2005年2月10日
特定非営利活動法人 建設政策研究所
政府・厚生労働省は建設労働者に派遣制度を導入する法案を今通常国会に提出しようとしている。その導入方法は「建設労働者の雇用の改善等に関する法律の一部を改正する法律案要綱(案)」(以下「法律案」という)の形をとっている。「法律案」は、現在でも労働者派遣法及び職業安定法で禁止されている建設労働者の派遣およびその事業化、さらに建設労働者の有料職業紹介(事業)を、関係法令における禁止条項を改めないまま「建設雇用改善法」一部改正により可能とさせるものとなっている。
建設政策研究所では、以下で検討する結果に照らし、建設業への労働者派遣行為及び派遣事業、有料職業紹介事業等の導入は、建設労働者の雇用の改善どころか、いっそうの雇用の不安定化と労働条件を切り下げる労働者流動化を促進させ、建設労働者の無権利状態をさらに拡大し、建設産業の健全な発展に逆行するものと考え、その問題点を指摘し「法律案」に反対するとともに、建設労働者の雇用の安定と改善の基本的事項を提言する。
今回の建設労働者派遣制度を導入しよういう動きは、小泉内閣が「構造改革基本方針」において明確にしてきた、「非効率分野の縮小・淘汰と効率分野への移動、雇用のミスマッチ解消」という効率主義・市場競争万能主義がベースにある。具体的には2004年6月に出された政府の「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2004」(以下「基本方針2004」という)において、2005年以降を新たな経済成長の重点強化期間と位置づけるとともに、「雇用のミスマッチ縮小に力点を置き、建設業の新分野進出支援策の取りまとめを行う」としている。上記「法律案」は政府の「基本方針2004」に沿い検討してきた厚生労働省の「新たな建設労働対策について」(2005年1月17日発表、以下「報告書」という)に基づくものである。以下に「法律案」のねらいを明らかにする。
第1に建設業者団体が中心となり建設労働者を技能や年齢などで「選別」し、「有能」と判断される労働者を派遣事業や有料職業紹介事業という「建設業における労働力需給調整システム」(以下「新たなシステム」という)に乗せ、建設業や建設現場に送り込むことを可能とさせ、建設業者団体等がその裁量権を掌握しようとするものである。
第2に高齢者など「無能」(または「有能でない」)と判断された労働者は「新たなシステム」に乗せられることなく、これまでの労務下請業者に雇用されるか、またはグループ請負や手間請一人親方として存在し、「新たなシステム」により供給された労働者と競合させ、建設業から退出または淘汰させようとするものである。
第3に地方建設業団体や専門工事業団体などに所属する中の一部建設業者を「新たなシステム」に乗り有料職業紹介事業や労働者派遣事業に参加させ、また建設業以外の新たな事業にも参入できるようにし、さまざまな助成制度も設け、成長・発展させようとするものである。
第4に建設業団体にも加入できない零細業者や重層下請下位の労務下請業者などに属する有能な労働者をこれら業者から離職させ、結果的に小規模事業者層を縮小・淘汰させようとするものである。
第5に「新たなシステム」への参加を一部建設業団体およびその構成建設業者に限定することにより、労働組合への建設労働者の結集を弱め、労働者を労働市場の無権利な競争環境に、さらに陥れようとするものである。
1.「法律案」は緊急避難的、限定的措置といえるか
厚生労働省は労働者派遣法や職業安定法に基づく建設労働者への派遣事業や有料職業紹介事業の適用除外を解除せずに、あらたな法律によりこれらを解禁すること、およびこれら事業の事業者を建設事業主団体の構成事業主に限定していることなどを根拠に、この事業を緊急避難的、限定的措置と述べている。確かに、労働者派遣法や職業安定法を正面から改定することになれば、建設労働組合などから強い抵抗を受けることを見越して、いかにも一時的、限定的であることを装っている。しかし、建設労働者の派遣解禁の新たな法律を作ることには変わりなく、「法律案」の成立・施行は、建設業界に広範に派遣労働と有料職業紹介を浸透させていくことに何らの歯止めとならない。それどころか、厚生労働省は「建設雇用再生トータルプラン」において、これら事業を行う業者に助成金を出し、支援・促進をしようとし恒久化事業とする姿勢を示している。
2.建設事業主以外の有料職業紹介・人材派遣専門業者参入の余地はないか
「法律案」では建設労働者派遣事業および建設業有料職業紹介事業に参入できる業者は、厚生労働大臣の認定を受けた事業主団体の構成員で建設労働者を雇用し建設事業を行うものとなっている。しかし、ここでは建設業法に基づく建設業許可を受けた業者かどうかは問われていない。事業主団体に所属していれば比較的簡単にこれら事業に参入できると解釈できるのではないか。事業主団体と連携した有料職業紹介・人材派遣専門業者が建設労働者を雇用し、派遣事業や有料職業紹介事業を行うことは容易に想定できる。
