提言・見解

社会資本整備審議会建築部会
「建築物の安全性確保のための建築行政の在り方について中間報告」に対する見解

2006年3月22日
特定非営利活動法人 建設政策研究所

 本年2月、国土交通省の社会資本整備審議会建築部会が「建築物の安全性確保のための建築行政の在り方について 中間報告」を発表した。これにより、耐震強度偽装事件を受けた政府の対応策の基本的内容が明らかとなった。しかし、この中間報告は、建築基準法、建築士法の改定を含む広範な課題と具体的な施策を提案しているが、その内容には基本的な欠陥がある。

 そもそも、建築物や建築物の構築行為が商品やサービスとして市場で売買されるか否かに関わらず、個々の建築物の安全・品質の確保、および建築物の集積としての地域の環境の保全は、自動車や家電製品等とは異なり、都市計画規制と公的な建築確認の制度によって確保されている。それは、建築物は地域に長期にわたって存在し続け、近隣の環境や人々に影響を与えるとともに、建築物の安全や品質の欠陥は、建築物の購買者や占有者、近隣の住民とともに建築物を利用する不特定多数の人々の身体と生命の安全を危険にさらし続けることになるためである。今回の偽装事件は、この建築物の特性を省みず、建築の世界に一般の商品と同様の市場競争と販売者の自己責任の原則を導入するという誤った政策により、必然的に引き起こされたものである。この事件の原因と背景について、虚心に目を向けるならば、この政策の根本的な誤りを正すことこそが対策の本道であることが了解されよう。しかし、中間報告は、建築の世界における政府の構造改革政策の展開を促進するという全く逆の立場にたっているのである。

 建設政策研究所は、今回の耐震強度偽装事件が発覚した当初の段階で、この問題に対する見解と提言を発表した(昨年12月11日)。この見解の中では、今回の偽装事件が引き起こされるにいたった背景に、@.新自由主義による規制緩和、市場競争万能主義、A.建築物の安全・品質への規制を緩和し、建主の自由に任せていく建築の「自己責任」主義、B.建築確認審査・検査の民間営利会社への開放 の3つの重大な問題があったことを述べ、提言を行った。この見解と提言を踏まえて、中間報告の内容を検討し、研究所の見解を明らかにしたい。

1.構造計算書偽装事件の基本的原因の捉え方について

 まず、偽装事件が引き起こされるに至った基本的な原因についての捉え方の問題である。

 中間報告は、はじめに において、構造計算書の偽装を、設計図書の作成、建築確認、住宅性能評価、工事施工のそれぞれの段階で、元請設計者、指定確認検査機関、建築主事、指定住宅性能評価機関のいずれもが見抜くことができず、建築確認・検査制度等への国民の信頼を失墜させた、と述べているが、なぜ、このような事態となったのか、中間報告はこの問いに答えていない。

 今回の事件が引き起こされるに至った基本的な原因としては、第一に、1980年代以降の規制緩和、市場競争万能主義の流れが、1998年の建築基準法改正を画期として、建築規制の緩和、建設物の安全・品質の建て主の自己責任主義となって建築の世界に現れてきたこと、第二に、1990年代後半以降の建設投資の縮小の下で、建築の設計、施工過程は、激しい市場競争とコスト削減圧力に晒されてきたということがある。その下で、第三に、建築確認審査・検査が民間営利会社に開放され、多くの審査・検査が営利を目的として行われることになるとともに、地方自治体の側では審査・検査体制の形骸化がすすんだことが事件の発生を未然に防止できなった原因である。とりわけ、建主・構造設計者の側が特定行政庁、あるいは指定確認検査機関の中から検査主体を選択するという現行制度のあり方が、特定行政庁と民間確認検査機関を市場競争に曝し、建築確認・検査を形骸化していった元凶である。そして、建主と構造設計者の側が、検査のずさんな機関を意識的に選択することを許し、ここまで被害を拡大する結果となったのである。

 中間報告は、これらの基本的な原因についての認識を欠いている。それどころか、中間報告は、建築確認審査・検査における民間機関活用についても、その問題点について何も検討することなく。「建築確認・検査における民間機関の活用そのものは、合理的な政策選択であった」と断定しているのである 。

 中間報告は、偽装事件により明らかになった建築規制制度、建築士制度等の課題として、(1)建築確認・検査制度 (2)指定確認検査機関制度 (3)建築士制度 (4)瑕疵担保保険制度 (5) 住宅性能表示制度 (6) 確認申請書類の保存期間 を掲げている。これらの中で対処すべき課題がかなり包括的に示されているのであるが、民間営利会社による建築確認審査・検査の実施という根本問題に手を触れず、それを前提としている。そのために、中間報告で提案されている施策には以下に指摘するような様々な矛盾が生ずることになっている。

