提言・見解

住宅金融公庫法「改正」についての見解

2003年8月22日
特定非営利活動法人 建設政策研究所

<目次>

  1. 「改正」内容
  2. 「改正」は何をもたらすか
  3. 今後の政策課題

 本年六月、「住宅金融公庫法を改正する法律」が成立した。今回の「改正」は、公庫の住宅融資を削減、廃止して、住宅ローン市場における民間銀行の融資拡大を援助する機関へと公庫の役割を大きく転換しようとするものである。

 住宅金融公庫の積極的役割は次のように言う事ができる。「公庫の融資は広く国民に定着し、公庫融資を受け返済中の住宅は547万戸にのぼっている。公庫融資の利用者は年収800万円以下の層が約8割を占め、中低所得者の住宅取得を可能とする長期・固定・低利の融資が行われている。また、融資住宅の質を誘導することにより、良質な住宅ストック形成に寄与し、地域工務店などの住宅生産者の仕事の確保や地域経済の振興にも寄与する、極めて重要な役割を果たしている」(国民の住まいを守る全国連絡会の共同声明・2002年1月)

 住宅金融公庫の積極的役割を維持し、改善することは重要な課題である。しかし、それは手放しの公庫擁護論に立つものではない。公庫は、政府の経済対策の一環として、また持ち家政策のもとで、融資を拡大、肥大化させてきた。その結果、過重なローン負担を強いられ、多くのローン破綻者が生み出されてきた。公庫は持ち家主義の弊害を拡大する役割を担ってきた面がある。

 今回の住宅金融公庫改革は国民、住民の視点が最初から欠落している。銀行業界は住宅ローン拡大のために、公庫融資の撤廃と債権の買取を強力に要求し、公庫は銀行にとって有利なスキームを組み、それを担うことで新法人として延命を図ろうとしている。それが今回の「改革」である。

 建設政策研究所は、国民の居住権の保障と良質な住宅建設をめざす立場から、今回の住宅金融公庫「改革」の問題点を指摘し、公庫が新法人に移行する平成十九年に向けた政策課題について見解を明らかにする。

1.「改正」内容

 今回の住宅金融公庫法改正の主な内容は、

 第1に、公庫が、民間銀行の住宅ローン債権を買い取り、この債権を担保とした債券の発行業務を行えるようにすること

 第2に、民間金融機関の発行する住宅ローン担保債券の保証業務を行えるようにすること(第1条 目的)。

 第3に、公庫の貸し付けを段階的に縮小させること

 第4に、平成十九年に公庫を廃止し、民間金融機関の住宅資金貸し付けを支援する業務(住宅ローン債権の買取や証券発行・保証業務)などを行う独立行政法人を設立すること(附則 第3条) である。

2.「改正」は何をもたらすか

 今回の「改革」は次のような事態を生み出すことが考えられ、懸念される。

(1)公庫融資の縮小により住宅ローン分野で市場金利・変動金利が普及・定着する

 新規住宅ローン融資実施額の公庫比率は、一九九九年には45.8%(民間銀行が54.2%)まで低下してきたが、二〇〇二年度7・9月期では一挙に12.7%(民間銀行87.3%)へと激減している。民間銀行が、公庫融資から自行融資へと営業活動の重点を移し、公庫を下回る金利設定によって住宅ローンの拡大を一挙に進めたためである。また、民間銀行は、この間、公庫の既存住宅ローンの借り替えを大きくすすめているが、これも新規住宅ローンの民間銀行比率の押し上げに貢献している。

