2005年度 公共事業プロジェクト研究報告書 2005/12/11

 2005年度公共事業プロジェクト報告もくじ     (注)資料は掲載してありません

はじめに                              ・・・・・・1

1.公共工事の品質確保と調達制度のあり方について          ・・・・・・2
  (1) 建設政策研究所「公共工事の品質確保と公正競争に関する見解と提言」 ・・・2
  (2) 葛西浩徳「公共工事品質確保ガイドラインをどう見るか」 ・・・・・・・・・8
  (3) 資料
   @ 3団体「公共工事調達制度のあり方に関する提言」     ・・・・・・14
   A 政府「公共工事の品質確保の促進に関する施策を総合的に
                推進するための基本的な方針について」  ・・・18
   B 国土交通省「国土交通省直轄工事における品質確保促進ガイドライン」・・22

2.PFI法の「改正」について ・・・・52
  (1) 建設政策研究所「PFI法の一部改正に関する見解」 ・・・52
  (2) 資料 「民間資金等の活用による公共施設の整備等の促進に関する法律の一部を改正する法律案要綱」 ・・・55

3.国土総合開発から国土形成計画への移行について ・・・・・・58
  (1) 永山利和「国土総合開発法から国土形成計画法への移行とその問題点」・・・58
  (2) 資料 国土交通省「国土審議会調査改革部会報告『国土の総合的点検』(概要)案」・・・63

4.進行中の大規模公共事業の事例紹介と問題点 ・・・・・・・・64
  (1) 福嶋 実 「スーパー中枢港湾事業の現状と問題点」 ・・・64
    資料  「スーパー中枢港湾関連資料
  (2) 篠井 謙 「羽田空港再拡張事業の展開、今後の行方」 ・・・72
    資料 @ 国土交通省「羽田空港新滑走路建設工事の入札結果についての事務次官コメント」・・・75
        A 国土交通省「羽田空港新滑走路建設工事の契約についての国土交通大臣コメント」・・・76
  (3) 葛西浩徳 「スーパー堤防事業の問題点と最近の動向」 ・・・82
    資料   国土交通省「利根川の現況」 ・・・86

はじめに

   2005年度1年間の公共事業プロジェクトの課題は、公共事業の品質確保を名目とした、大手ゼネコンの言い値で公共事業を受注できる制度の導入、そして、建設投資の減少に伴う、受注実績による業者の選別淘汰も狙うという課題の分析であった。 1年間を通じて御協力を頂いたプロジェクトメンバーに感謝申し上げたい。
  このプロジェクトの責任者に選ばれ、痛感したことは、建設政策研究所が建設産業界を政策的にどうしていくのかの方針を持つことの重要性である。つまり、民主的な政権を作り上げる際の、新「建設業法」、新「国土形成法」、「公契約法」などなど、国民経済政策の中で公共事業はどうするのかなどを考えさせられました。
  これからは建設政策の方向は、環境・住民生活・自然保護を政策課題の中心に据えて、幅広い国民との連携が重要であると考えます。建設の技術者は「シビルエンジニア」と訳されます。土木技術は、国民・市民の為にあるとの原点に立って、今後も公共事業プロジェクトは更に貢献していきたいと思います。(責任者:葛西 浩徳)

1.公共工事の品質確保と調達制度のあり方について
(1)建設政策研究所 「公共工事の品質確保と公正競争に関する見解と提言」
  2005年4月10日
――「公共工事調達制度のあり方に関する提言」及び「公共工事品質確保法」を受けて――

  今通常国会において、自民党・公明党の議員提案として審議された「公共工事の品質確保の促進に関する法律案」(別添条文参照)は、民主党の修正を含めた共同提案として再提出され、3月30日に成立、4月1日から施行となった。本法律は公共工事の品質確保を名目としつつ、大手ゼネコンの技術力本位の落札者決定方式を受け入れ、特に予定価格を民間の技術提案に沿って定めるという事実上予定価格の上限拘束性の撤廃に道を開いている。
 この法律案が提出されるに至った背景には、昨年9月、日本建設業団体連合会、日本土木工業協会、建築業協会の3団体が共同で作成した「公共工事調達制度のあり方に関する提言」(概要は別添資料を参照。以下「3団体提言」という)がある。
 そこで、「3団体提言」の問題点を指摘することにより、本法律の真のねらいを明らかにするとともに、公共工事の品質確保と公正な競争に関する建設政策研究所の提言を行なう。

「3団体提言」の主旨は、大規模工事を始めとする技術的難易度の高い工事と限定しつつ、現行の入札時の価格のみで落札者を決める会計法令に基づく調達制度では品質および競争性の確保ができないという問題意識のもとで
第1に、公共工事の調達制度を、価格競争による落札者の決定から、技術力の活用を通じた競争による落札者決定方式に転換すること。
第2に、技術力を最大限に活用するため、予定価格の制約性にこだわらない価格設定方式を可能とすること。
第3に、予定価格制度を前提としない制度の本格的適用のため、「公共工事調達特別措置法」のような新法を制定すること。 
というものである。
このような大手ゼネコン団体の提言は、1996年の日建連ビジョン「新たな総合建設業を目指して」の中の「価格と品質の調和」の項で同様の提案が行なわれて以降、一貫して主張されている内容である。
ここには、民間技術力活用=品質確保・効率化という図式を盾に、大手ゼネコンへの公共工事受注の集中と工事の大規模化・一括化および大手ゼネコンによる公共工事の計画・設計・積算への参入と新しい利益確保というねらいがある。以下に「3団体提言」の問題点を指摘し、大手ゼネコン本位の品質確保と競争に関する欺まん性を明らかにする。

「3団体提言」の問題点

 1.技術力だけで品質が確保できるのか
   「3団体提言」では「適切な技術力を持たない企業の施工による品質の低下」を技
術力競争の必要性の第1に上げている。
しかし、建設施工の生産組織は、技術力のある元請企業が工事を受注したとしても、実際に施工に携わるのは重層下請下位の専門工事業者及び技能労働者である。
そのため、工事施工に直接携わる専門工事業者や労働者の技能・技術が公共構造物の品質確保の上では決定的に重要であり、元請企業の技術力だけでは公共構造物の品質は確保できない。元請企業の技術力の向上とともに、実際に施工に携わる業者・労働者の技能・技術の向上、そのために必要な工事単価や賃金・労働条件の確保をないがしろにした公共構造物の品質向上は見込めない。「3団体提言」はこの点を無視している。

 2.技術提案を重視した落札方式では大手ゼネコンへの受注の集中および競争性の欠如が生じるのではないか
  入札時の技術提案力に重点を置いた方式は、提案力の蓄積のある大手ゼネコンが圧倒的に有利になる。また、技術力の発揮を理由とした1件あたり発注規模の大型化は羽田空港D滑走路工事にみられるように競争化政策とはならず、談合的独占の構造化をもたらすことになる。