2.建築物の安全確保のための施策の基本的な考え方について

 中間報告では、施策の基本的な考え方として (1)審査体制の強化と検査の厳格化 (2)指定確認検査機関の責任の明確化と特定行政庁の監督の厳格化 (3)建築士、建築事務所、建築主等の責任の明確化と処分、処罰の厳格化 (4)建築士等の資質の向上と建築士及び建築士事務所等の業務の適正化 (5)消費者に対する情報開示の充実 を示している。

 中間報告における施策の基本的な考え方の根本的な問題は、指定民間確認審査機関が営利を目的に建築確認審査・検査を行うという今回の問題が生じるにいたった最大の問題についての改善を避け、民間営利会社が検査・審査を行うことから生じてくる矛盾に対処する施策を展開しようとしていることである。

 第1に、検査・審査過程に民間確認検査機関と別の第三者機関を関与させること、また特定行政庁による民間確認検査機関の検査に対する監督・検査を強めることが提案されている。営利を目的とする民間の会社に審査・検査を任せることから、審査・検査を何重にも行なわれなければならなくなる矛盾が生じている。

 第2に、損害賠償請求に応じることができるように、指定確認検査機関の資本金や保険金に関する要件を定めることが提案されている。営利を目的とする民間会社に建築確認審査・検査を任せることから、違法な検査・審査が行なわれた際に生じる損害賠償を想定し、対策をとらなければならないという矛盾が生じている。

3.建築確認・審査を民間営利会社に任せることによる諸施策の矛盾点と限界

(1)構造設計図書の建築確認時の審査方法の厳格化

 建築確認審査方法の厳格化の項目においては、一定の高さ、一定の規模以上の建築物についての、入力データの審査、構造詳細図と断面リストの照合等を行なうこと、および第三者機関における構造計算の適合性の審査を義務付けること、第三者機関において、構造の専門家等による構造詳細図および構造計算書を用いて計算方法、計算過程等の審査(再入力を含む)を行なうことが提案されている。

 これらの新たな提案に対しては、構造設計者の団体から、提案は計算プログラムの問題に偏重しており、審査にあたっては、設計内容を検討することこそが重要であると指摘されている。肝心なことは、指定確認審査機関の審査および第三者機関における構造の専門家による審査の公正性と中立性をいかに担保するか、ということである。民間の営利会社が指定確認機関として承認され、また、ディベロッパー、ゼネコン、ハウスメーカーなどから主に仕事を請けている設計者・設計事務所が構造計算過程等の審査を行うのであれば、審査の公正性と中立性を担保することは到底難しい。

(2)中間検査の義務付けと検査の厳格化

 中間報告書では、中間検査の義務付けと、鉄筋量不足など不審な点を見つけた場合の構造計算書の点検の義務付けなど検査基準を法令上明確とし、厳格化することが提案されている。これらの措置は必要である。

 しかし、現状の中間検査・完了検査における最大の問題は、指定確認検査機関による検査が、検査料収入を得るために形式的に行なうだけのものとなっており、建築物の構造に詳しい専門の検査官が施工現場で適切な検査を行なうものとなっていないために、鉄筋量の不足など不審な点を見つけられなかったのである。

 中間検査の義務付けと検査の厳格化の措置に実効性を与えるためには、特定行政庁が中間検査・完了検査に責任を持って行なうとともに、これらの検査は専門の検査官によって実施されるのでなければならない。

(3)指定確認検査機関に対する監督権限の強化

 中間報告は、特定行政庁による指定確認検査機関に対する権限の強化を打ち出している。具体的には、指定確認検査機関の特定行政庁への報告内容に審査実施状況、結果等の事項を加え、報告事項を充実させることと特定行政庁に指定確認検査機関に対する立ち入り検査権限を与えること、また、監督方法の見直しとして、立ち入り検査の際に確認申請書の内容のサンプル調査の実施により個々の建築確認、検査内容の適法性の検査を併せて行うことが提案されている。

 しかし、指定確認検査機関が民間の営利会社であるために、これらの措置により監督を強化することが必要になっているのであって、現行制度の改善を行うのであれば、確認検査機関として非営利の団体あるいは個人を指定していくなど、確認検査機関の指定基準を改めることが先決である。

 中間報告は、特定行政庁の監督権限の強化を提案するにあたって、昨年6月24日の最高裁判決とそれを踏まえた下級審(横浜地裁)決定に言及している。これらの判決は、指定確認検査機関が行った違法な建築確認について、地方公共団体の国家賠償法上の被告適格性を認めているためである。この最高裁判決と横浜地裁判決については、ふたつの点が重要である。第1に、これらの判決は、現行の建築基準法において、建築確認審査・検査は地方公共団体の権限の行使であり、指定確認検査機関が実施したとしても、地方公共団体の責任は免れない、という基本的な原則を確認していることである。第2に、それにもかかわらず現行の建築基準法は、民間検査機関が建築確認審査・検査を実施することを認めており、その結果、今回の事件のように欠陥の偽装が意図的に行なわれ、これを民間検査機関が見抜けなかった場合においても、地方公共団体が国家賠償法上の責任を負わざるを得ない、ということである。これは現行の建築基準法の著しい欠陥と言わざるを得ない。建築確認審査・検査は地方公共団体が責任を持って実施するよう建築基準法を改定することが不可欠である。

