが、受注確保・拡大を焦眉の課題としていること、新築やリフォームにおける性能・品質・顧客満足度の問題はそれなりに方向を持っていることなどの事情からである。

3. 調査事例
 比較的わかりやすい3社の事例を紹介する。数値はいずれも調査時点

 (1) 大阪府M工務店
 毎月1回 顧客向けミニコミ紙郵送(B4版1面)、リストは1900軒。ミニコミ紙の内容は、主婦向け生活情報で、販売促進的な内容は皆無。毎月1回 販売促進チラシ(A3両面3〜4色)2万枚をポスティング、配布は担当地域を固定した女性パート20名。毎月1回 手書きチラシ(パートさんが主婦の立場で作ったもの)2万枚ポスティング、配布は販促チラシと同じ。
 三ヶ月1回 1900件の顧客に電話。チラシ配布と同様パートさんが担当地域に対して行う。内容は「お住まいのことでお困りのことはありませんか」だけで、別になければ「お困りのときは、どんな小さなことでもどうぞ」、あれば具体的な応対になり、後は社員に引き継いでいくだけである。
 パートさんに対しては、チラシ配布の折や電話を通じて引き合いを持ってきた場合、社員が営業してそれが成約につながれば奨励金がつく。
 顧客優待は、災害時最優先対応、24時間お宅を守ります、イベント優待などである。
 現場見学会 現場周辺に500枚の案内チラシ、新築の場合は竣工までに3回(基礎、構造、完成)くらいの現場見学会が行われる。配布は現場監督、見学会では包丁研ぎや木工教室等のサービスも行い、顧客ニュース郵送対象も増やす。これらを通じて受注成約があれば、現場監督に奨励金が支給される。
 1900件の顧客からの受注発生率は年間20%、平均工事高は60万円、調査時点での年間新築受注は平均10棟。ポスティングチラシや現場見学会で新規客を集め、常に顧客リストに補充し、一方で5年間反応がないものはリストから外している。
 M工務店がこの方式を採用してから、調査時点で13年目であるが、スタートしたときは開業3年目、血縁や友人関係の仕事が一巡して、まったく受注がなくなった年で、当時の社員は社長本人を入れて二人である。

 (2) 埼玉県A建設
 毎月1回 顧客向けミニコミ紙郵送、顧客リスト450件。時々出ない月がある。内容は主婦向け生活情報で、販売促進記事は載せない。毎月一回の、「無料住まいの何でも相談会」を開催。最近始めたもので、参加者は数人程度だが「継続は力」ということで続けている。
 顧客優待は、年数回の訪問包丁研ぎと住まいの点検サービス(無料)、ニュースに返信用はがきを入れて希望者を募り、各職方が無償で協力して実行している。イベントは、夏休み子供木工教室4箇所。
 A建設がこの方式を採用して15年目、仕事はほとんどリピートか紹介客で、新築は年間10棟平均。平成14年の必要仕事量は2月時点で確保している。

 (3) 東京都区部M工務店
 毎月1回 半径3キロ圏内にポスティングチラシ、配布は従業員)、年一回 定期無料点検サービス、5年前から年2回包丁研ぎのサービス付きに強化、対象顧客リストは800件、従業員と協力業者が総出で行っている。
 平成14年1月の取組みでは、案内を900軒に送って、電話でアポイントを取って訪問し、60件余のメンテ・リフォーム工事を受注している。大阪の事例で行けば、発生率は20%だから、この場合年間800×0.2で160件、1月の1回で60件、年二回で120件とすれば、年間発生予測値の75%をサービス訪問期に集中処理できることになる。イベントは年一回夏休み子供工作まつり。
 M工務店がこの方式を採用してから調査時点で15年が経過しているが、直近年度の年間事業高は15億6千万、新築は完工ベースで60棟、受注の80%がリピートまたは紹介客である。

4. 受注確保システムの特徴

 事例に示された工務店の受注確保のための営業システムは、一般の小規模工務店と大きく異なっている。その点を中心に検討する。

(1) 持続的な顧客接触

 営業の基本は顧客接触の頻度と深さにある。顧客との接触がないところに営業行為は成立しない。しかし、一般的な小規模工務店の顧客接触は、年末のお歳暮と年賀状、暑中見舞いくらいで、その規模はおおむね百件くらいであろう。直接面接する可能性のあるお歳暮もカレンダーかタオルを持っていき、相手が留守なら玄関先においてくる程度であるから、一年間顔をあわせない場合も多い。事例で検討している工務店の場合、文書での接触が月刊のミニコミ紙である。年賀状と暑中見舞いという一般工務店と比較すれば、回数で6倍、届く情報量ははがきによる時候の挨拶状とは比較にならない。
 埼玉のA建設、東京のM工務店の場合は、面談をともなう訪問サービスが2回以上、これもお歳暮あいさつ程度ではなく、包丁研ぎや住宅の無料点検であるから、接触の深さが相当違うことになる。しかも、相手のリクエストに応じて、訪問時間帯を設定して行くのであるから、必ず面談できるので無駄足がない。年間2〜3回行えば、リストにある顧客の80%くらいと接触できるという。
 大阪のM工務店の場合は、サービス訪問はしていないが、三ヶ月に一度、電話をかけ、住まいのことで困っていることがあれば直ちに訪問する体制が取られている。ハウスドクターとしての保証体制とも言えるやり方である。

