提言・見解

「公共事業積算の見直し」についての見解

2003年7月31日
特定非営利活動法人 建設政策研究所

目次

はじめに

 国土交通省は今年3月、2003年度から実施する「公共事業コスト構造改革プログラム」を策定した。プログラムは公共事業のすべてのプロセスをコスト面から例外なく見直すとし、@事業のスピードアップ、A設計の最適化、B調達の最適化、を柱にした内容で、今年度から5年間で15%の総合コスト縮減率を達成する、というものである。この中には、事業のスピードアップを図るとして、土地収用法の積極的活用や用地取得業務に民間活力を活用すること。また、計画・設計の見直しを図るとして、設計の性能規定化を推進すること。さらに、入札・契約の見直しでは民間技術力競争を重視した調達方式や総合評価落札等の技術力による競争をいっそう推進することや民間の資金・能力を活用する多様な社会資本整備・管理手法を推進すること、などが述べられている。このように国土交通省は公共事業のコスト構造を改革する主眼として、民間の技術力や管理手法を最大限発揮させ、事業を計画・設計から民間の手で行い、構造物を性能基準に応じて調達することに求めている。その一環として「調達の最適化」の項に「入札・契約の見直し」とともに「積算の見直し」が掲げられている。公共事業のコスト縮減策は、公共事業の内外価格差など価格に対する国民の批判や国・地方における巨額な財政赤字状況が背景にあるが、一方で、個別事業ごとに事業コストを縮減させながら、公共事業総量を維持することを意図している。政府のコスト縮減の取組みは1997年の政府の行動指針決定から始まるが、「積算の見直し」がコスト縮減策に取り入れられたのは始めてである。

 以下、「積算の見直し」の内容と問題点、ねらい、及び積算のあるべき方向性について建設政策研究所の見解を明らかにする。

1. 積算の何をどう見直すのか

「積算の見直し」の項には以下の三点が具体的施策として掲げられている。

(1)「積み上げ方式」から歩掛を用いない「施工単価方式」への積算体系の転換に向けた試行を行う。

(2) 市場単価方式の拡大を図る。

(3) 資材単価等について見積り徴収方式を積極的に活用するとともに、資材単価等の市場性の向上について検討する。

これら施策は単に積算の個別単価の縮減ということではなく、積算方式を転換することに重点がおかれ、そのことによりコスト縮減を図るというものである。以下その内容について個々に検討してみる。

1)「施工単価方式」への積算体系の転換とは何か

 従来、公共工事の請負工事費を算出するに当たり、「直接工事費」の積算は「材料費」「労務費」「機械経費」を各職種・工種ごとに個別に算出し、これに歩掛(単位当たり生産性)を掛け、積み上げることにより単位工種当たりの単価を算出している。「材料費」「機械経費」は委託調査機関があらかじめ選定した資材業者や建設会社に月々面接、電話、FAXなどで聞き取り調査を行い、「労務費」は年一回行う「二省協定労務費調査」に基づき、また「歩掛」は数年に一度行う「積算合理化調査」(「歩掛調査」)に基づき算出する。このような個々の原価要素を加える「積み上げ方式」による積算に対し、「施工単価方式」は材工込みの単位工種当たりの単価を市場での取引実績や過去の施工実績から収集し、個々の原価要素を積み上げることなく積算単価とするものである。

 国土交通省では「施工単価方式」を一層大括りにした大項目での積算方式を「ユニットプライス型積算方式」と称し、導入のための検討を開始した。この方式は材料費、労務費、機械経費、諸経費などを含んだ単価を数量で掛け合わせた総和(単価×数量)を積算金額とするもので、発注者と元請企業間の契約金額(落札金額)から各ユニットの単価と数量を把握する。一定の規格ごとにトンネルや橋梁を単位延長ごとに算出するなど、長大型工事等に適用されるものとみられる。

 この方式は材料については個々にその規格や仕様を問うことなく、一定の性能を保証する性能規定により民間が設計・施工(デザインビルド方式やコンストラクションマネージメント方式など)した構造物を公共機関が調達するという方式に誘導するものとなる。

2)市場単価方式とは何か

 そもそも公共工事の積算は「積み上げ方式」においても材料費、労務費などは取引における市場単価により算出していた。しかし、ここでいう「市場単価方式」は直接工事費の算出に当たって、歩掛を用いず、材料費、労務費、機械経費を含む施工あたりの単価(施工単価)を市場での取引価格で把握し、直接的に積算に活用する方式である。

