2005年10月11日
特定非営利活動法人 建設政策研究所
本年6月、クボタ旧神崎工場周辺住民の中に、中皮腫患者・死亡者が存在することが明らかになったことを契機として、国民の中に石綿問題に対する不安が大きく広がった。そうした状況のもとで、政府は、7月に、アスベスト問題関係閣僚会議を開催し、アスベスト問題への対応策(「アスベスト問題に対する当面の対応」)を決定した。しかし、政府は、石綿含有製品について、2008年までに全面禁止を達成するために代替化を促進するとしており、石綿含有製品の全面禁止を先延ばしにする態度をとっている。
石綿問題は、飛散性の高い吹き付け石綿が広範な建築物に使用され、また大量の輸入石綿の9割が建材に加工されるなど、とりわけ建設労働者・従事者の身体・生命の安全に関わる重大問題となっている。政府は、石綿含有製品の製造・使用の全面禁止にただちに踏み切るべきである。また、広範な石綿被害を生み出すにいたった過去の政策の誤りを明らかにし、被害者に補償を行うと共に、将来の被害拡大を最小限にとどめるための適切な措置を行うべきである。
建設政策研究所は、建設労働者・従事者の生命の安全を守り、中小・零細建設業者の仕事と営業を守る立場から、問題の背景・責任の所在に対する見解、およびいくつかの具体的な課題について提言を行なう。この提言の実行は、同時に国民の健康・安全を守ることにもつながっていくものである。
これまで日本に輸入された石綿は累計1千万トンにも及ぶといわれ、最盛時には3千種類を越す用途に、そしてその多くが建材として使用されている。石綿は私たちの生活や労働の身近に存在している。
石綿健康被害には、主に石綿肺、石綿肺がん、悪性中皮腫がある。ごく初期の石綿肺がんは患部を切除することができるが、病の進行を完全に停止することのできない不治の病である。悪性中皮腫においては、発症してから半年以内に死亡する例が多い。石綿肺がんは、石綿の吸引量に応じて発症の危険は高まるが、これ以下なら心配ないという安全量はない。また、中皮腫についても、比較的少量・低濃度の曝露でも発症の可能性がある。石綿肺がんは15年以上、中皮腫は 40年にわたる潜伏期間を経て発症する。
中皮腫の8割から9割が石綿によるものと言われているが、中皮腫による死亡者は1995年から2004年の10年間で6060人に及ぶ。また、過去における中皮腫による死亡者数の推移から、2000年から2039年までの40年間の死亡者数は10万3千人に達するという推定結果が出されている(村山武彦ほか「わが国における悪性胸膜中皮腫死亡数の将来予測」2002年)。また、石綿肺がんによる死亡者数は、統計上把握できないが、建設労働者の肺がん発症率からみて、年間8000人におよぶとする推計が出されている(海老原医師)。
潜伏期間を考慮すると、現在、発症している患者は、中皮腫については1960年代、肺がんについては1970年代から1980年代にかけて、石綿粉じんに曝露したのであって、今後、1970年代から1990年代にかけての石綿粉じん曝露の影響が現れてくることになる。わが国における石綿の広範な使用は、今後、その曝露の影響が急速・大量に顕在化していくことは確実である。
石綿対策の歴史を国際的にみると、1970年代から1980年代にかけて、「管理使用」から「使用禁止」へと大きく転換した。1972年には、デンマークが石綿の吹き付けを禁止、1973年にはアメリカがこれに続いた。そして、1983年には、アイルランドが世界初の全石綿禁止に踏み切り、その後、北欧などヨーロッパ諸国が全石綿の禁止を決めた。
ILO(国際労働機関)においても、1986年に青石綿(クロシドライト)および石綿の吹付け作業を禁止し、他の石綿についても可能な限り代替化を求めた第162号条約(石綿の使用における安全に関する条約)が採択された。
ところがわが国では、1995年にいたるまで、青石綿(クロシドライト)・茶石綿(アモサイト)の使用が認められ、白石綿(クリソタイル)は2004年に至るまで使用が認められてきた。また、吹き付け石綿については、1975年に5%以上の濃度の製品については吹き付けが禁止されたが、1%から5%の低濃度の製品については使用が認められ、その後20年にわたって建築基準法において、石綿による耐火性を満たす構造物としてその使用を規定し、石綿含有建材も耐火構造物として認定され、政府によって事実上使用を強制されてきたのである。