 3.設計・施工一括方式、特に基本設計から民間企業の参入は公共工事の公共性をいっそう後退させ、企業の営利追求目的の設計にならないか
公共工事は多くの国民・市民の生活の利便性、安全性、文化性などの視点で必要とされる構造物を適正な価格で建設されるものである。しかるにその基本設計を営利目的の民間業者に委ねるなら、国民の必要性の視点が歪められるとともに、営利追求を基本とした設計に変質することになる。
 
 4.予定価格を排除または上限拘束性に影響されない落札方式では、大手建設企業提出価格に歯止めが掛からなくなるのではないか。
「3団体提言」にある総合評価方式における予備積算価格方式、予定価格を設けない設計・施工一括発注方式、民間業者の見積り価格をもとにした交渉(確認)方式など、行政機関が行なう工事積算に基づく予定価格設定を行なわない落札方式は、事実上国民の税金を管理する行政機関の責任を放棄するもので、営利を目的とする民間業者に税金を食い物にされる危険が生じる。

 5.技術力・技術提案に対する評価の客観的仕組みが定められていないため、政官業癒着が生じやすくなるのではないか
「3団体提言」では技術力評価の仕組みとして、入札参加業者に対する資格審査の総合点数における主観点数比率を5割に高める、一定の工事成績評点以上のもののみ入札参加を認める工事の選定、履行保証割合の引き上げ、応札者に対する技術ヒヤリングの実施などを上げている。しかし、このような仕組みだけでは、具体的技術提案に対する発注側の提案との比較など客観的比較評価をすることが困難である。そのため客観的評価にもとづく公正な競争ではなく、結果的には、様々な政官業癒着による落札者決定となる可能性がある。


     公共工事の品質確保と公正競争に関する建設政策研究所の提言
  
 公共構造物の品質確保は、工事規模や工事の難易度にかかわらず、すべての公共工事において最重視しなければならない課題である。その前提で難易度の高い工事などには必要とされる技術力を評価し、価格を含めた公正な技術力競争を確保する必要がある。
競争は品質と価格のバランスのとれた競争政策、入札・契約方式が求められる。そのためには、品質に関する客観的評価を点数化するなど公正さが必要とされる。
このような視点から、以下に建設政策研究所の提言を行なう。   

 1. 価格だけでなく、さまざまな条件や評価基準による入札・契約制度の確立
  入札・契約制度については、透明性・客観性・競争性を担保した、公正で開かれた競争による入札・契約制度が望ましい。価格のみによる市場競争万能主義では公共構造物の品質・耐久性確保を保証することが困難である。そこで、技術力を含めた、さまざまな条件や評価基準による入札・契約制度を提案する。
 1)条件付一般競争入札制度の広範な導入
  大手ゼネコンへの受注の集中、不良・不適格業者の参入を防止し、企業間の公正な市場機会の均等を図ることが基本である。そのため、企業規模、技術力、工事実績、経営状態などで業者を等級区分し、ランク別に登録する。工事実績には下請施工実績も評価する。「不適格業者」の名により中小業者を排除せず、中小業者参入を公正に評価する。そしてランク内における業者間の公正な競争を行なう。   
 2)多様な評価基準による政策入札の実施
  施工過程の品質確保を含めた構造物の品質・耐久性確保のため、価格だけでなく、技術提案を含めた品質確保に必要ないくつかの提案を評価に組み入れた総合評価型政策入札を行なう。具体的には、労働安全・公正労働基準、環境への配慮、福祉や男女共同参画への配慮、法令遵守などを含めた提案と評価による落札者決定方式を採用する。入札審査は、公共機関が住民へ公開された等級区分や審査基準に基づき、提案項目の点数評価と価格との加算方式により、厳正に行なう。尚、提案された技術や政策が施工時において確実に実行されているか、労働組合など関係者と行政機関による現場立ち入り調査を行う。
また、難易度の高い工事については技術提案を重視した評価による落札者の決定を行なうが、入札審査は住民への公開性、審査基準に基づく客観性、入札参加業者の競争性確保を前提とする。  
 3)工事種別・規模に応じた分離・分割発注の実施
  工事規模は大手ゼネコンの技術力を重視した工事の一括化や集約化ではなく、中小業者への受注確保に配慮し、工事の地域性を重視した地元業者への受注確保の見地から分離・分割発注に配慮する。そのため、1件工事の大規模化は避け、大規模工事を理由とした技術提案型落札方式を少なくする。
 4)官業癒着につながるゼネコンへの設計・施工一括発注方式ではなく、設計と施工の分離を原則とした発注方式を堅持する。
   設計・施工一括発注方式は公共工事の設計段階に大手ゼネコンなど施工業者が公式に参入する方式で、堂々と水増し設計をすることが可能になる仕組みとなる。また設計者と施工者が同一では、設計どおり施工が行なわれているかチェックが行なえない。このような方式ではなく、むしろ徹底した設計(監理)と施工(監理)の分離を行なうべきである。発注者に設計態勢が確保されていない場合は、民間の設計業者(コンサルタント業者)に発注者の立場から設計委託し、施工者との明確な分離を図る。但し、施工者が発注者に技術提案を行なうVE型設計やVE型入札制度は客観的で厳正な審査を条件に実施する。
5)政官業癒着・談合の厳禁、企業献金の全面禁止、天下りの抜本規制と罰則の強化、内部告発権を認めること
   技術提案型落札方式などが政官業癒着・談合を助長する可能性を排除するため、癒着構造を抜本的に規制し、違反に対しては厳罰を科す必要がある。
   特に政党等への企業献金の全面禁止と罰則の強化、天下りの抜本規制、談合に対する厳罰などとともに、これらを内部から告発する内部告発権を全面的に擁護する。

2.高品質を理由とした工事価格の高騰を避けるため、予定価格の上限拘束性を堅持するとともに、予定価格づくりの厳格化と公開を
  本法律制定による予定価格をあいまいにした落札方式や、交渉(確認)方式など民間業者の見積価格主体の予定価格設定では、税金を原資とした公共工事の価格が民間業者の言いなりに高騰する可能性がある。そのため、予定価格づくりの厳格化と公開性を含め積み上げ積算方式にもとづく予定価格制度について提案する。
1)公共工事の予定価格は公共構造物の品質・安全性・利便性・環境配慮の立場から材料や工法を検討した設計書に基づき、標準的市場単価(材料費、機械経費のみ)を基本に各種条件を加味した積み上げ積算方式により行う。
2)労務費の算出は地域の標準的生計費を基本に、職種ごとに技能程度、難易度、地域の他産業労働者の賃金水準を加味した独自の調査によって作成する。
3)歩掛の算出は施工に携わる下請業者および職人労働者へのヒヤリング・アンケート調査を基本とした職種ごとの標準的歩掛に難易度・特殊性などを加味したものとする。
4)積算に使用する標準的市場単価・労務費・歩掛はその作成過程を含め公開する。
 5)公共機関は積算された労務単価・経費・歩掛が実際に工事施工に携わる下請業者や労働者に反映されているかの監視・調査機能を充実させ、悪質な業者に対する罰則規定を設ける。