 市場単価方式の対象価格は元請と一次下請との実際の取引価格で一次下請業者への調査および元請業者への確認調査により把握している。調査は、委託調査機関があらかじめ選定した調査対象事業に対し、所定の調査票により電話、郵便、FAX等による通信調査を基本とし、年4回実施している。

 「市場単価」調査の対象工種は全国的な調査が可能なほど、よく普及した一般的工種であり、データー量が豊富なことが求められる。また、そのデーターは客観性・妥当性を有したものであることが前提となる。

 市場単価方式はすでに90年代初めから一般的工種より順次試行・本施行されてきている。今回の見直しはこの方式を一挙に拡大させようというものである。

3)資材単価等の見積り徴収方式の積極的活用と市場性の向上の検討とは何か

 資材単価の見積り徴収方式は主に特殊な資材や製造企業の少数な資材など市場に十分繁用されていない資材の場合に行われている。今回新たに見積り徴収方式の積極的活用を掲げた意図には以下のようなことが考えられる。

(1) インターネット取引を通じ、広い市場の中から安価な資材単価を積算に反映させる。

(2) 民間製造企業の新規の技術開発資材を早期に積算に反映させる。

(3) JIS規格からISO規格に見直すことにより、国際的取引を積算に反映させる。

(4) 仕様規格から性能による資材の調達による単価を積算に反映させる。

このような海外の安価な資材の購入や新規開発資材の早期の買付けなど、より広い市場からの調達を前提とした資材等価格の積算への反映により、コスト縮減に結びつける意図のようである。

2.「積算の見直し」のねらい

 コスト構造改革の一環としての積算の見直しは、「ユニットプライス型積算方式」の検討にみられるように、単に積み上げ方式を見直すということだけでなく、積算を予定価格づくりとしての役割からおおよそのコストを把握する目安としての役割に転換させようとするものである。そして、公共工事の請負価格を予定価格の範囲内での価格競争入札方式から、民間の技術力など総合評価方式などの入札方式に対応した位置付けにし、将来的には民間事業者が公共事業の設計・施工を行う性能規定発注に道を開くことを意図したものである。

 一定の性能を満たせば、工法や資材の規格・仕様は民間に任せるという性能規定方式による公共施設づくりは、性能という抽象的・恣意的要因に左右され、性能評価は相対的基準によるものとなり、実際には一定年数の使用後に評価されることになる。このような性能規定発注では、公共発注機関が公共構造物の品質や安全性、コストに責任を持つことができないことになる。以下、個々にそのねらいを明らかにする。

1)公共事業の民活化への布石

 積算の施工単価方式さらにはユニットプライス方式への移行は公共事業の技術上の基準を詳細な仕様規定による設計・積算・注文施工方式から性能規定(完成後の性能を示した基準)による公共事業づくりを意図するものである。これは民間が一定の性能を満たす構造物を設計・施工し、公共機関が大括りの積算を目安に購入するという公共事業の民活化につながる布石となる。

2)公共事業発注機関労働者の「合理化」

 ユニットプライス方式にみられるような積算方式の簡便化は積算に携わる公務員の削減につながる。さらに性能規定化への移行は公共事業に携わる公務員全体の大幅な削減につながる。積算の見直しを含む「公共事業コスト構造改革」の大きな柱に国土交通省という行政機関の「合理化」が位置付けられているといえる。

3)公共機関が建設労働者の賃金・労働条件管理責任を放棄

 

 現状における積み上げ方式では建設労働者の賃金の積算は二省協定賃金調査による実勢調査を反映させることになっている。しかし、施工単価方式では賃金及び単位当たりの労働生産性(歩掛)は隠蔽されることになる。これは積算労務単価と実勢賃金との乖離状況を把握することを困難にするだけでなく、公共機関が公共事業に従事する労働者の賃金・労働条件に全く無責任となり、市場の取引競争に委ねてしまうことにつながる。

 

4)大手ゼネコン・大手資材メーカー・大手商社などの収益確保

 

 市場単価方式の単価は元請ゼネコンと一次下請業者との取引価格をアンケートや聞き取りにより調査することで決める。地域の中小建設業者が集中する小規模工事と異なり、大手ゼネコン等が行う大規模工事の施工単価は談合により容易に調査用単価を作成することができる。さらに調査単価は重層下請の末端施工単価ではなく、一次下請段階の単価であるため、実勢単価より高めに算出される。結果的にはその差額が大手ゼネコンをはじめ、大手資材メーカーや商社の収益確保につながることになる。

