2004年2月10日
特定非営利活動法人 建設政策研究所
目次
03年12月、政府・与党は道路4公団民営化の基本的枠組みを決定した。そして小泉内閣は今通常国会において、これに基づく道路公団民営化法案を提出する予定である。
その主な内容は、@ 高速道路整備計画(9342km)のうち未整備区間約2000kmの事業方法を見直し全線整備する。A事業方式は税金投入により実施する新直轄方式と民営化会社による有料道路事業方式の2通りで整備する。B 道路4公団を引き継ぐ6つの特殊会社(道路3会社、首都会社、阪神会社、本四会社、以下「新会社」と呼ぶ)を設立し、有料道路事業として道路の建設・管理・料金徴収を行う。C 独立行政法人「保有・債務返済機構」(以下「機構」と呼ぶ)を設立し、4公団の道路資産および約40兆円にのぼる債務を継承する。D 「機構」は道路を「新会社」に貸付け、「新会社」から貸付け料を徴収し、それを債務の返済にあて45年で完済し、その後解散する。E 「新会社」への貸付け料は「機構」が返済すべき債務の確実な完済を可能とし、同時に「新会社」の管理に支障のないよう設定する。F 民営化後の通行料金は貸付け料の支払いに支障を与えない範囲で弾力的料金設定を行う。などとなっている。
2003年度以降、未整備区間を計画どおり建設すれば建設費総額は20兆円にものぼるといわれていたが、政府・与党案ではコスト縮減や道路の規格・構造の見直しなどにより6.5兆円を削減し、総額約13.5兆円(新直轄3兆円、有料道路10.5兆円)と述べている。すでに国土開発幹線自動車道建設会議(国土交通大臣の諮問機関、以下「国幹会議」と呼ぶ)では03年12月末、未整備区間約2000kmのうち、27区間699km(概算事業費2.4兆円)を新直轄方式で整備することを決めた。また、全路線で構造見直しなどにより3.8兆円のコスト削減を決めた。
建設政策研究所では、いかにコスト削減しても今後2000km全線整備することは、40兆円にものぼる債務返済を含め、国民負担をとてつもなく膨らませることにつながり、結果的に増税と社会保障などの削減に跳ね返る、と考える。自動車産業の利益と一部道路族などの利権に基づく政府・与党の「基本的枠組み」による高速道路の整備方針には大きな問題があり、反対の意思を表明する。以下に「基本的枠組み」とその後の動向について問題点を明らかにし、建設政策研究所の提言を述べる。
小泉内閣は発足時の2001年6月に発表した「構造改革基本方針」(骨太の方針)において「公共投資の分野別配分の硬直性や必要性の低い公共投資の改善、投資規模の見直し」を掲げた。また、道路関係4公団民営化推進委員会(以下民営化委員会と呼ぶ)においても「必要性の乏しい道路を作らない仕組みを考える」と述べている。
ところが、「基本的枠組み」においては未整備区間2000km全線(70区間)の整備方針を決定した。国土交通省の設置した「道路事業評価手法検討委員会」(委員長:森地茂)がまとめた70区間の総合評価結果(A,B,C,Dの4ランク評価)でさえA評価10区間、B評価18区間、C評価30区間、D評価12区間となっている。C、D評価は建設費および将来交通量でみた費用対便益、採算性が極めて低い路線であるが、それが全体の6割を占めている。「国幹会議」ではこのうち27区間(総建設費2.4兆円)について「新会社」が引き受けるのが困難と判断し、税金を投入して建設する新直轄方式で整備することを決定した。しかも事業費のうち4分の1は新たに地元自治体の負担となった。財政難に苦しむ自治体にとって高速道路の建設は大きな負担となる。小泉内閣は自ら国民に約束した方針も反故にし、採算性も必要性も無視したムダな道路建設を引き続き進める従来型路線を継承し、しかも事業費の一部を地元自治体に背負わせようとしている。
小泉内閣は当初、40兆円にものぼる公団債務を税金投入しないで返済する方式として4公団の「民営化」を持ち出した。しかし、「基本的枠組み」は民営化とともに公団の道路資産および巨大な債務を「機構」に保有させることにした。そのため「新会社」は新規高速道路を建設した場合、完成後の道路と金融機関からの債務を同時に「機構」に移管させる。「新会社」は既存・新規を含めて「機構」の資産となった高速道路を借り受け、利用者から通行料を徴収し、「機構」にリース料を支払うことになる。このリース料をどのように算定するかは明確にされていないが、「新会社」に赤字路線の負担をさせるわけにいかないため、建設資金と関係なく通行料収入をもとに算出する可能性が高い。
この方式では「新会社」は不採算路線を建設してもリース料負担が通行料収入を上回ることはなく、新会社の収支に影響しない。また、国・「機構」と協議して決めた所定の建設費よりもコストを抑えて建設すれば、その差額は「新会社」の利益になる。「新会社」は債務を継承することもなく、建設・運営事業により損失を蒙ることのないよう保障されることになる。しかし、「機構」は不採算路線を建設すればするほど、銀行債務に対するリース料収入が少なく、債務が膨らむ。政府・与党は民営化後45年かけて公団債務を返済すると決めたが、債務返済どころかいっそう膨らむ可能性がある。そして結果的には国民の税金投入により返済することにつながる。
政府・与党が高速道路整備計画を全線整備することを決めた背景には自動車産業など財界の強い要求が反映している。
