提言・見解

公共事業設計労務費の基本的あり方および労務費調査方法改善についての意見書

2004年7月6日
特定非営利活動法人 建設政策研究所

国土交通省 労働資材対策室
室長 田尻 直人 殿

公共事業設計労務費の基本的あり方および労務費調査方法改善についての意見書

建設政策研究所
理事長 永山 利和

 貴職にはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。さて、私ども建設政策研究所は、1989年に設立して以来、建設産業問題に関する様々な課題に取り組んで参りました。このたび、当研究所の研究プロジェクトにおいて、公共事業の設計労務費および労務費調査のあり方について検討してまいりました。その内容について貴職の「労務費調査の基本的あり方に関する研究会」においてご検討いただければ幸いと存じます。就きましては以下のとおり意見書として提出させていただきます。研究会の報告内容に反映していただけるようお願い致します。

意 見 書

1.公共工事設計労務費算定方式の改革について

 国民の税金で建設される公共構築物は、耐久性があり一定の品質を確保する必要がある。そのために公共工事の発注者は、それを充足する設計と積算を行なわなければならない。そして積算に必要とされる設計労務費は、設計上必要となる仕様を充足する水準の熟練と技能を有する労働者の賃金として算定されなければならない。その水準を満たす設計労務費とは、労働者の標準的生計費を最低の基準とし、これに一定の職種別技能給を加算したものと考えられる。

 しかるに、現行の設計労務費は、労務費調査によって職種および地域毎に所定労働時間賃金の平均値から算出する方式である。現在、建設市場縮小下における建設労働市場の過剰供給状況において、実勢賃金が大きく下落してきており、現場労働者の平均実勢賃金によって設計労務費を算定してゆくこの方法では、実勢賃金に合わせて設計労務費も引き下げられていくことになっている。その結果、

 第1に、現場では、一定の品質を保つための適正な施工を確保することが困難となっている。そのことは、入契法施行後の施工管理体制の強化の下にあっても、欠陥工事が後を絶たず、逆におおきく社会問題化していることに現れている。

 第2に、公共工事にたずさわる労働者の賃金水準は、必要な技能の継承と高度化をはかることを含んで労働能力と生活を維持して行くことの困難な水準となっている。

 このような現状にも関わらず、現行の設計労務費算定方式においては、実勢賃金が上昇しないと設計労務費を引き上げることができない仕組みのため、現在の状況を改善することができなく悪循環に陥らせることになっている。したがって、この機会に、設計労務費は、標準的生計費を最低基準とし、職種技能レベルに応じた加算給を加える方式で算定されるよう改革されるべきである。

 標準的生計費の算定の方法としては、新たに家計費調査等を行なって、建設労働者の生活実態を明らかにするとともに、憲法に保障された人間らしい健康で文化的な生活と労働を実現できる水準を検討して行く方法と総務庁の家計費調査の過重平均値を用いる方法等がある。当面、後者を利用しながら制度改善をすすめつつ、前者の方法によって建設産業における標準的生計費を算定していくことが求められよう。

 職種技能加算給については、技能レベルに応じた適切な職種分けを行ない、職種毎の技能レベルを定めるとともに、調査に基づいて技能レベル毎の係数を算定していくべきである。

 労働者は技能レベルに応じてランク付けされ、標準的生計費に基づく賃金をベースに職種別技能レベル毎の係数を乗じて設計労務費を算定する。

2.現行労務費調査実施方法の改善について

 上に述べたような設計労務費算定方式の改革の以前においても、建設現場での労働と雇用の実態を踏まえて、当面次の各項目について改善を図ることが必要である。

(1)現行設計労務費算定方式の改善

 (a) 手待ち時間・日数について

 建設労働現場では、手待ち時間や手待ち日が発生したり、断続的な作業、天候による影響などが必然的に発生する。これらの要因による手待ち時間・日数について実態を把握し、把握された実態に即して、1時間あるいは1日の最低保障賃金を加味して、設計労務費を算出すべきである。

 (b) 有給休暇

 建設現場で働くほとんどの建設労働者は実質的に有給休暇を取得できていないと考えられる。従事年数や平均年齢などから換算して、本来取得されるべき有給休暇日数を算定し、この算定された有給休暇分を加味して、設計労務費を算出すべきである。

 (c) 職種内での技能レベルの区分け

 算定にあたっては、職種内で経験年数や公的資格その他認定制度などによって技能レベルの区分けをおこない、技能レベル毎に集計を行なうべきである。

(2)現行労務費調査方式の改善

 (a) 業界の関与や台帳改ざんを無くし労務費調査の信頼を回復すること

 労務費調査は、1次下請レベルの労働者の賃金台帳のみを提出したり、はなはだしい場合には二重帳簿によるなど賃金実態を高く歪めることによって予定価格を引き上げるなど、業界や大手ゼネコンの利益捻出のために利用されてきた疑いが濃厚である。調査のそのような利用を許さないために、労務費調査のサンプルは、現場労働者の実態を反映した構成とする必要があり、改ざんをゆるさない点検が不可欠である。したがって、提出された賃金台帳に記載された下請業者の構成を施工体制台帳と照らしてチェックするとともに、労働者への抽出ヒアリングによって賃金台帳の信憑性を確認するなどの措置がとられるべきである。また、調査結果は調査対象業者を含め公表することが望ましい。

 (b) サンプル数の拡大による調査結果の妥当性の改善

 職種、地域毎の調査結果の妥当性の改善のためには、単位あたりのサンプル数を拡充する必要がある。抽出調査の対象を量的に拡大するとともに、地域単位については実態にあわせて一定の広域化をはかることも検討すべきであろう。

 (c) 請負的に働く労働者の調査の改善

 請負的に働く労働者が増加傾向にある中で、その賃金を労務費調査に反映させることは、現場の賃金実態を明らかにし、適正な賃金を確保して行くために不可欠の前提である。ひとり親方など請負的に働く労働者について賃金と経費に分離して、1日あたり常用賃金に換算するような調査票を別途作成して、厳密に調査していく必要がある。

3.設計労務費と調査の位置付けについての意見

(1)ユニット・プライス方式は、設計労務費や歩掛かりを形骸化するものであり、現行の積上げ方式を維持すべき 

 貴研究会における検討課題に関わって、現在国土交通省が推し進めている公共工事積算方式のユニット・プライス方式化の問題がある。ユニットプライス方式は、現行の工種別に労務費や材料費など必要な費用を積み上げて工事費を算定し、それに現場管理費など経費を上乗せして積算して行く方式に対して、施工単位毎の契約価格の実績から積算価格を算定する方式である。ユニットプライス方式が広がって行くことになれば、設計労務費や歩掛かりなどが形骸化し、廃止されて行く可能性がある。したがって、現行積算方式のユニットプライス方式への転換を行なうべきではない。

(2)設計労務費算定方式の改革後も労務費調査は実施すべき

 公共工事労務費調査は、現場労働者に支払われている賃金実態を明らかにして、適正な賃金と労働条件確保のために行なわれるべき発注者の施策を検討する際の基礎資料を与えるものであり、設計労務費算定方式改革後も発注者の責任として当然行なわれるべき作業である。

(3)発注者は設計労務費を目安に労働者への支払い賃金の適正化の指導を行なうべき

 入契法制定時の参議院附帯決議「建設労働者の賃金、労働条件の確保が適切に行なわれるよう努めること」に沿い、現場労働者の賃金水準が設計労務単価の水準から大きく乖離している場合には、発注者は、原因を明らかにして是正の指導を行なうべきである。