提言・見解

社会資本整備審議会・住宅宅地分科会の建議
「新たな住宅政策のあり方について」に対する見解

2003年11月27日
特定非営利活動法人 建設政策研究所

参考資料:

社会資本整備審議会・住宅宅地分科会の建議

目次

はじめに

 社会資本整備審議会(「社整審」・国土交通大臣の諮問機関)の「住宅宅地分科会」(会長・八田達夫東大教授)は、今後の住宅政策の方向を示す建議「新たな住宅政策のあり方について」(以下「住宅建議」)をまとめ、今年9月11日発表した。

 この「住宅建議」は、現行の「第8期住宅建設5カ年計画」(2001年度〜2005年度)後の「新たな住宅政策のあり方」を政府に提示したものである(従来の「住宅宅地審議会答申」にあたる)。

 これまでのわが国の住宅政策は、住宅建設計画法に基づく5カ年計画を中心に進められてきた。

 これらの住宅政策について「住宅建議」は、「住宅や住宅資金の直接供給により、公的資金住宅の計画的な建設を核として、体系的に組み立てられてきた」と評価している。しかし、公共住宅政策は極めて不十分なもので推移し(全住宅に占める公共住宅の割合は7%で低い水準にある)、わが国の住宅政策は大手住宅産業中心のものであった。こうした政策の延長線上に今回の建議は存在している。今後、国土交通省などはこの「住宅建議」を踏まえ、2006年度からの「新たな住宅政策」を策定することとしている。

 今回の「住宅建議」は、わが国のこれからの住宅政策に大きな影響を及ぼすものであり、国民と住宅に関わる各層にとっても重要な意味をもっている。以下、建設政策研究所として、「住宅建議」に対する見解を明かにする。

1. 公庫融資の縮小・廃止など公的住宅政策の全面撤退を後押し

 「住宅建議」の最大の特徴は、この建議の冒頭に出てくる次の記述である。「住宅金融公庫と都市基盤整備公団について特殊法人等改革が行われたことから、これらを踏まえ、新たな住宅政策を検討する必要がある」というものである。つまり、これまで「住宅建設5カ年計画」を担ってきた3本柱(公庫住宅、公団住宅、公営住宅)のうち、公庫と公団の2つが「抜本的に見直された」結果、「住宅建設計画」を中心とする住宅政策は成り立たなくなった、そこで「新たな住宅政策」が必要になったという訳である。

 国民の住宅取得と住宅保障に積極的な役割を果たしてきた公庫と公団の改廃を追認し、公的住宅政策からの全面撤退を後押しするところから出発している。これが「住宅建議」の基本的なスタンスであり、公庫、公団は民間支援に撤しよと次のように述べている。「公庫は、証券化支援業務の導入により、融資面で民間金融機関を支援し、公団は、敷地整備等により民間賃貸住宅供給を支援する」として、大手金融機関と大手デベロッパーなどの支援を明確にしている。

 そして、公庫融資の縮小・廃止の方向のもとで、「住宅金融」の重点を提言している。その第1に「証券化手法の定着と開発」をあげ、「買取型の定着と保証型の開発による長期・固定金利の民間住宅ローン実現のための民間金融機関への円滑な資金供給の推進」を打ち出している。

 「買取型の定着」とは、公庫に民間金融機関の住宅融資のリスク引き受けを徹底させようというものであり、「保証型の開発」とは、住宅ローン担保債権の保証業務の開発を行うことによって、

 投資家のリスクを公庫が保証するものである。これらにより、民間住宅ローンの大量供給を図ろうというものであるが、これが進めば、公庫融資は事実上廃止に追い込まれることになる。

 公団住宅の公共性の回復と発揮の課題とともに、住宅金融公庫融資の削減に反対し、融資の回復、拡大を実現することが重要となっている。

2. 「新たな住宅政策」が提起する「フロー重視からストック重視」の意味

 公的住宅政策からの全面撤退のもとで、「住宅建議」は「新たな住宅政策の基本理念」として、次の4つを提示している。

(1)公的直接供給重視・フロー重視から市場重視・ストック重視へ、
(2)市場重視の政策に不可欠な消費者政策の確立と住宅セーフティネットの再構築、
(3)少子高齢化、環境問題等に応える居住環境の形成、
(4)街なか居住、マルチハビテーションなど都市地域政策と一体となった政策へ、

の4つである。

 これらの基本理念の中で、「フロー重視からストック重視」、「居住環境の形成」、「都市地域政策と一体となった政策」は、その中味はともかく、今日の重要な理念であり、課題でもある。一方、公共住宅はその言葉もほとんど使われず、「住宅セーフティネット」に置き換えられている。

 「住宅建議」が、この基本理念で最も力点をおいているのが「市場重視・ストック重視」である。同建議はこれまでの政策は「公的直接供給重視」としているが、わが国では戦後復興期の一時期を除き、基本的には「市場重視」で進められてきた。その「市場重視」は、今日では欠陥住宅の増加、マンション紛争の多発、住環境の破壊、国民各層の居住不安の増大となって現われている。「市場重視」の政策の総括、検証を抜きに、さらなる市場主義を打ち出していると言える。