 民間金融機関の新規住宅ローンの内訳は、2000年度で、変動金利と五年型以下の短期固定金利等が89.6%をしめ、十年型の長期固定金利は10.4%に過ぎない。

 住宅ローンを拡大している民間銀行の新規住宅融資の構成から見ると、公庫が撤退していけば、住宅ローン分野は、市場金利・変動金利に支配されることが予想される。

(2)市場金利の動向で住宅生産が変動、低所得者等の居住権に影響

 住宅ローン金利が市場金利に支配されていけば、住宅生産が市場金利の動向に敏感に反応して変動することになる。低金利政策の下では住宅生産が促進され、低金利政策から高金利政策に転換した場合には、住宅生産が急減する。高金利経済が継続すれば、住宅生産が後退・停滞し、価格の上昇や賃料の上昇が生じるまで住宅生産の停滞が継続する。このような状況では、国民に等しく居住権を保障することは望むべくもない。市場動向に合わせて低所得者からも高い金利を取ることになり、こうした所得層の借入は極めて困難になる。

(3)公庫融資の縮小による民間銀行の住宅ローン拡大は景気回復に結びつかない

 現在、大手銀行は、BIS(国際決済銀行)規制(自己資本比率8%以上)に従うことや自己資本比率の改善を迫られている。住宅ローン融資の拡大と、自己資本の積み増しないしは他分野の貸し出しの縮小は表裏の関係にある。

 さらに、住宅着工件数の停滞の下で、既存の公庫融資の借り替えが、引き続き民間銀行の新規住宅ローンの重要な部分を占めることになる。この場合、新規住宅着工に結びつかない公庫融資の借り替えの拡大が、民間銀行の他分野の既存融資の縮小に対応することにもつながる。

 公庫の直接融資の削減による民間銀行の住宅ローン拡大は、景気回復に結びつくものではないのである。

 一方、今後、公庫による債権買取が本格的に展開されることになれば、以上の問題が解決される理屈になるが、このスキーム自体さらに大きな問題を抱えている。

(4)住宅ローン金利の上昇をもたらす

 今回の改正により、債権買取と証券化支援のスキームが本格的に展開されると、住宅ローン金利が引き上げられていくことが予想される。その理由は、

 第一に、公庫という競争者が一方的に撤退して、市場が民間銀行の独占となるため 

 第二に、公庫は債権の買い取りの際に、リスクに見合って債権価格を割り引く(金利を取る)ため 

 第三に、公庫が証券保証業務を確実に履行するために保証料を堅めに設定する必要があるため、である。

 銀行を支援し、投資家の利益を保証するための費用が金利に付け加わるのである。

 

(5) 住宅市場と住宅融資に新たな不安定性を持ち込む

 超長期、固定金利の住宅ローンは信用リスク、金利変動リスク、期限前償還リスク、さらに流動化リスクという、多重なリスクが発生する。こうしたリスクを金融市場で管理することが極めて困難なことは、これまでの経過や現状をみれば明らかである。

 証券化の本家アメリカでは、住宅金融市場を管理するために膨大な公的資金を注ぎ込み続けている。公庫融資業務に代わる証券化支援業務は、住宅金融市場への政府の新たな関与と大幅なコスト負担に途を開くことになる。住宅市場と住宅融資の不安定性が新たに持ち込まれ、住宅政策に極めて困難な課題を付きつけることになる。

(6) 財政の投入に道を開く危険がある

 第一に、住宅金融公庫は民間金融機関の住宅ローン債券を買い取り、リスクを引き受けることになるが、公庫は買い取った債権を担保に債券を発行するのであるから、結局、投資家に負債を負うことになる。さらに、持ち込まれるローン債権のリスクを評価できるしくみと体制を持たなければ、公庫が新たな不良債権処理の機構となる危険性もある。

 第二に、住宅金融公庫は住宅ローン担保債券の保証業務によって、投資家のリスクを引き受ける。公庫は、元利金の保証を債券発行者からの保証料をプールした保証基金を積み立てて行うことになる。経済状況がさらに悪化すれば、リスクの増加に対応して保証料を引き上げるか、あるいは、住宅ローン債務者の破たんが拡大して保証基金が枯渇した場合、公庫財政、さらには政府財政を投入して投資家の資産を保全する義務を負うことになる。