(2) 明確な顧客優待

 顧客、お得意さん、というものは他の一般的な客とは区別される関係にあるからこそ顧客であり、お得意さんである。一般的な客に対しては行われない特別サービスが提供され、顧客の側も住まいのことはまずその工務店に相談する、こういう関係である。工務店の側が一方的に相手をお得意さんと思っていても、相手がそう思っていなければ意味はない。顧客の意識のなかに、自社を「出入りの大工」と思ってくれる気持ちを育てていかなければならないが、それは特別サービスの提供を通じて育つのである。
 大阪のM工務店の場合、ミニコミ紙の読者は「災害時最優先対応、24時間お宅を守ります、三ヶ月に一度電話をしますのでどんな小さなことでもお申し付けください。親子木工教室等イベントご招待もあります。」となっている。「災害時最優先」とは、災害による住宅の営繕需要は一斉に多数発生するため、復旧工事を待たされる危険があるからである。「24時間お宅を守ります」とは、安心保証であるが、実際には電気、水道、ガスなどライフライン系はそれぞれの業者業界が24時間体制をとっており、それ以外の深夜における営繕需要は1900件の顧客で年に3〜4回も発生すれば多いほうだそうである。
 埼玉のA建設の場合、ミニコミ紙読者への優待サービスは年数回の訪問包丁研ぎと無料点検、親子木工教室等のイベントである。
 東京のM工務店の読者サービスは、年二回の訪問包丁研ぎと定期無料点検である。
 これらの特別サービスにはいくつかの特徴がある。第一は、提供されているサービス内容が、非売品で継続性を持っていることにある。非売品であることがサービスの特別性を維持し、継続性が営業活動の持続性を維持しているのであるから、この両面を備えていれば包丁研ぎや無料点検でなくてもよいので、いろいろ創意工夫すればよいのである。
 第二は、東京と埼玉の事例の場合であるが、サービス訪問に従業員だけでなく出入りの職人が参加していることである。一般に住宅建築に携わる職人や技能者は営業活動の訓練を受けていないので、営業訪問はまったく不得手である。ところが、この場合、いずれも職人集団がボランティアで支えているのである。そのポイントは、営業訪問ではなく、相手の要望に従ってサービスを提供しに行くという点にある。また、このような活動を可能にしている条件として、職人集団の編成が安定しており、サービス訪問が受注を保証する重要な活動であることを知っていることがある。職人集団の編成の安定は、経営者が職人の手間を切り下げて利益を上げるという体質を持っていないことによって実現しているのである。
 大阪の場合は、創業3年目の受注ゼロ状態からのスタートであるから、職人集団の安定という条件はないため、パートさんによる電話かけ→オーダーがあれば従業員・職人が行く、というやり方が取られているのである。

(3) ミニコミ紙の共通する特徴

 ここに上げた事例以外も含めて、成功しているミニコミ紙には共通する特徴点がある。

・ 読者対象は明確に主婦に絞り込まれている。
これは、工事をするかしないか、するとすれば業者の選択をどうするか、いずれも主婦が決定過程で主導権を持っている場合が圧倒的に多いからである。
・ 記事内容は、主婦一般が共通して関心を持つ、家事、園芸、料理、旅行、健康、育児、等々の生活関連情報に重点がおかれ、住宅関連の記事は、「住まいの基礎知識」など、広告色をさけている。
・ 販売促進のための広告的な記事は掲載しない方針がとられている。
これは、ミニコミ紙の読者はあくまでもお得意さんであることが前提であるため、仕事はまず自社に来るという人々として扱っており、そうである以上広告記事は載せないという考え方である。毎月毎月広告記事が満載されていては、読まなくなる怖れがあるためで、しまいには封さえ切らなくなってしまったらおしまいだからである。
・ 体裁はA4裏表、あるいはB4片面、多くてもB4両面、ワープロ打ちで、字も大きく、一色刷りであり、手軽に作れて、継続しやすいようになっている。
・ 販売促進のための広告活動は、ミニコミ紙とは分離され、販促チラシのポスティングなどによって行われている。

(4) 小工事(メンテナンス)を営業として捉える

 一般に、一定金額以下の小工事は、現場への往復時間だけでも赤字になる怖れがあるため、体力がない工務店ほど回避したがる傾向があり、小規模工務店においてその傾向が強まる。
 しかし、常日頃めんどうを見ているお客さんが小規模工務店の経営基盤を形成していることから考えれば、これは大きな矛盾である。
 事例調査では、ここに書いたもの以外も含めて、小工事を営業活動として捉えているのが特徴である。営業活動であるから、そこで発生する赤字は、当然営業経費として考えられている。この前提には、地域社会で必要とされる工務店になろうという考え方がある。
 住宅の消費サイクルは。建築→メンテナンス→リフォーム→解体・建替え、である。この中で発生回数が多いのはメンテナンス(小工事)であり、住まい手から見れば工事金額の大小に係らず、メンテナンスなしに住まいとしての機能を維持することはできない、必要不可欠のものである。
 メンテナンス、小工事といえども、それをやるに際しては客との打ち合わせなど、そこにおける顧客接触は、ハウスメーカーなどの営業活動などから比べれば比較にならない深い接触が行われ、まじめに工事すれば信用という大きな価値が生まれる。
 大阪の事例では年間の工事発生率は顧客数の20%であり、この中にはリフォームや増改築、新築も含まれているが、一番多いのはメンテナンスである。いずれにしても仕事を通じての深い接触が発生するのは20%、個々の客についてみれば平均して5年に一回である。顧客管理のレベルが高い事例でこの発生率であるから、一般的な工務店ではさらに低いと思わなければならない。であるからこそ、これを貴重な営業接触のチャンスとして捉えているのである。

(5) 新規客の補充

 競争が激しい市場では、お得意先、顧客というものは常に減少する傾向をもっている。ハウスメーカーの洪水のような宣伝と営業攻勢、訪問販売型リホームの飛び込み営業、地場有力工務店の宣伝やサービス攻勢、これらの競争の海の中に自社の顧客はいるのであるから当然である。その他にも、死亡や転居、世代交代など自然減の要素もある。
 従って、新規客を確保し、常に顧客リストに補充し、得意先に育てていく意識的な努力がなければ、経営基盤は縮小していくことになる。事例では、三つの方法で新規客の補充が行われている。第一は、OB客による紹介、第二は販促チラシのポスティング、第三は「住まいの無料相談会」や現場見学会などのイベントである。
 年間どの程度の新規客補充が行われているかはつまびらかではないが、東京のM工務店の場合、顧客リスト800に対して、14年度1月のサービス訪問の案内が900発送されているので、多分この差が新規客と思われる。年に2回行われているので、おそらく半年でこの程度増えているのではなかろうか。
 もともと、顧客リストの量的な規模は、その工務店が小工事を含めて常日頃めんどうを見れる能力の範囲を超えることはできない関係にあるから、一時期に大量に増やすことは、多くの場合不可能である。
 販促チラシによる新規客獲得を効率よく進めるやり方について試論を述べておく。
 一般に、広告によって販売を促進しようとする場合、販売する商品に付いて宣伝しなければならない。しかし、小規模工務店の場合、発注者のニーズに対応して施工する、受注型の一品生産であるから、不特定多数に通用する住宅商品やリフォームパック商品などを持っていないので、きわめて不利である。これをカバーするためには、住宅の消費サイクルである「新築→メンテナンス→リフォーム→解体・建替え」の内、最も発生頻度が高く、競争が激しくないメンテナンスに焦点をあわせることによって、チラシに対する反応件数を少しでも多くし、メンテナンス施工を通じて新規客との濃い接触と信用の獲得を行うことでる。あとは、顧客リストに加えて、ミニコミ紙の郵送とサービス訪問によってお得意に育てるシステムに乗せればよいことになる。