このように、わが国では石綿の輸入・製造・使用に対する規制がほとんど行なわれないだけでなく、法により使用を促進させてきたという経過があり、これが今日の石綿曝露被災拡大の最大の要因となっている。
ところが、「政府の過去の対応の検証について」(9月29日発表)によると「当時の科学的知見に応じて関係省庁による対応がなされており、行政の不作為があったということはできない」と政府の対応に責任を認めようとしていない。しかし、前述したように、石綿被害拡大の最大の責任は、石綿による肺がん等の危険性についての国際的知見を十分把握していながら、石綿の使用を許可し、輸入規制も行なってこなかった日本政府にある。かつての水俣病や各種の公害問題に共通する経済発展重視、人命軽視という財界・大企業いいなりの歴代自民党政府がもたらしたものといえる。
裏返して言えば、石綿製品製造業界は石綿の危険性に口をつぐみ、石綿の製造と販売による利益を享受し、その利益の追求のために国の石綿規制政策をゆがめさせたのである。
石綿製品製造業界は、1992年の段階においても、全建総連なども参加する石綿対策全国連絡会議が制定を要求し、日本社会党(当時)が提案したアスベスト規制法案に対して、「石綿による健康障害は、かつて石綿粉じんの人体への影響が不明であった時代に、大量の石綿粉じんを吸入するような労働環境に曝露された場合において発生した問題であって、現在においては、法規等により労働環境は格段と改善されており、今後は健康障害は起こり得ないと確信できます。・・・石綿の健康影響について誤解され、危険性を過大に受け取られるなどによって、石綿業界はすでに社会的に大きく制約を受けております。規正法が施行されると、このような傾向がさらに強くなり、規制の対象外の石綿製品までも生産の継続が困難となることも考えられます。」(アスベスト規制法案に対する石綿協会の見解)として規制法案に反対した。
この経緯に示されているように、石綿製品製造業界は、石綿の人体への有害性の立場から石綿製品の使用を規制する動きに対して、企業利益を優先させる立場からこれにブレーキを掛け、自民党政府に働きかけこれをつぶしてきたのである。
このような関係から明らかなように、石綿被害拡大の責任は歴代自民党政府とともに、業界利益の立場から政府に働きかけ政策を歪めさせた石綿製品製造業界、およびそれを推進した厚生労働省、国土交通省、環境庁(当時)などによる政官業癒着の共同責任ということができる。
(a) 建設事業者は従事者に対し石綿教育、健康被害防止策などマニュアル等で周知・徹底する。また、国・地方自治体は小零細建設事業主、自営業者が行う健康管理等の促進に対する助成制度を確立する。
(b) 厚生労働省は石綿被災の可能性のある建設従事者およびその家族などに石綿健康診断の広範な実施を呼びかける。
(c) 過去に石綿に係る作業に従事した建設従事者は石綿肺や胸膜肥厚斑を判定できる医療機関による診断の実施と再度の診断により労災との関係を明確にする。
(d) またこれら検査・治療を実施できる医療体制の充実と的確・迅速に判断できる医師の養成を速やかに行う。
(e) 石綿健康診断を受診しやすい環境の整備
・ 健診料や休暇補償の事業主負担、一人親方や短期労働者などへの国・自治体による無料診断の実施
・ 石綿受診結果が要精密検査になったことなどによる解雇など仕事への不当な差別をなくす
(f) 石綿被ばくおよびその可能性を持ち離・退職した建設従事者に対し、石綿障害予規則第40条に規定する健康診断を早急に実施するとともに、労働安全衛生法第67条に基づく健康管理手帳を持つことを徹底する。また手帳は行政の責任で交付手続きをするようにし、過去の離・退職者に対しても適用すること。また、健康管理手帳所持者がどの医療機関でも受診できるようにし、健診項目にはCT等も加えること。
(g) 各自治体は専門家や建設労働組合などと共同し、建設業務離職者を含む建設従事者の石綿による健康不安に対応する相談窓口を設置する。
(a) 厚生労働省による石綿疾患の労災認定基準とその運用の改善
・ 建設従事者の石綿被災が確認された場合、曝露事業所の特定に拘らず労災認定を行えるよう改善する
・ 労災補償請求権の時効制度を見直し、石綿作業にかかわり肺がんなどで治療中、または死亡した建設従事者に対しては、全員労災認定による医療給付および遺族給付を行う。その際、関係機関は個別に労災手続き等諸対策を周知する。