 また、中間報告は、指定確認検査機関が審査の瑕疵について存在賠償請求された際に十分な賠償金を支払えるよう、基本財産や保険金に関する要件を強化・明確化する、としている。建築基準法上の確認検査・審査に関わる業務に関連して、民間検査機関の賠償請求への対応を想定して、保険への加入等を要件として規定することは、地方自治体の責任を曖昧とするものであり、現行制度の矛盾の現れである。

(4)住宅性能表示制度の充実、強化

 中間報告では、住宅性能表示制度の充実、強化を提案しているが、現行の住宅性能表示制度は、建築基準の仕様規定から性能規定への転換が図られた1998 年の建築基準法改定を受けて確立されたものであり、住宅の材料や部材の等級、工法認定や住宅型式認定などによって、全国一律の評価を与えるものとなっている。耐震強度についても、住宅の建築される地盤の状態をも考慮した個別的な評価を適切に行なう制度となっていない。また、指定確認検査機関と同じく、民間の営利会社が、認定住宅性能評価機関として、性能評価を行なっており、それらの中には、大手ハウスメーカーが出資する機関もあり、公正で客観的な評価は難しい。偽装や欠陥の排除についても限界があると言わざるを得ない。

 現行の住宅性能表示制度自体を抜本的に見直す必要がある。

4.その他の問題

(1)構造計算プログラムの問題

 中間報告は、構造計算プログラムの見直しとして、いくつかの提案をおこなっているが、再検討が必要である。特に、構造計算プログラムの大臣認定については見直すべきである。今回の提案でも、大臣認定の構造計算プログラムを用いている場合は、第三者機関における構造の専門家等による構造計算の方法と過程等に対する審査を省力できるとしていることは問題である。民間検査機関が審査の度にそれらのソフトを購入し、再計算することは実際上は考えられず、建て主とつながりがあり同一ソフトを共有している検査機関しか審査を行えないということになるか、あるいは検査機関が再計算を省略してしまうことになることが予想され、いずれにしても、適正検査は望むべくも無い。構造計算プログラムを大臣認定し、審査を一部簡略化するのであれば、認定の際に、構造計算プログラムを入手している国から構造計算プログラムの提供を受けて、公共機関が審査・検査を行うべきであろう。

(2)建築士に対する処分、罰則の強化

 中間報告では、建築士・建築士事務所等に対する処分、罰則等の強化が提案されている。しかし、第1に、今日の建築士・建築士事務所の置かれている立場は、建て主、施工会社の支配の下におかれ、独立性が確保されていない。第2に、現実に、設計は下請として行なわれており、適正なフィーが支払われていない。それらを改善して、建築士・建築士事務所の地位の向上、権限の強化が実態的にすすまなければ、処分・処罰等を強化しても、事態の改善は望めない。

 以上のように、中間報告は、建築確認・審査における民間機関の関与のあり方と審査・検査機関の選択方法という肝心の点では現行制度を維持するものであり、建築確認・審査行為を市場競争の中にさらし、引き続きコスト削減圧力の中に放置しようとする「政策」である。また、個々の提案についても様々な矛盾に満ちている。建設政策研究所は、構造設計に対する極端なコスト削減圧力を排除することともに、建築確認審査・検査については公正性を確保するために公共機関が責任を持って行うことが必要と考える。建築基準法の改定は、この点を中心に行なわれるべきである。

5.今後、特に検討すべき課題

 今後、具体的に特に検討をすすめるべき課題として、ふたつのテーマは欠くことができない。ひとつは建築物の安全を確保するシステムをいかに構築するか、という問題であり、ふたつには、建築士のあり方をどうしていくか、という問題である。

 建築物の安全を確保するシステムをいかに構築するか、という点では、日本弁護士連合会が、最近提言を発表し、改めて住宅検査官制度の導入を提案している。制度改革の中心は、@ 現行の指定確認検査機関制度を廃止し、建築主事の下に「住宅検査官」をおき、行政庁が確認検査業務を行なうこと、A 一定規模以上の建築物については、住宅検査官が現場に常駐して、それ以外の建築物については、建築工程ごとに、設計図書、建築基準法令、標準的な技術基準への適合性を厳格に検査する、の2点である。

 建設政策研究所は、日本弁護士団体連合会のこの提案の考え方に基本的に賛成であるが、この提案も含めて、建築物の安全を確保するためのシステムをいかに構築するか、という点について、基本的な議論を行なっていく必要がある。

 また、建築士のあり方をどうしていくか、という点についても、中間報告でも様々な提案がされているが、拙速に法制度の改定をすすめるのではなく、現場の建築士の業務や契約関係の実態などを踏まえて、基本的な議論を積み重ねていく必要がある。