(6) 教訓のまとめ
 以上の事例調査をまとめると以下のようになる。
 前提1 地域で必要とされる工務店になるというポリシーを持ち、施主に喜ばれる仕事をする。
 前提2 自社も出入りの職人・業者も共に栄えることを目指す。
 教訓1)ミニコミ紙などによる顧客への持続的な情報発信
   2)定期的なサービス訪問による顧客接触と優待
   3)メンテナンス・小工事を営業活動にする
   4)メンテナンス・小工事を前面に押し出した新規客獲得宣伝

(7) 協同組織で取り組む場合
 協同事業体全国センターに参加している協同組合の中で、以上のような教訓を取り入れて経営をしている組合は、まだ残念ながら無い。協同組織で、このような教訓をどのように活かすか検討中の段階である。
 その議論の中で、大きな障害になっているのは、小工事営業やサービス訪問に組織的に取り組んだ場合、組合員によって参加や貢献度に強弱が発生する。その強弱に応じて、受注の配分が行われなければ不公平である、という問題である。
 これについては、小工事の処理やサービス訪問は協同組織の営業活動であるから、これへの参加をポイント制で評価し、たくさんポイントを持っている組合員から順に受注を配分し、その施工金額に応じて所有ポイントを減じていく方法を提案している。
 施工品質の確保については、施工管理レベルの向上を前提としつつ、組合員による集金協力金制度を提案している。自分がやった工事を自分で集金すれば、一定の率で集金協力金を出すのであるが、クレームが発生すれば集金が困難になるので、施工品質が上がることになる。複数の業種が参加する工事の場合は、施工管理責任を取る組合員が集金を担当する。
 これは、石川県のT塗装が実際に採用してクレーム発生率を大幅に改善した方式である。同社は、30人の出入り職人が全員営業訪問に参加しており、塗装からリフォーム全般に進出している元気印の企業で、社長は「訪問販売リフォーム企業が営業して歩いた地域ほど、受注しやすい。彼らは、受注して下請けに丸投げするので、見積もりが高い。わが社は、彼らの見積もり表に自社の見積もり単価を書き込んでいけば勝てる。」と語っている。

第4章 地域に根ざす工務店の将来と運動


1. 地域に根ざした仕事確保の運動―「分会住宅センター」

 (1) 分会住宅センターの生まれた背景 
 1996年東京土建足立支部平野分会の群会議で「仕事がなくて何度も自殺を考えた」という組合員の悲痛な訴えに、群・分会で自分たちの力で何とかできないだろうかと真剣な話し合いがもたれた。そして、どんな住宅相談にも東京土建の地元の建設業者がきちっと応します、というチラシの裏面に、いろんな業種の名刺を並べ(職人マップの始まり)地域に配布したところ、新築2件を含め14件の住宅相談があった。
 地域に働きかけると仕事が取れるということが運動に参加した仲間の大きな確信となった。この経験に学び、他の分会にも分会住宅センターづくりが広がり、足立支部では35分会中30分会に分会住宅センターが確立している。足立支部は約8,000名の建設労働者を組織し250名の分会住宅相談センター会員を組織し、最も活発に分会住宅センター活動を行なっている支部である。
 東京土建本部では、2000年4月に「分会住宅相談センター設立の手引き」を作成し、支部・分会で論議し、実践していく中、12支部81分会に分会住宅センターが確立している。
 東京土建では毎年住宅デーを全都約800会場で開催し、地域住民の方と結びつきを深め、地域に根ざした仕事確保の運動として取組んでいる。分会住宅センターの運動は日常的に地域に働きかけ仕事確保を組織的に進めている。仕事が出てくれば元気も出るし、後継者も育てていける展望も開けてくる。

(2) 住宅デーと分会住宅センター
 東京土建で地域に根ざした大イベントとして行っている住宅デーでの住宅相談は分会で話し合って対応し、地域住民の期待に応えている。分会住宅センターはそれを日常化したものだ。地域に根をはっている分会で分会住宅センターを作り、どんな住宅相談にもきちっと責任施工で応えていけば地域住民の方からの信頼も高まり、仕事は確保していける。
 分会住宅センターの仲間は地域に住み、身近な良き相談者になれる強みがある。これは、大手建設会社にはできないことだ。地域に人が住んでいる限り住宅要求がなくなることはない。

 (3) 分会住宅センターの具体的な活動
 先進的な分会住宅センター活動を進めている足立支部の東分会・平野分会・関原分会建築相談センターでは毎月定例会が行われ、チラシを積極的に地域に配布している。
 東分会建築センターは日曜日の午前中月1〜2回地域へのチラシ配布をし、月1回午後定例会が行われている。明るいうちに声をかけ、「どんな住宅相談でも気軽に連絡下さい」とやっていくと相談件数も違うという。通常行われているチラシまきは、声もかけずサッと郵便受け受けに入れことが多いが、チョッとした工夫が生きてくる。
 足立支部の分会建築センター全体では、1999年度は住宅相談100件・施工件数68件・施工金額2,426万円、2000年度住宅相談172件・施工件数113件・施工金額2,279万円、2001年度相談件数258件・施工件数144件・施工金額9,116万円となっていて大きく伸びてきている。
 最近の傾向として、1件の工事額が50万円を超える相談も多く、高齢者住宅改修の相談も大きく伸びている。区の斡旋工事・足立区職・教組・介護支援センター等との仕事提携の窓口となっている「住まいの相談室」には日頃から結びつきがある診療所から増築工事の相談もきている。
 足立支部の分会建築相談センターでは、万一トラブルが起きた場合にすぐ対応できるよう施工管理委員会を設けている。30分会の分会建築相談センターでは今までトラブルもなく、責任施工で地域住民に信頼される住まいづくりが行われている。

<町田支部の分会住宅センター>
 東京土建町田支部は2,600名の支部で鶴川分会は384名の分会で町田支部最大の分会だ。鶴川分会では1998年春の住宅デーの時に新築工事の相談があり、分会の仲間の総力を結集して分離発注の形態で新築住宅を完成させ分会住宅センターが誕生した。鶴川分会では春と秋の住宅デーだけでなく、中間期に全戸配布や月1回の電話住宅相談を実施している。

 分会住宅センターの運営と体制では分会住宅センターの規約を作り、会長・事務局長・幹事若干名・会計・相談役(分会役員)の体制で行われている。相談役に東京土建の分会役員が入っているのは、分会住宅センターが一人歩きをするのではなく、常に東京土建の分会との連携をとり、指導・援助を受ける等、東京土建の分会住宅センターとして円滑に運営していくためだ。
 足立支部の分会住宅相談センターでは完成工事に対する賦課金を一律2%(上限10万円)とし活動をささえている。200万円以上の工事については、中間検査・完了検査を行い、きちんと工事が行われているか検査を行っている。工事が終わると工事を施工した業者が工事完了証明書を作成し、顧客に確認して押印してもらい提出している。