 3.工事現場における施工体制の充実、労働条件向上で品質確保の民主的ルール形成を
公共工事の品質や耐久性を確保する上で、最大の課題は今日の重層下請構造に起因
する工事施工体制上のさまざまな問題である。また、それは公共工事調達時の政官
業癒着・談合およびダンピング競争など公正な競争性確保の上でも根本的原因にな
っている。そのため、工事施工現場における公正なルール形成のためのいくつかの
提案を行なう。
1)施工に携わる労働者の雇用の安定と賃金・労働条件の引き上げ、諸権利の保障
 (1) ILO94号条約の批准とともに公契約法(条例)の制定により、公共工事に携わる労働者に関する世間並みの賃金・労働条件の確立
 (2) 建設産業における産別・業種別・地域別労使交渉機構の確立により、賃金・労働条件の全体的底上げを図る。
(3) 元請企業は社会保険料や労働保険料の企業負担、建退共制度活用などの労働費用負担を下請契約に別枠で盛り込み、労働者の直接雇用による雇用の安定を図る
(4) 有給休暇、労災・職業病補償、悪天候・手待保障、無年金者保障などについて行政と業者団体の出資による基金制度を確立する
(5) 建設労働組合の現場立ち入り調査権を広く認め、労働者の労働条件や諸権利確保についてのチェックを可能にする。
  2)技能・技術の発展・継承と現場における技術者配置の充実
   (1)  建設労働者の技能の向上と伝承のために国と地方自治体および建設業者団体がそれぞれの立場から資金を拠出し、建設労働組合を加えた第三者機関による技能教育・訓練校を地域規模で設立するとともに、すでに存在する職業訓練校に対する助成金を抜本的に増額する。
(2) 元請ゼネコンの技術者の現場への配置人員を抜本的に増員し、構造物の品質確保のための技術監理を強化する。また、ゼネコン技術者への安易なリストラ策を中止するとともに、技術者の現場における基本的技術教育を重視し、技術の伝承が図られる人事政策を行なう。
(3)  発注行政機関の技術監理職員の増員により、工事の監理・検査体制の充実を図るとともに、安易に民間委託による監理代行を行なわない。
  3)重層下請施工の是正
(1) 建設業法に基づく元請責任による工事施工上の下請け指導の明確化、下請責任
施工・下請の品質等の自主管理などによる元請責任の回避に対しては法的規制を強化すること。
(2) 元請企業による下請一括発注、さらに一括再下請発注を厳禁すること。
特に施工機能のない商社やブローカーなどのピンハネ業者の元請受注や中間下請参入を許さない。 
(3) 独禁法・建設業法に基づく「優越的地位の濫用」「不当に低い請負代金を条件とする下請契約の締結」「下請代金の減額・支払遅延」の禁止を厳格に実行し、元請・下請間の対等な取引関係を実現する。   
 
2005年4月10日

公共工事の品質確保と公正競争に関する見解と提言
――「公共工事調達制度のあり方に関する提言」及び「公共工事品質確保法」を受けて――

                                建設政策研究所

 今通常国会において、自民党・公明党の議員提案として審議された「公共工事の品質確保の促進に関する法律案」(別添条文参照)は、民主党の修正を含めた共同提案として再提出され、3月30日に成立、4月1日から施行となった。本法律は公共工事の品質確保を名目としつつ、大手ゼネコンの技術力本位の落札者決定方式を受け入れ、特に予定価格を民間の技術提案に沿って定めるという事実上予定価格の上限拘束性の撤廃に道を開いている。
 この法律案が提出されるに至った背景には、昨年9月、日本建設業団体連合会、日本土木工業協会、建築業協会の3団体が共同で作成した「公共工事調達制度のあり方に関する提言」(概要は別添資料を参照。以下「3団体提言」という)がある。
 そこで、「3団体提言」の問題点を指摘することにより、本法律の真のねらいを明らかにするとともに、公共工事の品質確保と公正な競争に関する建設政策研究所の提言を行なう。

「3団体提言」の主旨は、大規模工事を始めとする技術的難易度の高い工事と限定しつつ、現行の入札時の価格のみで落札者を決める会計法令に基づく調達制度では品質および競争性の確保ができないという問題意識のもとで
第1に、公共工事の調達制度を、価格競争による落札者の決定から、技術力の活用を通じた競争による落札者決定方式に転換すること。
第2に、技術力を最大限に活用するため、予定価格の制約性にこだわらない価格設定方式を可能とすること。
第3に、予定価格制度を前提としない制度の本格的適用のため、「公共工事調達特別措置法」のような新法を制定すること。 
というものである。
このような大手ゼネコン団体の提言は、1996年の日建連ビジョン「新たな総合建設業を目指して」の中の「価格と品質の調和」の項で同様の提案が行なわれて以降、一貫して主張されている内容である。
ここには、民間技術力活用=品質確保・効率化という図式を盾に、大手ゼネコンへの公共工事受注の集中と工事の大規模化・一括化および大手ゼネコンによる公共工事の計画・設計・積算への参入と新しい利益確保というねらいがある。以下に「3団体提言」の問題点を指摘し、大手ゼネコン本位の品質確保と競争に関する欺まん性を明らかにする。

「3団体提言」の問題点

 1.技術力だけで品質が確保できるのか
   「3団体提言」では「適切な技術力を持たない企業の施工による品質の低下」を技
術力競争の必要性の第1に上げている。
しかし、建設施工の生産組織は、技術力のある元請企業が工事を受注したとしても、実際に施工に携わるのは重層下請下位の専門工事業者及び技能労働者である。
そのため、工事施工に直接携わる専門工事業者や労働者の技能・技術が公共構造物の品質確保の上では決定的に重要であり、元請企業の技術力だけでは公共構造物の品質は確保できない。元請企業の技術力の向上とともに、実際に施工に携わる業者・労働者の技能・技術の向上、そのために必要な工事単価や賃金・労働条件の確保をないがしろにした公共構造物の品質向上は見込めない。「3団体提言」はこの点を無視している。