・ また、損害賠償請求訴訟においても、被災者が時効による不利益をこうむらないための立法措置を検討する。
・ これまで肺がんと診断された建設従事者のうち、石綿曝露による労災の可能性の再診断と補償のしくみを確立する。
(b) 一人親方など請負的労働者への労災適用
・ 石綿被災者についてはその労働者性を問うことなく労災適用の措置を行えるよう改善する
・ すでに石綿疾病に罹患、または死亡した請負労働者についても死後5年という時効を徹棄し遡及して労災適用できるようにする。
(a) 国による石綿曝露被災者補償制度の創設
政府の当面の対応では、給付内容について、医療費の支給、療養手当て(生活支援的な月々の手当て)、遺族一時金、葬祭料を挙げている。これらの給付内容を労災補償水準など適切な水準にする。
(b) 国と関係企業による補償基金制度の確立
補償費用の原資としては、国、石綿製品製造企業などの出資による補償基金を確立する。過去のアスベスト曝露によって不可避的に生じてくる今後の被害の拡大に対応するためには石綿曝露責任を果たすべき関係者による拠出が求められる。拠出金の割合は、責任の重さを勘案して社会的合意の得られる水準で決定する。
(c) すでに罹患または死亡した労災補償適用外の事業主または家族について、国は被害者、遺族に見舞金、弔慰金を支給する。
石綿曝露の危険性が国民の中に明らかになるに従い、建築物等における石綿の除去、および建築物の解体作業における石綿飛散による被災が大きな問題となっている。
石綿除去作業および建築物解体作業に携わる労働者の安全と石綿飛散防止のためには、
(a) 国は直ちに除去、解体に関する作業基準を確立し、その履行を確保するための措置を講じる。
(b) 除去、解体を請負う事業者は、承認を得た計画書に基づき契約を締結する事とする。
(c) 国は除去、解体に従事する労働者への石綿特別教育を促進し、労働者が無料で受講できるように補助する。また国は講師の養成支援する措置を講じる。
改修・補修や壁、天井を剥がして行う電気工事などの際に、石綿が曝露する危険は、石綿と石綿含有建材が使用された建築物が存在する限り、継続することになる。石綿肺がん被害者に電工が目立つように、今後、電気工事や設備設置工事その他の付帯工事従事者にアスベスト被害が広がる危険性が高い。ほとんどすべての職種がアスベスト曝露の可能性のある建設業の従事者には、全員にアスベストの適切な取り扱いについての教育を行う必要があるし、それらの労働者の安全を確保する元請の責任を自覚させ、すべての改修等の工事において、現場におけるアスベストの所在と適切な取り扱いについて、元請の責任で確保していく。
除去・解体に関する費用は当然、注文主が負担すべきものであるが、注文主にとっても思いがけない負担の増加となるため、その軽減や請負者に被せることになる可能性がある。このような問題が生じないようにするため、
(a) 国、地方自治体による石綿除去・解体費助成制度を設け一定の補助を行う。
(b) 石綿除去や解体作業に携わる建設業者や下請業者に負担の押し付けがないように、国は注文主による吹付け石綿の除去など石綿規制を徹底する。
建築物から石綿の除去作業や建築物の解体作業を終了しても、石綿を飛散させること なく処分しなければならない。その梱包、運搬、中間処理、最終処分におけるさまざまな問題が未解決となっている。この7月に政府が発表した「アスベスト問題への当面の対応」において述べられている飛散予防の徹底措置を周知・具体化させることを基本とし、以下の提案を行う。
(a) 吹き付け石綿除去後の廃材を処分できる最終処分場を量的に整備
(b) 石綿製建材を含む解体廃材は解体時に破壊することなく分別し、中間処理施設において固形化または熱処理できる施設の整備。
(c) 石綿廃材の不法投棄を防止するため、行政による関係廃棄物業者への立入り検査とともに、法制度の整備を直ちに行う。
石綿処分に関する費用は基本的に注文主が負担すべきである。しかしその費用 は、飛散防止対策費、分別費、運搬費、中間・最終処理費と大きな負担となる。
(a) 国は石綿廃材処理を適正に処理するためのマニュアルの作成とともにそのた めに必要な諸費用の適正な積算情報を提供する。
(b) 解体時と同様に、国・自治体による石綿廃材処分費助成制度を設け一定の補助を行なう。
(c) 石綿含有物処理に伴う、工期については必要な設定を予め行うこと。