(4) NPO法人化など、最近の新たな動き

 最近では、地域に根ざした仕事確保の組織的な運動として、NPO(特定非営利活動)法人を立ち上げボランティアと営利事業の両立をめざす新しい運動も生まれている。足立・大田・世田谷の住宅センターではNPO法人を今年度登録し仕事確保の新しい取組みを始めている。
 このNPO法人はボランティアを行う団体と思われがちだが、「事業によって得た利益を配当してはならない」ということで、収益活動を行うことは禁止されていない。NPO法人の場合、1)社会的な信用が得やすい、2)事業協同組合より多様な活動が可能、3)労働組合としても取組んでいける等メリットもあり、今後新たな仕事確保の運動として住宅センターを基礎にして広がっていく方向にある。
 今、仕事が減少しリフォーム市場に大手企業が力を入れ進出きている中、個々の事業所の努力だけでは限界がある。組織的な力で、地域に働きかけ、地域住民のみなさんから信頼される住まいづくりの運動が必要となっている。仕事確保を進めていく上で、分会住宅センターづくりの運動は大きな展望を示している。

2. 21世紀の住まいづくりー「木の家」づくりネットワークなど

 地域住宅生産者とは、もともと地域で大工が技術を習得し、地域の気候風土に育ち、代々家づくりの技術を身につけてきた人々である。わが国は、森林が約7割を占め、木は身近な材料として家につかわれてきた。家ばかりでなく、様々な日常の生活用具も木でつくられてきた。
 のこぎり、かんな、のみ、などは大工が使いこなす道具である。木造軸組工法は、木を加工する道具と大工さんによって、祖先から受け継いできた大切な住まいの工法である。木という材料が豊富にあり、木という特性をよく研究して今日の住まいの作り方が出来上がってきたのである。
 シックハウス症候群と日本の家
 シックハウス症候群という新種の健康被害が問題になった。家に使われる合板、ビニールクロス(壁紙)などに使われる接着剤や塗料などが原因で住む人が被害をうけた。利潤追求のためには手段を選ばぬ企業優先の社会がもたらした歪みであろう。
 東京砂漠と言った人がいるが、人々は巨大都市に林立するマンション群に住むか、通勤時間に2時間もかけて、ディベロッパーが開発したプラモデル的な家に住む以外に選択はできなかった。
 郊外に戸建住宅を選択した人々の家、壁と壁をくっつけあってひしめき合いながら建てられた住宅群は、さながらハウスメーカーの品評会を思わせるものであった。
 昔の木の家が、わずか50年で大きく変わってしまったのである。そして、建てられた家は20年サイクルで建てかえられていく。最近では、一部の地方で昔の町並みを保存して、人々を引きつけている。こうした町並みは、同じ木の家であっても、それぞれに地方色があって飽きない。
 東京の隣のある木材産地の林業者が語っていた。植林して50年、下草刈り、枝打ち、間伐などを繰り返し、人工林を管理して、自分の代で生産材として木材市場に出せるか出せないかであるという。また、東京のある林業組合には、500〜600人の組合員がいるが、林業で生計を立てている人は、5本の指で示せるほどだという。木材というのは、経済性を追求されても、そのスピードには乗り切れない資源だ。使われている木材の8割は外国からの輸入材である。国産材は 2割に過ぎない。山には伐採時の木がたくさんある。しかし、伐採しても山から町までの運搬費にもならない。林業では生活できない実体にある。
 地元の木を使って「木の家」を建てる
 シックハウスに直面して、問題意識を持って住まいづくりを見直し、健康な住まいづくりに取り組み、到達したところが、地元の木を使って「木の家」を建てることであった。
 「木の家」であっても、当然現代の技術を使い、健康で長持ちする家、そして幸せな生活が送れる家づくりである。そのためには設計者とも協同していかなければならない。現代の家には、昔の伝統的な木の家のよさに加えて、電化生活、自動的にお湯の出るユニットバスとかシステムキッチンにIHクッキングヒーターなど、さらにインターネットやテレビインターホン、省エネ、床暖房、太陽発電も取り入れたい。家に求められる要素は多彩である。
 電気や設備の専門職もいる。バリアフリー住宅は、高齢化社会の要請でもある。福祉住環境コーディネーターの協力も求められている。現代の住まいには、様々な専門職の知識も大切だ。
 工務店の枠を超えたネットワークが、現代の住まいづくりには求められている。そのような立場から様々な試みとして、「木の家」づくりネットワークとか、国産の木をつかったモダン民家風の木の家づくりなどが、建て主に注目されはじめている。このような、建て主の住まいづくりを支援しようという住まいづくりの専門家集団が地域で根付きはじめている。

3. 心地良い都市住宅の原型を求めて

(1) 近代技術の不条理と伝統的な住宅の開放性

 近代技術は、しばしば、人間の快適よりも、機械の効率を優先するという滑稽な論理を内在させている。こうした近代主義の不条理は、西欧では早くから知られ、公園や街路樹の緑を増やし、植物の葉先からの水分の蒸散に伴う気化の潜熱の吸収など、自然のはたらきを活用する方法が採られている。我が国では、もともと伝統的な住まいで、土壁による湿気の吸着など、蒸し暑さ対策も効果的であった。
 道路や建築物など、重量のある物体は、熱容量も大きい。夏の昼間の日射によって、いったん温まってしまえば、日が落ちてからもなかなか冷えない。人工的構築物からの放射熱によって、夜間まで蒸し暑い熱環境が生み出される。この点でも、夏の日射を防ぎ、冬の日射を可能にするような落葉樹の日陰による温熱環境調節機能も活用されなくてはならない。
 室内の環境調節という観点から、伝統的な住宅と、最近の近代的な住宅とでは大きな差がある。後者は道路に対して閉鎖的であって、それは社会的な個人性(プライバシー)の要請とともに、内部空間だけの冷暖房による環境調節を、手っ取り早く実現するという効果を期待されている。そのような効果は直ちに、外部空間の熱環境を悪化させ、そこから、さらに内部空間の対策を強化させる結果を生むという、そのような不条理に捕らわれてしまう。
 このことは、伝統的な住宅と比べて、間取りや、空間の分節化(めりはり)による、内外空間の連続性と閉鎖性の違いでもある。
 個人性の要請については、最近の住宅では、塀や壁や鍵などの、安全システムの重装備を構え、社会的にはもちろん、家庭の中でも、心理的に孤立する人を生み出している。けれども、例えば(夫婦の)主寝室に、専用のバス・トイレが設けられていないなど、個人性の点で不十分で、先進国との差を残しているのが実態である。そのような重装備の住まいでは、人はしばしば社会との接点を見失い、社会的な関わりの中で育つ社会力(社会形成力)の発達を妨げられるおそれがある。
 反対に、後に紹介する京都の町家などの場合は、坪庭・通り庭、あるいは全面道路を介しての空間的なめりはりが、個人性を保障しつつ、夏の通風と、社会的なコミュニケーションのために必要な開放性を生み出している。
 次の節では、先ず、こうした問題を生み出しながら、そこから抜け出すための課題と向き合うこともできないでいるかに見える、この社会における産業的課題を見ていくこととする。