 2.技術提案を重視した落札方式では大手ゼネコンへの受注の集中および競争性の欠如が生じるのではないか
    入札時の技術提案力に重点を置いた方式は、提案力の蓄積のある大手ゼネコンが圧倒的に有利になる。また、技術力の発揮を理由とした1件あたり発注規模の大型化は羽田空港D滑走路工事にみられるように競争化政策とはならず、談合的独占の構造化をもたらすことになる。

 3.設計・施工一括方式、特に基本設計から民間企業の参入は公共工事の公共性をいっそう後退させ、企業の営利追求目的の設計にならないか
公共工事は多くの国民・市民の生活の利便性、安全性、文化性などの視点で必要とされる構造物を適正な価格で建設されるものである。しかるにその基本設計を営利目的の民間業者に委ねるなら、国民の必要性の視点が歪められるとともに、営利追求を基本とした設計に変質することになる。
 
 4.予定価格を排除または上限拘束性に影響されない落札方式では、大手建設企業提出価格に歯止めが掛からなくなるのではないか。
「3団体提言」にある総合評価方式における予備積算価格方式、予定価格を設けない設計・施工一括発注方式、民間業者の見積り価格をもとにした交渉(確認)方式など、行政機関が行なう工事積算に基づく予定価格設定を行なわない落札方式は、事実上国民の税金を管理する行政機関の責任を放棄するもので、営利を目的とする民間業者に税金を食い物にされる危険が生じる。

 5.技術力・技術提案に対する評価の客観的仕組みが定められていないため、政官業癒着が生じやすくなるのではないか
「3団体提言」では技術力評価の仕組みとして、入札参加業者に対する資格審査の総合点数における主観点数比率を5割に高める、一定の工事成績評点以上のもののみ入札参加を認める工事の選定、履行保証割合の引き上げ、応札者に対する技術ヒヤリングの実施などを上げている。しかし、このような仕組みだけでは、具体的技術提案に対する発注側の提案との比較など客観的比較評価をすることが困難である。そのため客観的評価にもとづく公正な競争ではなく、結果的には、様々な政官業癒着による落札者決定となる可能性がある。


     公共工事の品質確保と公正競争に関する建設政策研究所の提言
  
公共構造物の品質確保は、工事規模や工事の難易度にかかわらず、すべての公共工事において最重視しなければならない課題である。その前提で難易度の高い工事などには必要とされる技術力を評価し、価格を含めた公正な技術力競争を確保する必要がある。
競争は品質と価格のバランスのとれた競争政策、入札・契約方式が求められる。そのためには、品質に関する客観的評価を点数化するなど公正さが必要とされる。
このような視点から、以下に建設政策研究所の提言を行なう。   

 1. 価格だけでなく、さまざまな条件や評価基準による入札・契約制度の確立
  入札・契約制度については、透明性・客観性・競争性を担保した、公正で開かれた競争による入札・契約制度が望ましい。価格のみによる市場競争万能主義では公共構造物の品質・耐久性確保を保証することが困難である。そこで、技術力を含めた、さまざまな条件や評価基準による入札・契約制度を提案する。
 1)条件付一般競争入札制度の広範な導入
  大手ゼネコンへの受注の集中、不良・不適格業者の参入を防止し、企業間の公正な市場機会の均等を図ることが基本である。そのため、企業規模、技術力、工事実績、経営状態などで業者を等級区分し、ランク別に登録する。工事実績には下請施工実績も評価する。「不適格業者」の名により中小業者を排除せず、中小業者参入を公正に評価する。そしてランク内における業者間の公正な競争を行なう。   
 2)多様な評価基準による政策入札の実施
  施工過程の品質確保を含めた構造物の品質・耐久性確保のため、価格だけでなく、技術提案を含めた品質確保に必要ないくつかの提案を評価に組み入れた総合評価型政策入札を行なう。具体的には、労働安全・公正労働基準、環境への配慮、福祉や男女共同参画への配慮、法令遵守などを含めた提案と評価による落札者決定方式を採用する。入札審査は、公共機関が住民へ公開された等級区分や審査基準に基づき、提案項目の点数評価と価格との加算方式により、厳正に行なう。尚、提案された技術や政策が施工時において確実に実行されているか、労働組合など関係者と行政機関による現場立ち入り調査を行う。
また、難易度の高い工事については技術提案を重視した評価による落札者の決定を行なうが、入札審査は住民への公開性、審査基準に基づく客観性、入札参加業者の競争性確保を前提とする。  
 3)工事種別・規模に応じた分離・分割発注の実施
  工事規模は大手ゼネコンの技術力を重視した工事の一括化や集約化ではなく、中小業者への受注確保に配慮し、工事の地域性を重視した地元業者への受注確保の見地から分離・分割発注に配慮する。そのため、1件工事の大規模化は避け、大規模工事を理由とした技術提案型落札方式を少なくする。
 4)官業癒着につながるゼネコンへの設計・施工一括発注方式ではなく、設計と施工の分離を原則とした発注方式を堅持する。
   設計・施工一括発注方式は公共工事の設計段階に大手ゼネコンなど施工業者が公式に参入する方式で、堂々と水増し設計をすることが可能になる仕組みとなる。また設計者と施工者が同一では、設計どおり施工が行なわれているかチェックが行なえない。このような方式ではなく、むしろ徹底した設計(監理)と施工(監理)の分離を行なうべきである。発注者に設計態勢が確保されていない場合は、民間の設計業者(コンサルタント業者)に発注者の立場から設計委託し、施工者との明確な分離を図る。但し、施工者が発注者に技術提案を行なうVE型設計やVE型入札制度は客観的で厳正な審査を条件に実施する。
5)政官業癒着・談合の厳禁、企業献金の全面禁止、天下りの抜本規制と罰則の強化、内部告発権を認めること
   技術提案型落札方式などが政官業癒着・談合を助長する可能性を排除するため、癒着構造を抜本的に規制し、違反に対しては厳罰を科す必要がある。
   特に政党等への企業献金の全面禁止と罰則の強化、天下りの抜本規制、談合に対する厳罰などとともに、これらを内部から告発する内部告発権を全面的に擁護する。