 こうした市場主義のもとで、「住宅建議」は「民間住宅市場を中心とする新たな政策展開」として、次のように述べている。「民間住宅市場で良質なストックが形成、管理、流通され、ニーズに応じた住替えが円滑に行われるような市場活用型の政策展開」を「政策の柱」とするということである。ここに今回の「住宅建議」の大きな特徴が示されている。すなわち、民間住宅市場でのストックの形成、管理、流通を柱とし、「フロー(新規供給)重視からストック(既存住宅)重視」を民間市場最重点で実現しようというものである。

■ 新規需要減少のもとでの「ストック市場」の拡大策

 この背景には、新規住宅建設が今後減衰するもとで、ストック住宅を民間市場の最大の対象とする戦略が色濃く現われている。なお、新規需要の拡大策(街なか居住、郊外居住、マルチハビテーションなど)は別途考えられているが、新規需要についても「将来にわたって流通されるような住宅の新築を支援することが重要」と住宅の流通に力点が置かれている。

 これまでの政府の住宅政策は、新築重視の「作っては壊し」の「フローの政策」であった。これを「ストックの政策」に転換していくことは、重要である。しかし、今日現実に進められているのは、大都市部及び近郊部のマンション林立に見られるように、市場重視の「フロー」の実態でしかない。そして、「ストック重視」とは、既存住宅の維持、修復、改善を重視することであるが、それは単に物的な住宅の重視にとどまらず、地域社会のコミュニュティ等の維持、再生、発展と結合したものである。それ故に、自治体と住民参加による政策が決定的に重要である。

 ところが、「住宅建議」には地域住宅政策や居住者参加の提起は全くない。大手企業の市場確保を図る「ストック重視」の政策提起となっている。ここに「住宅建議」の本質と役割があるといえる。それらは、次項の「日本経団連」との関係などを見れば、より明確である。

3. 日本経団連の提言と軌を一にした市場主義の住宅政策

 「住宅建議」は、先の「民間住宅市場を中心とする政策展開」の中で、「今後の政策の重点分野」を明らかにしている。それは@中古・リフォーム市場、A賃貸市場、B定期借地・借家市場、Cマンション市場の4つである。中古市場については、「中古住宅が円滑に取引されるよう」市場化の準備・地ならしを行おうとしている。当面の重点は「リフォーム市場」に向けられ、「わが国のリフォーム投資は、住宅総投資の約1割で、4〜6割を占める欧米主要国と比べて極めて低い」とし、「潜在需要は大きく、その活性化により、大きな経済効果が見込まれる」と大手住宅産業などのビジネスチャンスとして捉えていく方向を明確にしている。

 住宅のリフォーム、ストックの改善は、住み手の生活実態、改善の課題と要求にきめ細かく応える仕事であり、本来、地域と住民に密着する地域住宅産業が役割を果たす分野である。しかし、「住宅建議」では、そのような位置付けや提起は全くない。地域住宅産業が登場するのは1箇所しかなく、「地域の中小住宅生産者の支援や競争性の高い開かれた市場の確保」として、競争に勝ち残る中小への支援に触れているだけである。

 「賃貸市場」では、「持家の賃貸化の支援により供給増を図る」ことを打ち出し、「サブリース」方式を提唱している。これは、住宅管理会社(大手デベロッパー、ハウスメーカーの系列)が市場にしていく方向である。「定期借家制度」は、不動産業界の要求を受け、99年に創設されたが、

 実績が低く人気がない、そこで「普及促進のため十分な検討が必要」などとしている。「マンション市場」では、一般的な提起にとどまり、「賃貸化への対応」に触れていること等が特徴である。

■ 日本経団連の「住宅政策への提言」との関係

 この重点分野と先の政策展開は、6月17日に出された日本経団連の「住宅政策への提言」(「住みやすさで世界に誇れる国づくり」)と“瓜二つ”のものである。項目の順序もほぼ同じで、「住宅税制」、「住宅金融」、「中古・リフォーム市場」、「賃貸市場」、「マンション市場」など、その内容もほとんど同じである。国の住宅政策を財界が支配し、指図する姿がここにも現れている。

 例えば、「中古・リフォーム市場」では、「中古住宅の性能表示制度の普及、リフォーム履歴情報へのアクセス確保、価格査定方法の普及」など、日本経団連の提言と同一である。政策展開ではすべて「〇〇市場」がついているように、徹底した市場政策に彩られている。「住宅建議」は国民の住宅実態から出発するのでなく、住宅市場の検討からスタートしているが、結論の政策展開も徹底した「市場政策」である。財界、大手住宅メーカー、大手デベロッパーのためのものであることがよくわかる。これに対して、我々が求める政策展開は、国と自治体が責任を持つ住宅政策のもとで、地域住宅産業の発展、振興につながる展開を実現することである。