(2) 現代の住まい手の実情と都市住宅の原型を求めて

 ここでは、暮らしの現場である地域における住宅の造り手と住まい手をめぐる事態を振り返り、これからの住まい手との共同の、地域起こし・住まい造りを考える素材とする。
 建設と破壊の20世紀は、結果として、建設産業の過剰な生産力を残すことになった。大きくなりすぎた生産力に見合うだけの需要の低迷。あるいは、建て替え需要に伴う産業廃棄物の処理のむずかしさなどから、他の分野から参入してきたハウスメーカーの中には、住宅建設からの撤退が噂されているところも出てきている。
 けれども、地域の中小工務店などにとっては、生業としての建設業を撤退して他の分野の仕事で生き延びることは、安易に考えられるものではない。もちろん、ハウスメーカーなどの下請けとして生き延びる道は長続きしないであろうし、反対にハウスメーカーの撤退による、競争の沈静を坐して待つわけにもいかないのである。

 住まい造りの近代化の過程で生み出されたもの
 21世紀、地域の中小工務店が生き延びるための戦略は、心地良い人としての信頼を培いつつ、一方では、住宅を求める顧客の実情を知り、彼らの期待に応える可能性を探りながら、将来の、都市における中心的住宅像(都市住宅の原型)を構築することが求められている。
 この国では、住まい造りの近代化の過程において、その性急な変化の中で、多くの被害者を生み出してきた。例えば、経済成長のために、農村から都市部に大量の人口を移動するという、急ぎ過ぎた都市化による、高価格・高家賃、住環境の低さ、コミュニテイ(地域社会)の崩壊などによって、孤立して暮らす人たちが急増している。その極端な事例として閉鎖的な空間で孤立する人たちを苦しめるシックビルや、単身居住の増加もあって、多くのお年よりの孤独死がある。
 さらに、この国の住宅の耐用年数が、諸外国に較べて極端に短く、ローンが済んだころには、建て替えによる次のローンが必要になるという具合で、いつまでたっても借金奴隷から抜けられないということがある。その背景には、材料や施工体制・技術の変化の速さと共に、その場限りのコマーシャリズムと、それに影響されやすい、ライフスタイルの動揺の問題がある。そこには、目先のフィーリングの良さと、将来の暮らしのイメージとを分けて、冷静に検討する思考方式が身についていない、日本人の、思想的な未分化の状態があるといわれる。

 伝統的な都市住宅の中に見えるもの
 住まい造りを担当する私たちが、こうした被害を受けながらも、敢えてそれを問題とせずにきている人たちにとっての、なんでも話せる、心地良い相談相手となるためには、被害者に共感する(相手の心理的リズムに合わせて傾聴する)心がなくてはならない。クライアントに共感する心を育てるには、同じ目線に立ち、同じ地域に暮らしながら、被害の実情を、心を開いて聴く、そのような資質が求められるのである。そのような過程を経て初めて、都市住宅の本来の原型(都市を構成する重要な要素の一つとしての住宅の形式)への支持が得られることになるであろう。
 そのような住宅は、これまで大量に造られてきた、閉鎖的・エネルギー大量消費型で、効率化・高層化を志向する集合住宅とは違ったものであって、住民の暮らし方・暮らしの意識の変化を生み出し、そのようにして出されてくる住要求を反映するものともなる。
 それでは、このような本来の原型はどのようにして形成されてくるのであろうか。実は、これまでにも触れてきた伝統的な都市住宅の中には、歴史的な過程を経て、住み手と共に培ってきたという意味で、都市住宅の本来の原型といえるものがあった。その具体の事例を次節に紹介する。

(3) 伝統的な都市住宅と木造三階建ての現実性について

 都市住民の住宅の原型としては、いわゆる長屋建てがあった。それは、庶民がお互いに助け合って暮らすという観点を第一とするなら、少々風通しが良すぎるとはいえ、決して住み難い住宅形式ではなかった。ドア−を開けさえすれば、そこには、似たような生活感覚を持った、ご近所の人たちがいて、いつでも、何事でも相談にのってくれるのである。
 「気持ちの良い生活」のためには、「人情」と「自然」が必要であるといわれる(注)。
 (注)鶴見和子他、「気持ちのいい生活」、晶文社、1994年、p.29。
 長屋には人情とささやかな植え込みがあった。それはまた、もともと日本の町屋、例えば内外空間が連続している伝統的な町家にもあったのである。
 一方、特に、戦後の高度経済成長を支えるための都市人口急増の時代、郊外に造られた戸建て住宅の大群は、それぞれが駐車場と、掌ほどの植え込み空間を持つ、ささやかなマイホームとして、庶民の夢を反映していたように見えた。
 都市の住宅の原型が、賃貸住宅中心の長屋から、持ち家の郊外戸建て住宅に変遷していった背景には、東京の場合は、関東大震災・空襲などの災害の恐怖の体験や、土地代や建築費の高騰がある。また、ハウスメーカーの勧誘や、新建材・新設備などが「新物志向」をかきたてたからでもある。そのように、競って新しいものに飛びつく傾向は、孤立し、しかも暮らしの将来に不安を持っている、そのような、新しく都市に来た住民であるからこその傾向であるといえよう。