2.高品質を理由とした工事価格の高騰を避けるため、予定価格の上限拘束性を堅持するとともに、予定価格づくりの厳格化と公開を
  本法律制定による予定価格をあいまいにした落札方式や、交渉(確認)方式など民間業者の見積価格主体の予定価格設定では、税金を原資とした公共工事の価格が民間業者の言いなりに高騰する可能性がある。そのため、予定価格づくりの厳格化と公開性を含め積み上げ積算方式にもとづく予定価格制度について提案する。
1)公共工事の予定価格は公共構造物の品質・安全性・利便性・環境配慮の立場から材料や工法を検討した設計書に基づき、標準的市場単価(材料費、機械経費のみ)を基本に各種条件を加味した積み上げ積算方式により行う。
2)労務費の算出は地域の標準的生計費を基本に、職種ごとに技能程度、難易度、地域の他産業労働者の賃金水準を加味した独自の調査によって作成する。
3)歩掛の算出は施工に携わる下請業者および職人労働者へのヒヤリング・アンケート調査を基本とした職種ごとの標準的歩掛に難易度・特殊性などを加味したものとする。
4)積算に使用する標準的市場単価・労務費・歩掛はその作成過程を含め公開する。
 5)公共機関は積算された労務単価・経費・歩掛が実際に工事施工に携わる下請業者や労働者に反映されているかの監視・調査機能を充実させ、悪質な業者に対する罰則規定を設ける。

 3.工事現場における施工体制の充実、労働条件向上で品質確保の民主的ルール形成を
公共工事の品質や耐久性を確保する上で、最大の課題は今日の重層下請構造に起因
する工事施工体制上のさまざまな問題である。また、それは公共工事調達時の政官
業癒着・談合およびダンピング競争など公正な競争性確保の上でも根本的原因にな
っている。そのため、工事施工現場における公正なルール形成のためのいくつかの
提案を行なう。
1)施工に携わる労働者の雇用の安定と賃金・労働条件の引き上げ、諸権利の保障
 (1) ILO94号条約の批准とともに公契約法(条例)の制定により、公共工事に携わる労働者に関する世間並みの賃金・労働条件の確立
 (2) 建設産業における産別・業種別・地域別労使交渉機構の確立により、賃金・労働条件の全体的底上げを図る。
(3) 元請企業は社会保険料や労働保険料の企業負担、建退共制度活用などの労働費用負担を下請契約に別枠で盛り込み、労働者の直接雇用による雇用の安定を図る
(4) 有給休暇、労災・職業病補償、悪天候・手待保障、無年金者保障などについて行政と業者団体の出資による基金制度を確立する
(5) 建設労働組合の現場立ち入り調査権を広く認め、労働者の労働条件や諸権利確保についてのチェックを可能にする。
  2)技能・技術の発展・継承と現場における技術者配置の充実
   (1)  建設労働者の技能の向上と伝承のために国と地方自治体および建設業者団体がそれぞれの立場から資金を拠出し、建設労働組合を加えた第三者機関による技能教育・訓練校を地域規模で設立するとともに、すでに存在する職業訓練校に対する助成金を抜本的に増額する。
(2) 元請ゼネコンの技術者の現場への配置人員を抜本的に増員し、構造物の品質確保のための技術監理を強化する。また、ゼネコン技術者への安易なリストラ策を中止するとともに、技術者の現場における基本的技術教育を重視し、技術の伝承が図られる人事政策を行なう。
(3)  発注行政機関の技術監理職員の増員により、工事の監理・検査体制の充実を図るとともに、安易に民間委託による監理代行を行なわない。
  3)重層下請施工の是正
(1) 建設業法に基づく元請責任による工事施工上の下請け指導の明確化、下請責任
施工・下請の品質等の自主管理などによる元請責任の回避に対しては法的規制を強化すること。
(2) 元請企業による下請一括発注、さらに一括再下請発注を厳禁すること。
特に施工機能のない商社やブローカーなどのピンハネ業者の元請受注や中間下請参入を許さない。 
(3) 独禁法・建設業法に基づく「優越的地位の濫用」「不当に低い請負代金を条件とする下請契約の締結」「下請代金の減額・支払遅延」の禁止を厳格に実行し、元請・下請間の対等な取引関係を実現する。   
 
(2)葛西浩徳「公共事業品質確保法ガイドラインをどう見るか」

1) 理念法と言われた法律がどこまで具体化されたのか

(1) ガイドラインの概要
○  ガイドラインの構成は、▽工事の品質確保のための技術的能力・技術提案の評価・活用 ▽技術的能力の審査の実施 ▽技術提案の審査・評価の実施 ▽中立かつ公正な審査・評価の確保 ▽発注関係事務の環境整備(データベースの活用) ▽国土交通省による発注者の支援 の6章より構成されている。
○  公共工事品確法を遵守するための中心的な役割を担う総合評価方式については、「簡易型」「標準型」(従来型)「高度技術提案型」の3つに分類している。また、大きな特徴として、現行の総合評価方式では一律10点だった技術評価点を10〜50点までの範囲で決定できることにしている。
○  市町村発注工事の大半が該当する「簡易型」は、簡易な施工計画や同種・類似工事の経験、工事成績などに基づき性能と入札価格とを総合的に評価するものである。具体的には「施工計画の実施手順の妥当性」「工期設定の適切性」「過去10年間の同種・類似工事の施工実績の有無」
○  新聞報道の解説では、「品質確保促進ガイドラインがまとまったことにより、国土交通省直轄工事における品確法の適用が改めて担保された。一方で市町村など地方公共団体(公共事業の3分の2の事業量がある)がきちんと品確法を遵守するかという点に、業界関係者は強い懸念を抱いている。根底には、品確法に罰則規定が定められていないことが挙げられる。」としている。
(2) 高度技術提案型
「高度な技術提案を要する工事については、ライフサイクルコスト、工事目的物の強度、耐久性、共用生(維持管理の容易性)等、環境の維持、景観等の評価項目に基づき、性能等と入札価格を総合的に評価する。この場合、技術提案を履行するための必要な費用は、必要に応じて単価表等の提出を提案者に求める。優れた提案の全体を採用出来るように予定価格を作成すること。 」となっており、これまでの発注者の積算に高度技術を名目に民間企業の予定価格を上載せ出来る制度である。従って、民間の予定価格の審査が極めて重要となる。
(3) 標準型
「高度な技術提案を要する工事及び技術的な工夫の余地が小さい工事以外の工事(評価項目に必須なものが含まれないものに限る)について、環境の維持、交通の確保、特別な安全対策等の評価項目に関し、性能等を数値化し(数値方式)、または、定性的に表示する(判定方式・順位方式)ことにより、性能等と入札価格とを総合的に評価する。 」となっており、従来の予定価格の範囲内ではあるが、技術的に性能が高い業者が落札できる仕組みである。ただ、この性能等の数値化作業は難しいものと考えられる。
(4) 簡易型
「技術的な工夫の余地が小さい工事で、評価項目に必須のものが含まれない工事については、簡易な施工計画や同種・類似工事の経験、工事成績等に基づき性能と入札価格とを総合的に評価するもの。 」となっている。従って、審査は容易ではなく、何を根拠に性能を評価するのか明確な判断基準を持つのは極めて困難である。
(5) 共通する有資格者業者名簿の作成に際しての資格審査
○ 資格審査に当たっては、経営事項評価(共通)点数、工事成績による技術評価(特別)点数を加えて評価する。そして、土木・建築工事の規模(予定価格)によって、A等級(7億2千万円以上)、B等級(3億円以上〜7億2千万円以下)、C等級(6千万円以上〜3億円)、D等級(6千万円以下)にランク分けされる。
○ 経営事項評価(共通)点数=0.35.(年間平均工事高点数)+0.20(技術職員の和)+0.10(自己資本額及び建設業に従事する職員の数の点数)+0.20(経営状況の点数)+0.15(労働福祉の状況)
○ 技術評価(特別)点数=過去4年間の直轄工事の工事種別毎の工事実績から契約金額や工事評定点、工事難易度などにより計算される。
従って、基本的には現在の工事高等で85%が決定される仕組みである。労働福祉の状況(建設業退職金共済制度加入、退職一時金制度導入、企業年金制度導入、法定外労働災害保証制度加入、雇用保険加入、健康保険及び厚生年金保険、賃金不払い件数)は、15%しか加味されないのである。つまり、重層下請け構造の中で建設労働者の福祉や賃金不払いなどがほとんど評価されないのである。これでは、品質確保のための第一線の建設労働者の事は全く考慮されていないのである。