自動車の燃料等に含まれている税金は道路特定財源として、年間約6兆円(国税5分の3、地方税5分の2)にものぼり、道路の建設や管理・運営に特定して活用されている。
つまり、この税金を原資として高速道路が次々と建設され、道路が新設されれば自動車の需要が増加する。需要が増加すれば道路特定財源がまた増加する仕組みとなっている。この道路特定財源に群がるのが、自動車産業であり、鉄鋼産業であり、建設産業である。
高速道路の整備計画を審議する「国幹会議」は国会議員10名と民間人10名の委員で構成されているが、そこには奥田石頁日本経団連会長(トヨタ自動車会長)、北城格一郎経済同友会代表幹事という財界トップが名を連ねている。そしてわずか45分の会議で27区間699kmの箇所付けを決定した。また「民営化委員会」には今井隆旧経団連会長が委員となり財界の意向を代弁し、委員会を実質的に機能不全に追い込んだ。そして財界の意向を踏まえた自民党道路族議員などが、国民全体の世論を無視して「基本的枠組み」を強引に作り上げた。ここには高速道路づくりが一部財界と道路族議員など利権集団のために行われていることを明々白々に示している。
道路4公団の「民営化」は、東京湾横断道路や本四架橋など計画当初からムダな採算性のない事業を強引に実行に移させた一部財界や自民党政治の責任をうやむやにするものである。また、公団を利用した高級官僚の天下り、公団ファミリー企業など利権構造の解明に蓋をするものである。道路4公団の債務約40兆円の内訳をみると、道路公団27.5兆円、首都高速5.0兆円、本四3.8兆円、阪神高速3.8兆円となっており、本四などは利用料だけでは金利も支払えない状況である。また、各公団の収支状況悪化の原因として公団OBの天下り先となっているファミリー企業がある。「民営化委員会」の調査によっても日本道路公団OBが700社に2500人、首都高速道路公団OBが300社に530人、阪神高速道路公団OBが150社に280人、本四公団OBが90社に150 人天下っていることが判明したと述べている。そしてこれらファミリー企業が各公団と癒着し甘い汁を吸っている。4公団の民営化はこのような実態を国民の前に明らかにすることを逃れるための策謀ともなっている。
国土交通省でさえ費用対便益、採算性に問題があると指摘せざるを得ないほど、ムダな高速道路建設計画を撤回し、一旦中止すること。
旧国土開発幹線自動車道建設審議会(国幹審)の計画した9342kmの整備計画を白紙に戻すとともに、残整備計画全線建設という政府・与党の「基本的枠組み」は小泉内閣の当初の「基本方針」にも反するものであり撤回し、新たな高速道路建設は一旦中止とする。その上で、地域経済の振興や医療・福祉など国民や地域住民の視点から新たな見直しをはかり、どうしても必要な場合は国の責任で建設する。その際の見直しする機関は財界や利権勢力中心ではなく、国民・住民の代表者、地方自治体を含めた機関とし、環境アセスや交通需要予測などを公平な情報を用い、情報は国民にオープンなものとする。
「公団民営化先にありき」ではなく、4公団のかかえる40兆円にものぼる巨大な債務を国民に押し付けることなく計画的に返済することを最優先にすべきである。現在、4公団の高速道路通行料金収入は年間約2.5兆円あり、新たな建設をしなければ維持管理経費を除いて債務返済の財源を確保できるはずである。その際、天下りOBによるファミリー企業など利権に関する事業を廃止するとともに、これまでの実態を国民の前に明らかにし、その責任を明確にさせることが必要である。今後4公団は縮小・統合するとともに国民の管理と監視のもとに、情報を公開し、効率的な経営を行うものとする。
高速通行料金は債務の返済を最優先に有料化を続けるが、返済の状況を考慮しつつ徐々に無料化の方向に近づける。
道路特定財源は1949年に創設され、揮発油税や石油ガス税、自動車重量税を中心にした税収をもとに、原則として道路整備のために使用される財源となっている。その規模は年間約6兆円(国:地方=6:4配分)にものぼる。これを道路整備だけでなく、交通公害対策を含め、道路以外の交通全体のバランスの取れた発展に寄与する財源など多目的に活用する方向で広く国民的議論が必要とされる。
日本の交通整備政策は1950年代後半の高度経済成長期以降、大都市圏や工業地帯を結ぶ高速道路網などへの投資を重点に行われてきた。しかし、日本の産業構造が重化学工業など重厚長大型から先端産業型に移行して後も広域幹線道路網を中心にした道路重点の交通政策をとってきた。そのため、地方では車を運転しないと移動もままならない交通状況を生み出し、また商店や病院など日常の生活環境も自動車移動を基本に作られてきた。そのため、高齢者や年少者、障害者をはじめ車を使用できない人々には大変不便な交通状況となっている。その上、車公害、自然破壊など環境面でもさまざまな負荷をもたらしている。
今後、都市と地方のバランスある発展とともに、交通政策においてもモータリゼーション一辺倒から生活に密着した鉄道とバス、環境負荷の少ない新交通など総合的交通政策に確立する。
高速道路建設問題は公団債務の処理問題を含め、公共事業をめぐる最大の焦点となっている。今通常国会への法案の内容は未だ流動的なところもあり、建設政策研究所では、今回の「見解と提言」の検証を行いながら、引き続きこの問題の解明に取り組んでいきたい。