 京都などの伝統的町屋の特色
 京都をはじめ、関西などの古い都市に残されてきた伝統的町家は、バブルの影響などもあって破却された物も少なくないけれども、今なお、独特の落ち着きと美しさをただよわせている。その保存の運動も、組織的な広がりを見せている(注)。
 町家の構造は、「間口はせまいが、一歩中に入れば、長い通り庭(土間の廊下)が奥まで抜けていて、通り庭で結ばれた各部屋は奥にゆくほど立派になり、坪庭と呼ばれる観賞用の小庭もある。(中略)京都の短冊型の町家では、「家持ち(カモチ)」を中心に、お町内という自治的近隣単位を構成している。(上田篤、「タウンハウス」、鹿島出版、昭和54年、p.9)
 上田篤さんは、町家の特色を、高密度の独立住宅で、道に面していることであると指摘。路地に面した長屋や、団地内通路としか接していないテラスハウスとは違い、真っ当な意味のタウンハウスとして、都市の重要な構成単位の一つであるとしている。
 すなわち、人の上に他人(ヒト)を住まわせず(接地性)、二面開口で通風は良いのに広い敷地を必要とせず(接隣性)、道に面して地域に開かれている(接道性)の三点に着目、それらには、次のように意味があると理解される。
 1)高層住宅とは違い、接地性によって、空間的に定員制をはっきりさせて、過密を避けることができる(接地性)。
 2)近隣と壁を接した持ち家に住むことにより、地域の活動に責任を持つ(接隣性)。
 道を通してまちの情報が流れ込み、それが通り庭を通して各部屋に伝わる(接道性)。
 さらに上田氏は、都市住宅において、同じ容積制限のもとで、三階建ての可能性を検討して次のように述べている。
 3)平屋や二階建てでは、ともすれば物干し場・物置のようなあいまいな空間になりがちな庭が広くなり、環境調節機能を持った庭を再現できる。
 4)三階には子どもの部屋・アトリエ(書斎・貸し部屋)、二階には主寝室、一階は公的な性格の空間をもうけるなど、フロア別のプライバシーを実現できる。ホームエレベーターを設けることで三世代住宅の可能性がある。
 このような三階建て住宅の持っている可能性は、いずれも、本来の住まいが備えているべき点である。例えば、ここに見られるような、徹底した個人性こそ、民主的な社会におけるコミュにテイの基盤を構成するものであり、それはまた、住宅の原型が持つ意義の重要な一つとして位置付けられるのである。
 このような三階建て住宅の技術的検討の事例と、併せて、自治体のマスタープランの中に位置付けられた事例を紹介する。
 前者は、住み手が変わったり、ライフステージが推移した時に、必要なリフォームをし易くするために、素材の繰り返し使用の可能性の検討をも含む実験である。
 後者は、町の魅力の一つとしての木造戸建て住宅を位置付け、自治体や、専門家・市民・企業などの参画によって、住環境の向上を計る点に特徴がある。

 (参照1)木造三階建て実験住宅に関する森本信明さん(近畿大)の研究の紹介
 実験の目的は、近年大都市部に多く建設されている三階建て住宅に着目し、その構造・防火などの安全性を確保しつつ、同時にリサイクル性能を向上させた材料・部材を用いることにより、取り付け・解体がどの程度容易になるのかについての検討を行うことにある。これにより、リフォームや増改築・建て替えを容易に進めることができ、「まちなか一戸建を中心とした都市型住宅地像」が成立しうる可能性を検討する。

(参照2)自治体と共に造る都市住宅の原型―八尾市のマスタープランの紹介  
 今東光の作品で有名な河内の中心、八尾市では、職人気質の大工さんたちが、木造の技術を継承して、東大阪市や、近隣の地域まで出かけて行くなどして、元気に活動してきている。この八尾市で1999年に行われた市民へのアンケート調査によると、戸建て持家層で、中高層持家層に比べて定住志向が高いことがわかった。また、将来の住み替えについても、郊外の庭付き持家に次いで、町中の戸建て・長屋建てとするものが、共同住宅とするものよりも、ずっと多いことがわかった。(参考) 森本信明、「経済」、2002年3月号)
 そこで、2001年3月の八尾市住宅マスタープランの中では、同じところに安心して居住したいという要求に基づいて、三階建てを含む小規模戸建て住宅を、八尾の都市型住宅として位置付けている。すなわち、木造の戸建て住宅をまちの魅力の一つとしてとらえ、市民・専門家・企業・ボランテイアなどの参画を得て、積極的に情報提供をすすめることによって、住環境の向上を目指すものである。
 こうした取り組みのポイントとしては次のようなことが上げられている。
 住宅単体について、その構造・防火面の安全性、日照採光のための屋上利用、高齢者などへの設備面などの配慮、リサイクル・リユースの可能性など。集団としての高さのコントロール、向こう三軒両隣りといった狭い範囲の合意による調整の可能性など。

第5章 これからの地域工務店の生きる道


 地域工務店をとりまく環境の厳しさは、前各章のなかで明らかにされ、そうしたなかで先進的工務店が、地域密着型の経営戦略を確立して、着実に営業を持続・発展させている貴重な経験が、本研究所の地域住宅産業プロジェクトの調査結果にもとづいて紹介されている。
 しかしながら、一方では多くの工務店は、深刻な仕事不足のなかで自力営業を断念し、廃業したり、大手住宅メーカーの下請に組み込まれ低単価・低賃金に苦しんでいるという実態にある。
 こうした事態を招いたのは、地域工務店が持つ潜在的弱点によることは大きいが、より本質的には、政府の大手住宅企業本位の住宅政策の推進がもたらした結果である。
 本来、わが国の住宅は、豊かな森林資源を活用して、高温多湿の気候・風土のなかで独特の木造住宅文化を生みだし、歴史的変遷を重ねながら現在の木造在来工法として伝承され、日本人の住生活に切り離すことのできない、優れた機能をもつ住宅として発展してきた。そして、木造在来工法の住宅は、地域の大工・工務店によって、地方・地域の自然環境や歴史のなかで、個性をもった住生活文化をつくりだしてきた。
 しかし、高度経済成長期に都市化や住生活の多様化がすすむ過程で、政府の住宅政策は、大手住宅産業の育成とあいまって、住宅生産の近代化という名のもとに、住宅の規格化、標準化、量産・量販システム化を促進し、個性が画一化され、歴史的につちかわれてきた地方固有の住文化は失われてきた。こうした一連の流れのなかで住宅工法そのものも大きく変化してきた。
 鉄筋コンクリート造や鉄骨造をはじめ、プレハブ住宅やツーバイフォー工法の住宅などさまざまである。それは、建築材料の工業化と部品化が1つの原因であるが、この影響は木造在来工法にも大きな変化をもたらす結果となった。アルミサッシや新建材の多用がそれである。
 このことは、伝統的木造住宅を大きく変質させると同時に「高気密」化がすすむ過程で「シックハウス症候群」に代表される有害な化学物質による住み手の健康被害が続発し、欠陥住宅問題と合せて大きな社会問題となっている。これらは、住み手の立場にたった住まいづくりから、企業利益優先の住まいづくり(商品化住宅)がもたらした結果である。
 そうしたなかで、いま、住まいづくりの在り方が根本的に見直されようとしている。自然素材を多用し、自然換気を十分にとりいれ、人と環境にやさしい住まいづくりであり、伝統的木造住宅の再評価とその技術を受け継ぐ大工・工務店への再評価が高まりつつある。
 平成11年の世論調査で、“どのような住宅を選びたいか”という問いに対して、在来工法の木造住宅67%、在来工法以外の木造住宅21.5%、合計すると88.5%の人々が家を建てるなら木造住宅と回答し、国民の木造住宅に対するニーズの根強さを証明している。
 また、わが国の森林は、戦後、造成された人工林が成熟し代採期を迎えつつあり、その有効利用の観点からも木造住宅が地球環境に及ぼす影響は大きいことから、国土交通省は「長寿命木造住宅整備指針」を発表した。この指針は、長持ちする木造住宅のつくり方について5つの柱((1)継承性・持続性 (2)物理的長期耐用性 (3)維持保全性・更新の容易性 (4)可変性 (5)その他の配慮事項)を設定し、伝統的木造住宅とその技術の再評価を打ち出している。国土交通省は、この指針を各県各地域の中にどう普及・定着させていくか、具体的な措置を講ずるといっている。
 このように、21世紀の住宅需要は、伝統的木造在来工法の住宅が大きくクローズアップされようとしており、その技術を受け継いできた地域工務店にとって明るいきざしが出てきたといえる。問題は、こうした有利な条件をどう経営の中に取り込み、再生していくか、21世紀の地域工務店の生きる道が問われている。