4. 住宅建設計画法の見直しと住宅セーフティネツトについて

 民間大企業支援の市場主義住宅政策が「住宅建議」の大きな特徴であるが、さらなる特徴は、「住宅建設計画法」の見直しを提起していることである。実は、これも日本経団連の提言に沿ったもので、「住宅建設計画法の見直しを契機に、『住宅・街づくり基本法』の制定を提案する」(日本経団連の提言)を受けたものである。

 住宅建設計画法は1966年以来、住宅建設5ヵ年計画に具体化され、8期40年にわたって継続されてきたが、はじめにで触れたように、05年度もって終了する予定となっている。このため「住宅建設計画法について、政策の基本方向を示す法律として、名称を含め、抜本的に改正を行う必要がある」と提起している。

 わが国には、住宅に関する基本的法律はなく、歴史的に何回かの動きがあったが、政府の対応は消極的で今日にいたっている。今回の住宅建設計画法見直しは、住宅基本法制定につながることが考えられる。しかし、「住宅建議」に示される「見直しの方向」は、「市場重視」であり、政策目標も「市場の望ましい方向性を示す形でストック目標、アウトカム(成果)目標を設定すべき」というものである。ここには現状の様々な住宅問題を解決し、国民の住宅を保障し、先進国で確立されている居住の権利の確立という志向性は全くない。これでは、住宅に関する基本的な法律への見直しとは到底言えない。「市場の望ましい方向性を示す」と言っているように、住宅市場を国内市場における重要な収益の場と位置付け、日本経団連にも参加する大企業のための方向性を示すものといえる。従って、ここからは、国民本位の住宅政策の基本方向は出てこない。後記のように、国民の手による、住宅政策の改革、「住居法」の制定、実現が求められるのである。

■ 「住宅セーフティネツトの再構築」と公共住宅

 「住宅建議」は「市場重視」の政策のもとでの「消費者政策の確立と住宅セーフティネットの再構築」ということを取り上げている。生活の基盤である住宅に居住するというのではなく、住宅の消費者とするところにも市場主義が現われている。その消費者政策で取り上げているのは、「欠陥住宅」問題だけである。「住宅セーフティネットの再構築」も「市場活用」で行おうというものであるから、住宅弱者の「セーフティネット」にはなり得ない。そして、この再構築で提起されているのは、「公共賃貸住宅の見直し」で、公営住宅の居住管理の全面的な改悪を行い、住宅供給公社住宅の見直しを行うというものである。「セーフティネット」の破壊に等しいものである。

 このように、「住宅建議」は、日本経団連など財界の要求に沿って、大手住宅企業などのための住宅市場整備を提起しているものである。そして、国民の住宅の保障につながらないばかりか、中小建設業など地域住宅産業にとっても展望をもつことのできない建議となっている。

おわりに―国民のための住宅政策と「住居法」の実現を

 以上述べたように、「住宅建議」は国民のための住宅政策とは到底言えないものであり、わが国における住宅政策は無くなったとも言えるものである。したがって、国民のための住宅政策の提起とその実現をめざす国民的運動が必要となっている。

 なお、今回の「住宅建議」は、ストック重視を強調し、公的供給の全面撤退を追認しているが、次の点を注視する必要がある。すなわち、「住宅建議」は「住宅不足は解消し、総世帯数4,436万世帯に対し、13%余裕のある5,025万戸の住宅が存在している」と述べ、これらを根拠にストック重視、公共撤退を主張しているのである。しかし、5千万戸の住宅には、とても人の住めない住宅や老朽化し建替えなければならない住宅がその戸数に算入されている。住宅不足が解消されたとする住宅の中味を見ると、政府が1980年までに解消すると約束した「最低居住水準(4人家族で住宅の広さ50uなど)未満」の世帯は、規模要因による水準未満のみので、224万世帯に及んでいる(1998年調査)。建議の主張する住宅不足解消の実態は、現在集計がすすめられている2003年調査の結果により、程なく明らかとなる。

 こうした中で、次のような国民のための住宅政策を考え、住居法の実現をめざす必要がある。

  1. すべての国民が人間らしい住居に住むことは基本的人権であることを明確にする。
  2. 憲法25条にある国民の生存権を保障する住まいの基本的水準を設定する。具体的には「最低居住水準」の確保等を国の住宅政策の責務とする。
  3. 住宅の維持、供給について、国と自治体の責任を明確にし、具体的な計画を策定する。その中で、住宅供給者(つくり手)の役割、日本の住文化とその担い手の育成等を盛り込む。
  4. 住居費負担の適正率を設定し、適正率を超える負担に対しては、家賃補助など公的補助制度の導入を行う。
  5. 居住の安定と継続を図る定住保障の原則を明確にし、国と自治体の住宅政策に盛り込むとともに、政策策定には、つくり手を含む住民参加の保障を実現する。こうした内容を柱とした住宅政策と住居法(住宅に関する基本的法律)の確立が求められる。