3.労働組合の労働者供給事業への参加を否定することにならないか
職業安定法第45条には「労働組合等が、厚生労働大臣の許可を受けた場合は、無料の労働者供給事業を行うことができる」と規定されている。ところが「報告書」では「新たなシステム」に参加できる団体を都道府県建設業協会や事業協同組合などに限定し、労働組合など任意団体の参加を認めないこととしている。「新たなシステム」の浸透とともに労働組合の労働者供給事業への参加を否定されることにつながる可能性がある。
4.事業主が社会保険料等を負担している建設業「常用労働者」のみに限定した事業といえるか
「法律案」では建設労働者派遣事業および建設業務有料職業紹介事業の対象となる労働者は前者では「常時雇用する建設業務労働者」、後者では「常時雇用されている者」と規定されている。また厚生労働省の「報告書」では「常時雇用する労働者かどうかは、雇用保険、社会保険への加入状況等により判断すること」と述べている。このような厳密な常雇労働者は一部専門工事業者に雇用される労働者に限られるため、「これら事業の対象労働者は限定的」との評価がある。しかし、派遣事業は送出し事業主が常用労働者として雇用していれば“派遣可能”対象であり、それ以前の就労形態に関係なく、派遣を行う時点で常用雇用していればよい。そうであれば建設労働に従事している労働者はすべて派遣労働の対象者となり、送出事業者は事実上の「人夫出し業」となる可能性がある。
5.建設業法、労働安全衛生法等に規定された元請責任制は守られるのか
「法律案」では派遣事業において、送出事業主(派遣元)を受入事業主(派遣先)の請負人とみなして災害補償については受入事業主の元請業者が責任を持つ特例を設けるとしている。
しかし、労働安全衛生法は労働災害の防止、職業性疾病予防の視点から、労働者を直接雇い入れた事業者及び元方事業者(元請業者)が講ずべき措置を義務付けている。労働者派遣の形態では雇用主である送出事業者が現場における具体的な安全配慮義務を果たすことは不可能で、派遣する労働者への雇入れ責任を果たせない。
また、「法律案」では受入事業主が下請業者である場合、現場の元請事業主に対して派遣労働者への元請責任をどのように果たさせるのかが不明確である。
さらに、送出事業者が建設業法第41条2項の「建設工事の全部または一部を施工している他の建設業を営む者」(下請け業者)に該当するのかも不明確である。該当しないと判断される場合には、送出事業者が派遣労働者への賃金不払いを起こした場合、元請業者に賃金立替払いをさせることができないことになる可能性が生じる。
6.有料職業紹介事業者は求職者である労働者からも手数料を取ることにならないか。
「法律案」では「建設業務有料職業紹介事業者は、求職者から原則として手数料を徴収してはならないものとすること。但し、求職者の利益のために必要があると認められる時として厚生労働省令で定めるときはこの限りではない」と規定している。この規定が盛り込まれた背景には小泉内閣の「構造改革基本方針 2004」における「労働移動の円滑化等」の項の中で「有料職業紹介事業者が求職者から手数料を徴収できる範囲(現行年収700万円超)について、施行状況を踏まえ、さらなる拡大に関し検討する」との文言がある。「法律案」の但し書きはこの方針に応えたもので、ハローワーク事業を民間事業者が行い、求職労働者からも手数料を取りやすくし、いっそう利益の上がるものにしようとするものである。
7.有料職業紹介事業者が派遣事業の送出事業者となり悪質な斡旋事業を行うことにならないか
有料職業紹介事業者が求職者を自らの関連事業者または提携事業者に斡旋し、これら事業者が今度は送出事業主として派遣事業を行う可能性がある。今日の無秩序な建設業界では、有料職業紹介事業と派遣事業を一体で行う事業者によって、ピンハネのための悪質な斡旋事業が行われる可能性がある。
8.建設労働者の雇用の改善・安定につながるのか
「法律案」は目的の項に「建設業務に必要な労働力の確保に資するとともに、建設労働者の雇用の安定を図ることを目的とする」と規定している。しかし、建設労働者の派遣事業が可能になれば、建設現場への労働者の供給は従来の重層下請制を通じた方式以外に派遣事業からの現場への労働者の送り込みが生じ、労働者の供給をめぐっていっそうの競合関係となり、再編・淘汰が生じることになる。