1. これからの工務店経営を切り開く幾つかの視点

(1) 厳しさを増す市場競争
 戦後一貫して増加傾向にあった住宅建設は長期大不況の影響もあって、新設住宅着工予測では、14年度115万戸(前年度比0.4%減)となっており、年々減少傾向をたどっている。
 この傾向は、少子・高齢化の進行など社会経済情勢の変化、小泉構造改革による住宅金融公庫の改廃、民間住宅金融への転化等によって庶民の住宅投資余力の減退は避けられず、21世紀の新設住宅建設はさらに大きく落ち込むといわれている。
 こうしたなかで、いま、工務店業界に3分の1革命が起こっているという暴論もささやかれている。全国の工務店数は18万社といわれるなかで3分の1は自力で勝ち取り、3分の1は大手住宅メーカー等の下請化、3分の1は倒産または廃業していくというのである。いずれにしても無視できない厳しい時代になっていることは間違いなく、加えて、住宅品質確保促進法や住宅完成保証制度等、地域工務店をとりまく環境が大きく変化するなかで、どう経営を維持し、発展させるか重大な局面を迎えている。

(2) 住まいづくりの「哲学」を確立すること
 高度経済成長時代を経て、住まいづくりが産業化され、規格化され、商品化住宅として生産されてきた。それに伴って十分に人と健康の関係を検証しないまま、効率性と経済性のみが追求されてきた。こうしたことから、住み手の側もつくり手側(住宅メーカーや工務店など)にまかせるという傾向が蔓延し、実際に住んでみてトラブルが発生するという事例が数多く発生した。
 しかし、時代は変わりエンドユーザーのニーズや生き方、暮し方等も大きく変わっているなかで、住まいづくりの在り方も根本的に見直す必要がある。
 そもそも住宅とは、人がそこで生まれ、育ち、成長し、健やかに終える生活を家族とともにするところである。そこは、様々な自然条件や社会条件に対して安全で、安心して暮らせる場でなければならない。これは、住まいの大切な基本的要素である。従って、家族一人一人の暮らしの条件や思いを出し合い、話し合い、それを家族の社会的、経済的、文化的条件などから、家族がより豊かになるための可能性を総合的に見つけ出すことからはじまる。
 住まいは、住み手の主体性を発揮して、自らの価値観でつくるものであり、つくり手はプロとしてそれを応援し、援助していくという立場を堅持することが重要である。
 住まいづくりは、住み手とつくり手の共同作業であり、「参加型の住まいづくり」といわれる所以はここにあるわけで、つくり手側の好みや条件を一方的に押しつけてはならない。この住まいづくりの基本を「哲学」として、堅持し、経営のなかに取り込んでいくことが21世紀を生き抜く道であり、地域で社会生活を共にする地域工務店でなければできない強みである。
(3) 設計事務所との提携とネットワーク化の模索
 前項で「住み手とつくり手の共同作業」と述べたが、つくり手には、設計者と施工者とがある。従来は建築士法に規定される小規模工事の範囲で、工務店が設計・施行をおこなってきたが、最近では住まいづくりの高度化・多様化に伴って、設計、施工の分離が提唱されるようになってきた。
 かつて「かしの木建設」の加藤さんは、「私たちが考える昔からの住宅の価値観だけでは、いまの住み手は満足しません。今の消費者は昔ながらの理想的な大工像などあまり求めていません。要求しているのは精度の高い、住みやすい、使いやすいということです。しかし、私たちはそうした点について専門的な勉強も研究もしておらず、経験に頼ってやってきたので住宅メーカーに比べて弱点があります。そこで、これからは信頼のできる設計者と組んで仕事をすることが大切だと思う。もちやもちやで専門技術を発揮して、住み手が満足する住まいづくりを、相互が対等の立場で協力し合い努力する必要があります」と語り、以来、工務店経営を立派に守っている。
 さらに最近は、品確法にもとづく性能表示やメンテナンスを考えたときに必要となる設計図書の保管、これからの住まいづくりは、住み手の立場にたってきちっとした仕様書を作成し、積算根拠を示した見積書をつくった上で、住み手の納得づくで進めなければならない時代である。
 こうした点を考えると、設計事務所との提携は工務店にとって切り離せない課題となっており、どういう形で有効な提携関係をつくるか真剣に検討する必要がある。
 また、最近は、個別工務店だけでは限界がある問題点を乗り越えるため、工務店相互のグループ化とか、関係業界とのネットワーク化の動きも顕著となっている。これらは、21世紀の厳しい市場競争を生き抜く知恵として無視できない動きである。

(4) リフォームと高齢者住宅改善等への対応
 21世紀は、環境対策の観点から、今までの工業化時代の流れだけでは社会全体がうまくいかないという反省のもとに、価値観もずいぶん変わって、住宅の分野も伝統的木造住宅が再評価され、国土交通省も「長寿命木造住宅指導指針」を発表し、その普及に乗り出そうとしている。
 木造住宅の多いノルウェーでも伝統的民家を文化遺産として保存するだけでなく、地域の素材を使い、昔ながらの知恵と技術を、現代建築に生かす試みが始まっている。このような動きは、木造住宅工法の技術を伝統的に受け継いできた地域工務店の最も得意とする分野であり、“地域工務店の出番がやってきた”といわれるところである。こうした有利な条件を生かして、地域に根づいた経営をどう確立するかが問われている。しかし、21世紀の新設住宅の減少傾向は、前述の通り避けられない状況にあることも事実で、これからの工務店経営には、住まいのメンテナンスやリフォーム、高齢者対応の住宅改善等にどう対応していくかが重要な課題である。