2) これまでの報道で建設業界の声は何か

(1) 建設通信は「品確法の行方」という特集を掲載した。
○ 交錯する期待と不安 微妙な温度差は摩擦も
公共工事の市場縮小に連動して、ダンピング(過度な安値競争)、排除できない不良不適格業者など、不満が極限まで高まった地方業界は、「地方業界は今、塗炭(とたん)の苦しみにあえいでいる。しかし、品確法は改革と受け止めている。だが問題もあり予断を許さない」(山梨建設業協会会長)と発言し期待と不安に揺れる心をあいさつしている。実は、根強い不安とその裏腹にある期待の大きさでも微妙な温度差が国土交通省など発注者、全国大手ゼネコン、地方建設業界ごとにあるだけでなく、国土交通省内部や地方業界毎にも地域ごとにも存在する。
○ 総合評価導入を徹底 蓄積が自治体普及のカギ
国土交通省の佐藤信秋次官は「全国で総合評価がどのくらい出てくるのかについては、本省でああしろこうしろという話しではない。現場で工夫してほしいということだ。」「小規模工事も含めて総合評価を徹底的に導入すると言うことを要請した。要は(国民、他発注者に対して品質確保法に対する国土交通省の姿勢を)はっきりみせること」「習熟期間は必要、特に小さな工事はいろいろな試行錯誤もあるが、価格だけでなくごくごく簡単な評価でも総合的な評価をすることが大事。だから、2億円未満でも徹底的にやる。その習熟の中で「こんな項目をこのように評価したら、小規模工事でも適用出来るんじゃないか」という認識になる」と話している。しかし、市町村ではいまだ総合評価方式はねずいていない。そこで直轄での事例を増やすことで結果的に、学識者を含め評価が出来る人材の拡充を急いでいる。しかし、急激にかじを切ることに国土交通省内部でも微妙な温度差が出始めた。
○ 進むか職員の意識改革 業務量急増を懸念
国土交通省内での温度差について、門松関東地方整備局長は「多少乱暴に言えば、職員の頭をぶったたきたい」と表現している。地方整備局内の温度差の最大の理由は、職員の業務量増大への懸念だ。
○ 期待は市町村合併 前向き発注者を全面支援
国土交通省のある地方整備局が管内自治体に呼びかけ、ようやく開催にこぎつけた協議会の初会合では、たたき台に「成績評定要領がない自治体は年度内に整備し、技術評価・監督・検査体制が整備されている自治体は総合評価の試行」が明記されていた。しかし、整備局の意に反して、ある県土木部幹部の「ちょっとまってほしい。性急すぎる」との声を引き金に反発の声が相次いだ。ある町の幹部は「財政事情や予算措置もある。いきなり年度内にどうこうするなんて、とてもできない相談だ」と明確に反対した。
○ 落札の原則と例外が逆転
理論上、会計法が制定された明治以来、一般競争入札、指名競争、一般競争と入札・契約制度の柱が変わっても、最低の価格を入れた者を落札者とする価格競争方式は、品質確保法によって例外となり、価格以外の多様な評価を含めた総合評価による落札者決定が原則になる。実現すれば公共調達の革命となり得る。
○ 両刃の剣でも・・腹くくる 技術者専任で問題顕在化
 地場ゼネコンのトップは「地元の中小業者にとって総合評価導入の最大の問 題は技術者専任問題(実態)が白日のもとにさらされる」と解説する。自治体発注の小規模工事では厳密に専任のチェックは行われていない。主任技術者や監理技術者の現場専任は、不良・不適格業者排除につながるとされている。さらに、「技術審査というハードルを低くすると跳び越える馬(応札企業)は増えてしまう。弱に高くすれば今までより少なくなる。技術に優れた企業に頑張ってもらうためにはどちらが良いのでしょう。」

 (まとめ)
  つまり、日本の重層下請け構造の中、大手ゼネコンと圧倒的中小企業にとって、この法律への期待の温度差が違うと言うこと。地方自治体では、財政や技術者配置問題もあり、総合評価方式の導入には相当期間要することも考えられる。そして、総合評価方式を全ての工事で試行しながら進めることにより、技術に優れた一部企業が集中的に受注し、専任制の問題が明確になりながら、中小企業が倒産していくことが考えられるということである。

3) ガイドラインの運用でどういうことが起こると予想されるのか

(1)  これまでの国土交通省の試行を新聞報道だけで、見てみると中国地方整備局で行った総合評価方式、提案と対話による技術力重視の調達方式の採用を試行している。2004年度の「国道2号岡山市内立体高架橋工事」では、現行の落札額97%で、「上部工と下部工で独自工法を採用を提案した。その結果、移動多軸台車とトラッククレーン・ベント併用架設工法の採用による上下部工同時並行作業の実現、橋台の分離施工および基礎工の簡略化などにより、規制日数を約90日短縮し、約10億円の改善が見込まれた」としている。
(2)  また、関東地方整備局でも、河川構造物の総合評価方式の契約が行われた。その時の評価は、やはり工期の短縮である。従って、考えられることは、工期の短縮が総合評価の重要な評価項目となることは容易に想像される。しかし、この評価方式は、労働強化や急速施工に伴う構造物への影響、安全対策軽視を助長することになる。実際の工事で十分検証する必要がある。
(3)  ガイドラインの運用は、まず国土交通省直轄工事で試行され、徐々に地方自治体に広がると考えられる。佐藤次官が発言しているように評価項目は試行しながら考えるというものである。従って、評価項目が工期短縮など安易な方向に流れれば、建設労働者への労働強化、安全軽視、急速施工による構造物の品質への重大な問題が懸念される。また、ガイドラインの運用の仕方によって、一定ランク以上の企業しか受注できす、受注企業が一部に集中し、重要下請け構造の日本の建設業にとって、倒産が相次ぐことも予想される。
(4)  先日の第12回全国建設研究・交流集会では「品質確保法のガイドラインは、官製談合法」だとする分科会での仲間の発言もあった。日本には欧州のような公契約法も労働協約など建設労働者の生活や福祉を守る下支えの制度が欠如しており、下支えの制度がない中で技術力=安易な工期の短縮の運用に流れれば建設労働者の労働強化によって技術力が左右するという事も考えられる。結局、高級官僚が天下っている企業を優遇し、その企業も建設労働者の労働強化、賃下げで早く・安く大もうけしながら、その他の中小企業は倒産していく構図になるとも考えられる。このようなことにならないように具体的な検証と建設労働者への聞き取りなどや監視と運動が重要である。

