提言・見解

公共工事のユニットプライス積算方式導入についての見解

2004年12月1日
特定非営利活動法人 建設政策研究所

 国土交通省は公共工事の積算方式をこれまでの「積み上げ方式」から新たな積算方式「施工単価方式(ユニットプライス方式)」への転換をめざしている。

 ユニットプライス積算方式導入は国土交通省が03年度から開始した「公共工事コスト構造改革」の目玉施策のひとつである。

 ユニットプライス積算方式とは、市場取引されている労務・資材単価を歩掛かりに基づき積み上げる従来の積算方式と異なり、過去の入札実績データーベースなどから単位あたりの単価を算出し、それに数量を掛けて積算する方式である。

 具体的には、発注者と受注者間で落札した総価契約価格から単価合意を行い、その合意単価を工種単位でデーターベース化する。これを施工条件や地域条件などさまざまな条件に区分して材工経費込みのユニットプライスとして蓄積する。すでに舗装工事では100件近いデーターを蓄積し、ユニット区分の分析が行われ、この12月からユニットプライスによる積算が試行される予定である。

 国土交通省は公共工事における積算のユニットプライス化と発注方式の民間技術力活用化との組み合わせにより、公共工事の価格決定権を施工する民間企業に委ね、必要とする性能を満たせば設計・仕様・施工方法を民間企業に任せ、国土交通省はその完成品を購入することをめざしている。

 建設政策研究所では、積算のユニットプライス化が公共構造物の品質や安全性、工事施工時の労働者の安全や労働条件確保および工事価格の決定に関し、国民の税金を扱う公共発注機関がその責任を放棄することにつながるものとして基本的に反対の立場をあきらかにする。同時に今後の検討方法として、拙速な導入を慎み、さまざまな角度から専門家、公共工事に携わる関係者および納税者である国民の意見を聞き、公共構造物の品質と価格との適切な関係を慎重に検討していくことを求めるものである。

 以下、ユニットプライス方式導入の背景、その問題点および研究所の見解を述べる。

1.ユニットプライス積算方式導入の背景と本質

 ユニットプライス積算方式の導入は国土交通省が03年に策定した「公共工事コスト構造改革プログラム」において初めて打ち出された。プログラムでは公共事業のすべてのプロセスをコスト面から例外なく見直すとし、(a)事業のスピードアップ、(b)設計の最適化、(c)調達の最適化、を柱にした内容で、5年間で15%の総合コスト縮減率を達成する、というものである。この中には、計画・設計の見直しを図るとして、設計の性能規定化を推進すること。さらに、入札・契約の見直しでは民間技術力競争を重視した調達方式や総合評価落札等の技術力による競争をいっそう推進すること、および民間の資金・能力を活用する多様な社会資本整備・管理手法を推進すること、などが述べられている。このように国土交通省は公共事業のコスト構造を改革する主眼として、民間の技術力や管理手法を最大限発揮させ、事業を計画・設計から民間の手で行い、構造物を性能基準に応じて調達することに求めている。その一環として「調達の最適化」の項に「入札・契約の見直し」とともに「積算の見直し」としてユニットプライス方式の導入が掲げられているのである。

 このような国土交通省の方向性は、すでに1994年の「公共工事の建設費の縮減に関する行動計画」において、トータルコストの最適化を図る方針が打ち出されたこと、および公共工事に民間の施工方法による建設費縮減の提案を生かす提案競技型発注方式(性能発注方式)やVE(バリューエンジニアリング)方式を採用する提案に示されている。

 そして、95年の「建設産業政策大綱」において、建設業界に対して発注者のこのニーズに的確に対応した業態の変化を求めている。

 96年、大手ゼネコン業界団体である日本建設業団体連合会(日建連)が発表した「日建連ビジョン」では「建設生産は事業計画から施設計画、設計、調達、施工にいたる一連のステップが密接に関連しており、建設価格の縮減においても建設生産トータルでの視点が不可欠である。従ってソフトとハードの価格に合わせた競争(デザインビルド、VE提案方式など)やライフサイクルコストによる競争が可能になるような方向で入札・契約制度を改善し、建設プロジェクト・トータルでのコスト縮減をめざすことが必要である。その際には、必要に応じて会計法や予決令など入札契約制度の根幹にまでさかのぼって見直さなければならない」と述べている。

 このように、この10年間の公共工事コスト縮減の方向はトータルコストの縮減と称して公共工事の全過程を民間大企業に委ねる方向で検討を重ねられている。

 積算のユニットプライス化は技術提案型発注方式やVE方式など調達方式の民間主導による転換と結びついた公共事業そのものを民間大企業の営利を目的とした事業に変質させるものである。

2.ユニットプライス積算方式の問題点

 現行の「積み上げ方式」は、市場における労務・材料費等の取引実勢価格の聞き取り調査に基づいており、その正確性や透明性を含め標準積算単価の算出方法として相応しいかどうかについて、各方面でその問題性が取りざたされている。しかし、ユニットプライス方式はそれを止揚した積極的方式と評価できないだけでなく、「積算」概念そのものを放棄することにつながる問題性を強くはらんだものである。以下にその問題点を指摘する。

 1)完成構造物の各単位ユニットによる積算であるため、発注者は積算時に従来のような標準的工法や仕様を設定しない。そのため、

(a) 完成構造物は発注者の指定性能を満たせば、材料や設備の規格や仕様は民間受注者に任され、その品質や耐久性に対する国民への公的責任を放棄するものとなる。

(b) 工事の工法や仮設設計が民間受注者に任されるため、営利目的のコストダウンを主眼にした省力化工法となり、工事に従事する労働者のいのちや健康に対する公的責任を放棄するものとなる。