 1)住まいのメンテナンスの重要性
 先進的な地域工務店の受注経路をみると、得意先等の口こみによるものが多いが、これは住まいづくりに責任施工すると同時に、引渡し後も定期的にメンテナンスをおこない、顧客に喜ばれ信頼されているからである。このように、地域に信頼を高めるためには、細かい仕事で手間にもならない仕事であっても、住まいのメンテナンスは無視できない。こうした仕事を通して信頼を高め、地域に根づいた工務店経営を確立していくことが重要である。
 2)住まいのリフォームへの対応
 住宅市場における新築需要の回復が期待できないなかで、リフォーム需要は大幅な増加が見込まれ、やがて10兆円市場になるといわれている。
 住宅宅地審議会の答申は、従来の資産形成を重視した新築、建て替えを中心とした政策から、自由な住み替選択を拡大する方向を強化するため「ストックの有効活用を重視する」という政策転換を打ち出した。具体的には (1)中古住宅流通の促進 (2)リフォーム市場の活性化 (3)「定期借家制度」の促進などを提言している。
 国土交通省は、これを受けて、一定の耐久性の有する既存住宅の改築・リフォームに対して、住宅改良資金融資制度の貸付け条件を改善して優遇措置を講じることにした。
 また、「長寿命木造住宅整備指針」が示す5つの柱のなかに「可能性の確保」を位置づけ、長持ちする木造住宅づくりに際して、入居世帯の家族構成・生活様式の変化等に伴う、使用形態の変更や改修などに容易に対応できる施工を提言し、リフォーム需要の活性化に向けた行政側の対応を強めようとしている。
 こうした状況のなかで、大手住宅メーカー等は、リフォーム需要の掘り起こしに本格的展開をはじめている。これに伴って、国民生活センターの調査によると、住宅リフォーム工事の苦情(執拗な勧誘、虚偽の説明、強引な契約等)が年々増加し大きな問題となっている。
 本来、住まいのリフォームは地域密着の需要であり、地域工務店の得意分野としてしっかり押さえなければならない領域である。工務店調査でも明らかなように、新築とリフォームを経営のなかにしっかり取り込み、不況で新築工事は減っても、それをリフォーム工事でカバーし年間受注額を確保している。しかし、多くの工務店は、リフォームへの取り組みが十分といえない実態にある。現在のリフォーム需要は、かつての「必要型」から「改善型」に変わりつつあり、1件当たりの工事金額も大きくなっているといわれ、地域工務店の経営にとって極めて重要な需要となっていることを認識する必要がある。

 3)高齢者対応の住宅改善
 高齢化社会を迎えて、一生涯住みつづけられるバリアフリーの住まいづくりは、これからの住まいづくりの重要なテーマとなっている。同時に、現に高齢者・身障者が住む住宅を、健やかに住みつづけられるようにする住宅改善が、当面の重要な課題である。
 すでに、東京江戸川区における「すこやか住まい助成制度」や、「高齢者の住宅改造費助成制度」などを活用し、東京土建の各支部や全建総連傘下の各組合は、地域の住宅改善事業に積極的に取り組んできた。
 しかし、平成12年4月から実施された介護保険の実施によって、助成額が20万円と大幅に引き下げられた。その増額と制度の改善要求とともに、高齢者の住まいの改善要求に応える活動が仕事確保と結びついて、各組合・支部のなかで積極的に取り組まれている。この取り組みは、地域の高齢者、身障者など「居住弱者」といわれる人々の切実な要求に、住まいづくりのプロ集団として積極的に応えていく活動として、高く評価されるものであり今後も強化していく必要がある。同時に地域工務店も、地域の介護支援センターやケアマネージャーなどと連携して、高齢者等の住宅改善要求に応える取り組みを重視していく必要がある。

 (5) 地域のまちづくりのなかで、地域工務店の活路をひらく

 地域工務店は、もともと地域に密着し、地域社会、コミュニティーづくりに貢献してきた。大手資本によって食い荒らされてきた地域の再生、復興をはかることは、本来の役割をとりもどし、今後の活路を切り開くもっとも重要な課題である。
 例えば、地域社会を構成する住宅を考えると、いままでの日本は、「住宅は基本的人権・福祉の基礎」という、ヨーロッパ先進諸国の思想に比べて、「住宅の経済性、効率性を追求する商品化」の思想が横行し、地域社会に大きな矛盾を高めてきた。こうしたなかで日本住宅会議の「住宅憲章」は、「住居は、生活の器として、生命の安全と環境を守り、人間の尊厳を保ち、安らぎと秩序を保証し、人間発達と福祉の基礎を守り、文化としての居住環境を発展させ、市民社会の基礎となる」と宣言した。これが、いま見直されようとしている住まいづくりの原点である。
 地域に存在する住居について、このように考えると、子供の保育や教育の問題、住居と健康の問題、高齢者・障害者の健康・福祉の問題など、地域の生活や文化の基礎は住宅にあるといえる。
 このような住居を建設し、保全していくためには、大手住宅メーカーによる企業利益の追求を第一義とした性格からは保障されず、地域社会の一員として、日常生活を共にし、そこで生産活動を営む地域工務店こそが最適の立場にあることはいうまでもない。
 これは、住宅問題を中心とした地域の再生、役割発揮の方向であるが、住宅問題に限らず、大資本の横暴と長期不況で苦しむ地域の商工業者、地域環境等の再生に深くかかわって、地域社会が本当に豊かになっていくようにすることが、地域工務店の今後の重要な役割である。
 いま、地域のなかには、不況と失業に苦しむ勤労者をはじめ高齢者、身障者、母子家庭など「居住弱者」といわれる人々が、劣悪で不安定な住生活が必然化し、出口の見えない深刻な状況にある。また、大資本の地域支配が進行するなかで営業がたちゆかなくなり、何とか打開の道をと真剣に模索している商店主等々、深刻で多面的な要求が高まっている。こうした人々と共同して、地域工務店が持つ専門技術を発揮して要求実現に向けて一緒に考え努力することが、地域再生に、豊かなまちづくりにつながる道である。

 これからの工務店経営を持続・発展させるため、特に重視する必要があると思われる点についてのべたが、ここでいっていることはあくまでも視点であって、これからを工務店経営の中に取り込み、営業を着実に展開していくためには、それに対応し得る経営体質の改善が必要である。具体的には前各章各項を参照されたい。
 上記の見解に対してご意見を当研究所にお寄せください。