4) 工事の品質確保の為には何が必要か(政策方向)

○  公共工事の品質確保について何が必要なのか、「本当に品確法で可能なのか」この命題についての現時点での、公共事業プロジェクトとしての答えは、「運用状況を監視しないと分からない」である。前回の私の提案でも指摘しているが、日本の建設産業の大手ゼネコンの政官財癒着体質、重曹下請け構造によるダンピングの構造体質、中小零細建設業者と建設労働者を単なる労務・資材としか見ない前近代性が今でも残っている中で、本当に品質が確保されるのかは極めて疑問である。更に、欧米諸外国と比較しても、賃金や労働条件についての産業別協約が無く、公契約法も存在してない。つまり、企業の論理だけがまかり通る、産業構造となっているのである。
○  建設産業が民主化されていないのである。つまり、技能を消耗し続ける構造であり、建設労働者が自ら技術的能力を再生産できないほどの低賃金構造である。その改善を法律で規制することもなしで、ピンハネ構造を野放しにしておいて、建設技術者の技能や継承は不可能である。公共構造物の品質向上は、建設労働者の技能の向上と標準的な工程、完全確保を伴った快適な作業環境で確保できると考えるべきである。構造物を作るのは、建設労働者である。この観点を置き去りにして、いくら入札・契約制度を変更しても、真の品質確保にも、長期的な品質確保にもつながらないのではないか。
○  国土交通省のガイドラインでも、評価点の構成の最大のウエートは、「政官財癒着構造」と「重曹下請け構造による構造体質」を前提として蓄積した自己資本比率や完成工事高が大きいことからも明白である。労働状況は15%しか考慮されていない。これでは、建設残業の非民主的な構造を変えることにはならない。
○  公共事業プロジェクトとしては、やはり、日本の今後の「国民の為の経済政策」として、「公共工事の品質確保のために若年労働者の職場確保」「建設労働の再教育と高度化の為の低賃金構造の是正」など具体的な指標を示しどう改善するのかの目標を持つことが重要である。そのために、国土交通省、厚生労働省、中小企業庁などが連携して具体的政策を実施することが重要である。
○  現在の建設産業構造を前提に、いくら入札・契約制度をいじっても、改善されないと結論付けるのはこうした、国家全体の目標が無い中では、所詮対処療法でしかない。しかも、諸刃の剣とも言われる「公共事業品質確保法」の負の側面である、「技術力に名を借りた建設業界の選別・淘汰」に利用されることとなる心配の方がが大きいのではないか。
○  「技術力」の大きな要素は、前述したように自己資本や完成工事高、工事の評定点数ということで落札者が自動的に決まることとなるので、これまでの談合は成立しない。そういう面では、好いかも知れない。しかし、これまでの実績が事前に評価され、ほぼ落札者がきまることから基本的に現在の「勝者」と「敗者」は決定的となる。今回の品確法ガイドラインの狙いは、ここにあると思う。つまり、理念法で正義の法律がごとく法案が成立し、ガイドラインでは今までの「勝ち組」がより一層「勝ち組」となるガイドラインであることを明確にしたと言える。
○  小泉改革と構造改革路線は、弱者の企業をくじき、強者をより強くするという経済政策であり、国土交通省の官僚がこうした方向で政策を作っていることは明らかである。国家官僚がそういう具体的政策を取るのは当然であり、自然である。だから、公共事業プロジェクトとしては、日本の経済政策の方向性が重要であることを主張するのである。この段階では、この程度の解明となるが、今後の運用の事例が全国各地で明確となる中で、我々の分析が証明されるかどうか監視する必要がある。
以上

2.PFI法の「改正」について
(1)建設政策研究所 「PFI法の一部改正」に関する見解」       
2005年11月10日                         
政府が推進する「構造改革」の柱である「官から民へ」という政策は、経済活動や国民生活への国の関与を最小限にし、行政が責任を持って行なうべき公共事業を営利目的の民間大企業に委ねるものである。この政策に応え、公共施設の設計、建設、管理、運営のすべての過程において、「民主導」の事業形態で進めるのがPFI事業である。
PFI法は1998年の通常国会において議員立法として提出され、翌99年7月に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI促進法)として成立した。
その後、2001年11月に二つの点で大きな法「改正」が行なわれた。第1は、公共施設等の管理者に衆参両院議長、最高裁長官、会計検査院長を加え、行政府だけでなく三権のすべてをPFI事業の対象としたこと。第2には行政財産をPFI事業以外の事業との合築においてもPFI事業者に貸し付けることを可能としたこと。
 そして今通常国会(第162)ではこの延長線上でさらに大幅に民間事業者に特典を与える法「改正」が行なわれ、8月5日成立、8月15日に公布された。
 建設政策研究所は「公共」の性格を歪め、民間大企業の収益確保に最大限の公的支援を行なうPFI事業には基本的に反対する。その上で本法律「改正」が「公共」と称しながら、「民間」との境界を大きく踏み越え、いっそう民間事業者の収益確保に特典を与え、国民の公共の権利を剥奪するものとして、その問題点を明らかにし、「改正」に反対の態度を表明するものである。