5)公共事業の資材など取引の国際化の促進

 市場単価方式や見積り徴収方式の拡大は資材などの海外調達を意図したものであり、さらに事業の性能規定化は海外建設業者やエンジニアリング企業の参入を促進させるものとなる。

3.「積算の見直し」の問題点

  以下に4つの具体的施策の問題点について見てみることにする。

1)「施工単価方式」の問題点

(1) 積算に関する根拠(材料費、労務費、機械経費、歩掛)がなくなることにより、積算単価が恣意的になる可能性がある。特にユニットプライス方式のように大括りになると、その傾向に拍車がかかる。

(2) 標準歩掛がなくなることにより、単位あたりの労働者の生産(出来高)基準がなくなる。これは積算上においても職人・労働者の労働時間や労働密度の基準がなくなり、現場労働者の労働条件に関する発注者側からの歯止めを取り外すことになる。

(3) 材工共での施工単価となるため、「二省協定賃金調査」結果が積算に反映されなくなる。そのため、積算上の労務費(賃金)と実勢労務費(労働者の受取る賃金)との比較ができなくなる。その結果、積算上に含まれる労務費と実勢労務費の乖離がいっそう広がる可能性が生じ、その差額が元請業者などの利得となる。

2)「市場単価方式」の問題点

(1) ここでいう「市場単価」とは元請・一次下請間の取引単価であり、重層下請における実質的に工事に携わる業者間の取引単価ではないため、厳密な市場単価(実勢単価)とは言い難い。

(2) 元請・一次下請間の取引には元請の取引上の優位性を利用した片務的取引関係が大きく存在しており、客観的な単価を引き出すことが困難である。

(3) 一方、調査方法が取引業者への聞き取り調査を基本とするため、容易に取引単価を上回る調査用単価が出回る可能性がある。そして、その差額が元請業者の利得となる可能性がある。

3)「見積り徴収方式」の問題点

(1) インターネット取引では安い資材単価にはなるが、品質や安全性の保証が担保されない可能性がある。

(2) アメリカなどが採用している性能規定による取引圧力が強まり、公共事業の品質や安全性を担保できなくなる可能性がある。 

4.公共事業積算のあり方(提言)

 公共事業は納税者である国民の税金を使うという視点からみると真の発注者は国民といえる。その立場から見た場合、公共事業はその計画段階から国民の必要とする生活や福祉、国土の安全と環境を守るために必要とされる事業ということになる。そのためには、今日の公共事業が計画段階から政官財の癒着に基づく事業となっている構造をあらため、公共事業の総量を国民の立場から個別に見直すことをコスト構造を改革する柱とすべきである。

 さらに、公共事業の設計・施工の段階においては、品質・安全性・利便性・環境配慮に優れた構造物をできるだけ安価につくることが求められる。さらにその労務コストは途中でピンハネされることなく事業に携わる労働者に直接支払われ、さらに労働者の労働安全や標準的生活・労働条件を保証することが前提となる。

 このような立場から公共事業の積算のあり方を見直すことが公共事業コスト構造改革の本来の位置付けとなる。このような立場から以下のような提言を行う。

  1. 公共構造物の品質・安全性・利便性・環境配慮の立場から材料や工法を検討した設計書に基づき、標準的市場単価(材料費、機械経費のみ)を基本に各種条件を加味した積算を積み上げ方式により行う。
  2. 労務費の算出は地域の標準的生計費を基本に、職種ごとに技能程度、難易度、地域の他産業労働者の賃金水準を加味した独自の調査によって作成する。
  3. 歩掛の算出は施工に携わる下請業者および職人労働者へのヒヤリング・アンケート調査を基本とした職種ごとの標準的歩掛に難易度・特殊性などを加味したものとする。
  4. 積算に使用する標準的市場単価・労務費・歩掛は工事の発注後、公開する。
  5. 積算は公共事業発注機関労働者が納税者である国民の立場から行うことを基本とする。
  6. 単価調査は公共事業発注機関が行うことを基本とするが、民間業者に委託する場合は公正な競争に基づく業者選択とともに、調査方法や調査結果については公開する。
    民間調査機関への天下りや調査機関と建設業者などとの癒着は厳禁する。
  7. 発注機関は積算された労務単価・経費・歩掛が実際に工事施工に携わる下請業者や労働者に支払われ、反映されているかの監視・調査機能を充実させ、悪質な業者に対する罰則規定を設ける