 したがって、新たな財政投入への道が開かれる危険がある。

(7)高金利への移行に対応できない

 構造改革の主な目的のひとつは、不良債権処理をすすめ、財政支援を行うことによって、大企業と大銀行の収益性を高めていくことにある。したがって、構造改革の展開に伴い、銀行の貸出金利の上昇が実現されていくことになる。あるいは、不良債権処理の加速は、日本経済をいっそう沈降させ、税収の落ち込みをも加速するならば、国債の暴落によって、長期金利の大幅な上昇が引き起こされる危険も高い。いずれにせよ、高金利経済への移行の危険性が大きく高まっている。

 ところが、今回の「改革」は高金利への対応を全く欠いている。高金利への移行の局面では、変動金利ローンの債務者は、大きな負担増に耐えなければならず、公庫の債権買取業務の対象となる長期・固定金利ローンの借り手は急減する。高金利下において、住宅金融は崩壊しかねないのである。

3. 今後の政策課題

(1) 当面する課題や運動に関連して

 (1) 公庫融資の大幅縮小に対して

 住宅金融公庫の融資住宅は、従来年間50万戸を維持してきたが、この数年で大幅に縮小されている。平成十三年度の融資実績は31万戸、平成十四年度には実績19万戸となってきている。

 これは、大手銀行などの公庫融資削減・縮小の要求に沿ったものである。公庫融資の削減に反対し、融資の回復、拡大を要求し、大幅削減に歯止めをかける必要がある。

 (2) 民間金融機関の選別融資に対して

 公庫融資の縮小(銀行サイドの要求)は、市場を広げる絶好のチャンスであり、各銀行とも最大限の住宅ローン増強策を展開している。しかし、金利上昇局面に入れば、民間金融機関の融資態度は一変することになる。現状でも大手銀行などは、個人向け金融の分野で大口預金者、資産家を優遇するビジネスに重点を置いている。今後の融資の選別は避けられない。こうした、民間金融機関の融資の実態を把握し、問題点を具体的に明らかにし、住宅融資の改善、改革を行って必要がある。

 (3) 地域工務店への影響と対応方向

 すでに大手銀行の中では、ハウスメーカーのランク付けを行い、提携するハウスメーカーとの間で優遇金利策を実施している。地域工務店等はこの対象から完全にはずされている。また、住宅性能表示を行う住宅(主に大手ハウスメーカー)に対する優遇金利の仕組みは出来上がっている。現状では、各銀行とも住宅ローンの拡大一本槍ですすんでおり、性能表示の有無による選別などは行われていないが、今後はリンクしていくことが十分考えられる。

 国土交通省は、今後の政策誘導の中で、住宅性能表示の普及や大手ハウスメーカーへの支援を追求している。大手銀行などの金融機関とも連動し、一層ハウスメーカー優遇の住宅金融が行われることになる。

 こうした政策誘導に対し、地域工務店の経営を守り、発展をめざす方向での住宅金融のあり方を追求し、また、「住居法」(住宅に関する基本的法律)の制定など、住宅政策の改革を求めていく必要がある。

(2) 「改革」をめぐる具体的政策課題

 (1) 高金利への移行に対応する政策の確立

 高金利に対応できる住宅金融政策を確立することは、当面の緊急の課題である。金利の大幅な上昇に対しては、利子補給などによって、住宅取得と住宅建設を政策的に支えていかなければならない。また、継続的な高金利に対しては、やはり、公的住宅金融で対応することが不可欠である。

 (2) 新たな住宅金融制度の確立へ向けて

 選別融資をなくし、望ましい住宅金融制度を確立するためには、民間金融機関に対する必要な規制や監視を行う制度が求められる。民間金融機関を「金融アセスメント法」による国民的監視・評価のもとに置くことが考えられる。

 これはアメリカの地域再投資法(CRA)などを参考に、地域内資金循環の育成、不当な融資差別の排除、公正な地域金融秩序の確立をめざすものである。特に地域金融機関に対する監視と指導、そして補助の制度づくりは、地域経済と地域住宅産業の発展にとって重要である。

 さらに、積極的に地域金融機関と連携して新たな住宅融資制度を構築していくことも、緊急の課題となっている。