特に現状の建設労働者の年齢別構成をみると建設就労者604万人のうち50歳台以上の高齢者が約245万人と41%を占めている(総務省:労働力調査、 2003年現在)。これら高齢者の雇用環境はいっそう厳しくなり、就労日が減少し実質的失業者となっていく可能性が大きい。
9.建設労働者の技能の向上につながるのか
労働者への職業紹介や労働者派遣は本来職種技能水準に応じてランク分類し、賃金等の待遇と連動させて行われるものであるが、この「法律案」には職種技能について何ら触れられていない。厚生労働省の「報告書」の「必要な技能労働者の育成・確保の促進について」の項で「今後、建設業の健全な再生を図るためにも、高度な教育訓練を受け、高い水準の技術・技能を修得した人材の育成・確保を可能とする条件整備が求められている」と述べているが、具体的方策の提案はまったくない。つまり、この「新たなシステム」導入には建設労働者の技能認定やその向上策はほとんど考慮されていない。
10.建設労働者の労働条件向上につながるのか
有料職業紹介事業や労働者派遣事業における労働者の賃金・労働条件の決定には当該労働者や労働組合の合意を取り付けることを正面から排除している。企業に雇用された労働者が派遣される場合は、「労働者の同意を得ること、派遣時の労働条件を明示すること」が条件となっているが、労働者と雇用主または労働者と使用者との双方の合意ではなく、一方的に同意を求めるものとならざるを得ないものである。もし、労働者本人が派遣を拒否した場合に、解雇されるようなことが決してあってはならない。また、労働安全等の元請責任のあいまいさや派遣元(雇用先)事業者の雇用責任のあいまいさなど、労働者のいっそうの無権利状態が進行する可能性が大きい。
建設労働者の雇用の安定と改善を考える場合、まず以下の点を明確にしておかねばならない。
第1に建設市場の縮小と建設労働者との関係である。建設投資額は1990年度の85.4兆円から2003年度は56.1兆円と36%も減少した。一方建設労働者は1990年の588万人から1997年685万人、さらに2003年には604万人と推移している。
つまり、政府は90年代からの構造不況期に他産業から吐出された労働者を建設産業に受け入れさせる政策をとってきた。そのため財政赤字を省みず公共投資を増大させてきた。しかし、2001年からの小泉「構造改革」はこの政策を転換し、建設産業で多数を占める中小企業を非効率企業群と決め付け、その再編・淘汰政策を進め、建設労働者の削減を図ろうとしたのである。
第2に小泉「構造改革」による建設労働者削減策の結果、1997年から2003年までの6年間に建設労働者は85万人も減少した。しかしその年齢層別内訳をみると20歳台で37万人の減少、40歳台で54万人の減少、50歳〜64歳で6万人の増加となっている。そして今日では50歳台以上の建設労働者が全体の41%を占めることになってしまった。
今回の「新たなシステムの導入」を含め、小泉「構造改革」の方針では建設労働者のうち若年層と働き盛りが建設産業から流出し、高齢者中心の産業となり技術・技能の伝承を含め、建設産業の健全な発展が阻害されることになる。
建設政策研究所は、小泉「構造改革」に基づく政策とは反対に、建設産業の健全な発展を願う立場から、建設労働者の雇用の安定と改善に関する基本的政策を以下のとおり提言する。
1. 公共・民間事業を含め建設事業全体を新設中心から既存建設物の維持補修・改修事業中心への転換の速度をこれまで以上に早める政策を実施する。
2. 特に公共事業は不要不急の大規模プロジェクトを思い切って削減・中止し、地域に密着した防災・福祉・環境保全型事業に切り替え、地域の雇用創出に役立つ事業を思い切って増大するための財政措置と事業運営を国・地方自治体が一体となって行う。
3.建設労働者の技能の向上と伝承のために国と地方自治体および建設業者団体がそれぞれの立場から資金を拠出し、建設労働組合を加えた第三者機関による技能教育・訓練校を地域規模で設立するとともに、すでに存在する職業訓練校に対する助成金を抜本的に増額する。
4. これまで累積してきた不安定雇用の結果、公的年金制度にも加入できない中高齢労働者の老後保障のための基金制度を建設業者団体と建設労働組合が中心となり設立し、建設業者団体および国・地方自治体が資金を拠出し、建設労働者年金制度を確立する。
5. 全国レベルおよび各地方レベルで建設労働組合と建設業者団体との労使協議会の制度を設け、建退共制度の普及促進をはじめ、建設労働者の雇用の安定と改善、労働条件改善のために実効性を持つ労使協定を取り交わし、一体となった取り組みを行う。
6. 将来的に農業や林業など他産業への建設労働者の転職を促進する場合に備え、安易な市場開放・「自由化」政策を改めるとともに、当該産業発展への政府・行政の支援・助成措置など政策の抜本的転換により、転職可能な環境づくりを早急に行う。