 2)積算の基準となるユニットプライスが発注者と受注者の総価契約金額から工種単位

  の合意単価を収集して算出される。そのため、

(a) ユニットプライスが発注者と受注者の落札価格から算出するため、市場における取引実勢価格との乖離が生じ、その差額が元請受注企業の一方的利益となる可能性が生じる。

(b) ユニットプライスの調査が従来の資材物価調査のように頻繁に行われないため、市場価格の大きな変動に対応できない。

(c) 個々のユニット毎に算定されるユニットプライスは本来、さまざまな施工条件や地域条件、季節条件、設計難易度などにより細分化設定されなければならず、各種条件を網羅したユニットプライスを実績として蓄積することは非常に困難であり、その結果、予定価格の客観性や透明性が低下する。

(d) ユニットプライスが予定価格の範囲内での落札価格をもとに算出される限り、調査回数を重ねるごとに予定価格が低下することになる。この弊害をなくすためには予定価格の上限拘束性を撤廃しなければならず、会計法・予決令との関係で矛盾が生じることになる。

(e) ユニットプライスが落札価格から発注者・受注者の単価合意により算定されるため、業者間の受注競争を排除するベクトルが働き、癒着・談合を助長する可能性がある。

 3)ユニットプライス方式の導入に伴い、従来の積み上げ方式を排除していくことに

   なる。その結果、

(a) 二省協定労務費調査はいっそう形骸化し、それに伴う設計労務費の算定が行われなくなり、公共工事に携わる労働者の賃金に対する公的責任を名実ともに放棄することになる。

(b) 歩掛かりに関する調査も形骸化し、積算上「歩掛かり」という概念が存在しなくなるとともに、発注者は公共工事に携わる労働者の標準的生産性を規定する公的責任を放棄することになる。

(c) すべての工事種類にユニットプライス方式を適用することは運用上困難であり、国土交通省は当面、「舗装工」「道路改良工」「築堤・護岸工」の3工種に限定すると述べている。また、自治体発注の大多数の小規模工事には導入が難しく、この場合積み上げ方式や見積徴収方式等との併用となり、結果的に「行政の効率化」に逆行する可能性がある。

 4)ユニットプライス方式と性能発注方式の導入は公共工事の設計・積算・施工監理を  

   民間受注企業に任せることになる。その結果、

(a) 公共機関の技術力の低下を導き、結果的にユニットの評価や完成構造物を購入する際の審査能力の低下につながり、営利を目的とした民間機関に従わざるを得なくなる。

(b) 公共機関による公共構造物の維持管理、リフォームなど運営時の技術監理が困難となり、国民の公共構造物の安全利用に公的責任が果たせなくなる。

(c) そして、公共構造物の技術監理などを担保する公務労働者の削減につながる。

(d) 技術提案力や開発力、エンジニアリング力のある大手建設企業が断然有利となり、このような力量のない中小建設企業は公共事業の受注から排除されることになる。

3.公共工事の積算のあり方についての見解

 公共事業は納税者である国民の税金を使うという視点からみると真の発注者は国民といえる。そのため公共事業は地域の住民要求に沿う事業であり、地域の経済振興や雇用創出に役立つという公共性が求められる。この立場から見た場合、公共事業はその計画段階から国民の意思と参加により公共機関が責任を持って行う公共事業の民主的改革が重要な課題となっている。そのため今日の公共事業が計画段階から政官財の癒着に基づく事業となっている構造をあらため、公共事業の総量を国民の立場から個別に見直すことをコスト構造改革の柱とすべきである。

 さらに、公共事業の設計・施工の段階においては、品質・安全性・利便性・環境配慮に優れた構造物をできるだけ安価につくることが求められる。さらにその労務コストは途中でピンハネされることなく事業に携わる労働者に直接支払われ、さらに労働者の労働安全や標準的生活・労働条件を保証することが前提となる。

 このような立場から公共事業の積算のあり方を見直す上で以下のような提言を行う。

 1)ユニットプライス積算方式は上記に述べた公共事業の本来のあり方に照らし、指摘

したとおりの根本的問題性を有しているため、導入することに反対する。

 2)公共機関は公共工事の積算に関し、納税者である国民の立場から以下の方式で行う。

(a) 公共工事の積算は公共構造物の品質・安全性・利便性・環境配慮の立場から材料や工法を検討した設計書に基づき、標準的市場単価(材料費、機械経費のみ)を基本に各種条件を加味した積算を積み上げ方式により行う。

(b) 労務費の算出は地域の標準的生計費を基本に、職種ごとに技能程度、難易度、地域の他産業労働者の賃金水準を加味した独自の調査によって作成する。

(c) 歩掛の算出は施工に携わる下請業者および職人労働者へのヒヤリング・アンケート調査を基本とした職種ごとの標準的歩掛に難易度・特殊性などを加味したものとする。

(d) 積算に使用する標準的市場単価・労務費・歩掛は工事の発注後、公開する。

3)標準的市場単価(材料費・機械経費)調査は公共機関が行うことを基本とするが、

民間業者に委託する場合は公正な競争に基づく業者選択とともに、調査方法や調査結

果については公開する。民間調査機関への天下りや調査機関と建設業者などとの癒着は厳禁とする。

 4)公共機関は積算された労務単価・経費・歩掛が実際に工事施工に携わる下請業者や労働者に公正に支払われ、反映されているかの監視・調査機能を充実させ、悪質な業者に対する罰則規定を設ける。