PFI法「改正」の主な事項と問題点

1. 国公有財産(行政財産)の貸付けの拡充
 (1) 公共施設等と民間施設との合築建物の場合 
   合築建物に係わる行政財産である土地を、PFI事業者から特定民間施設(PFI施設を含む1棟の建築物《特定建物》の民間施設部分)を譲渡された第三者にも貸付可能(再譲渡の場合も同様)とした。     (第11条の二)
(2) 合築以外の形態による民間施設の併設の場合
特定施設(教育文化施設、熱供給施設、新エネルギー施設等の第二条第一項第三号及び第四号に掲げる施設およびそれに準ずる施設で政令で定めるもの)の設置事業で選定事業(PFI事業)の実施に資すると認められるもの(特定民間事業)の用に供するため、行政財産を当該特定民間事業を行なう選定事業者(PFI事業者)に貸し付けることができるようにした。さらに選定事業者が特定民間事業に係わる特定施設(特定施設を利用する権利を含む)を譲渡する場合、当該行政資産を当該特定施設の譲渡等を受けた第三者に買し付け可能(再譲渡の場合も同様)とした。               (第11条の三)

 《問題点》 
   当初のPFI法では、行政財産である土地を特定事業を行なうPFI事業者に貸付けるものであったが、前回改正により、特定施設に合築した民間建物を包含してPFI事業者に貸付けることを可能とした。
   今回の改正は、合築された特定建物の内公共施設(PFI施設)以外の特定民間施設を選定事業の契約解除・終了後においてPFI事業者が引続き所有・運営する場合、行政資産である土地を貸付けることを可能とした。さらにその特定民間施設を選定事業者(PFI事業者)が他の民間事業者に譲渡する場合、譲り受けた他の民間事業者に行政財産を貸付けることを可能とした。
  また、合築以外の特定施設の併設事業で選定事業の実施に資すると認められる場合は、併設地の行政資産をPFI事業者に貸付けることができるようにする。さらに特定施設の選定事業の終了あるいは契約解除後においても、併設地の行政財産を貸付けることができる。さらにPFI事業者が他の民間事業者に特定施設(その権利を含む)を譲渡する場合に譲り受けた民間事業者に行政資産を貸し付けることを可能とした、というものである。
   このように国民の財産である国公有地がPFI施設と合築または併設ということを名目に、民間不動産事業を行なう事業者に貸与することができるようになる。さらにそれが不動産事業を行なう不動産投資事業者にも貸与され、優良な投資物件として機能することにつながる可能性もある。国民の財産である国や地方自治体の土地は、本来国民生活や安全上の空間として、公園や災害時の避難場所として、さらには公営住宅用土地などに利用されるものが、一部営利業者に半永久的に使用権を委ねることになる。そして最終的には再売却、証券化等を通じ、行政財産の使用者すら不明ということになりかねない。

2.PFI事業がサービス分野を対象とすることの明確化
 目的規定に「国民に対する低廉かつ良好なサービスの提供を確保する」を明記
(第3条1第4条3−1)
指定管理者の指定に当たっては選定事業の円滑な実施が促進されるよう配慮する
                          (第9条の二)

《問題点》
  これまでのPFI事業は民間事業者による設計・建設に重点が置かれていたが、管理・運営面において民間のノウハウをいっそう活用する手法に転換を図るもの。
   PFI事業を建設に重点を置いた場合、初期投資が大きくなり、金利負担をカバーすることが大変となる。試算では契約期間を20年とした場合、初期投資がライフサイクルコストの40%を超えると事業のメリットが期待できない、と言われている。そのため、これまでのハコ物偏重のPFI事業から病院や保育園など、マンパワーに依拠する施設の管理・運営に重点を置こうというものである。
   これは、これまでの公務員による管理・運営からパート・派遣労働者など低賃金・不安定労働者に置き換えることと連動させ、PFI事業としての土地使用や税制上の特典を得ながら、民間事業者が初期投資の少ない管理・運営を行なうことにより収益性の高い事業に転換するものである。
   しかし、運営において経済効率が重視されることにより、公共性としての @地域社会の共同利益、A住民サービスの質や安全性、環境対策などが軽視されることになる。また公共物の利用料金設定が高くなり、利用者負担増につながる可能性もある。さらに収益性を重視するため、維持管理への投資が十分に行なわれない懸念がある。その結果、公共物の安全性が低下し、利用者や周辺住民の安全が損なわれる可能性がある。
また、PFI事業をサービス分野に重点を移すことにより、指定管理者制度などNPM(自治体等の公共セクターに新しい管理方式を適用する)にもとづく公的施設のあらゆる分野に、営利を目的とする企業が参入し、民間運営手法を導入しつつ、PFI法に基づくさまざまな恩典を得ることにより収益性を向上させることになる。

3.民間事業者の選定にあたって価格以外の評価方法の採用
公共施設の管理者等は、民間事業者の選定を行なうに当たっては、原則として価格及び国民に提供されるサービスの質その他の条件により評価を行なうものとすること。
(第8条2)

《問題点》
  法改正の主旨は、PFI事業における民間事業者選定を行なうに当たっては、価格だけでなく民間事業者の持つ技術力や経営資源を選定の評価基準に付け加える方式を採用するとともに、管理・運営におけるサービスの質の評価を重視した選定を行なうということである。しかし、そもそも公共事業で行なうかPFI事業で行なうかを選定するVFM(Value For Maney:公共サービスの提供についてPFI方式による公共施設等の建設、管理、運営等の公共の負担コストを現在価値で算出したものと、公共が自ら実施する場合の事業期間全体を通じての公的財政負担の見込み額の現在価値を比較すること)の算定は単純にコスト比較を行なうもので、財政負担の少ない事業方式を選定するものである。これまでのPFI事業選定におけるVFM比較をみると、公務員の人件費と民間非正規労働者の人件費との単純比較が行なわれ、より低賃金・低労働条件の非正規労働者の使用を前提としたPFI事業が選定される場合が多い。これは結果的に国民に提供されるサービスの質の低下につながる。また、民間運営におけるサービスの向上は結果的に利用者負担の増大を招き、公共性が阻害されることにもつながる。そのため、PFI事業の事業者選定においてサービスの質を問うなら、そもそもVFM評価時に安易なPFI事業の選択ではなく、公共の責任による建設、運営・管理を選択することが、利用者にとって安全な施設づくりと質の高いサービスを提供されることにつながる。


3.国土総合開発から国土形成計画への移行について            永山 利和

はじめに

1950年に制定された国土総合開発法(=国総法)が廃止される。国土総合開発法に替わっ
て国土形成計画法がまとまって、国会に上程されている。国総法廃止と国土形成計画法への移行はどのような意味を持っているのだろうか。この点を検討するのが本稿の課題である。

1. 国土総合開発法の法的形成過程と経済政策関連法体系

 国土総合開発法(=国総法)は、1950年に制定された。この時代、戦時経済政策はすでに終止符が打たれた。とはいえ戦争遂行の統制経済体制が色濃く残っていた。すなわち、当時国家総動員法等は廃止され、「物資動員計画」(戦争遂行のための物資の需給調整とそのための必要な諸手段の調達・確保)、「労務動員計画」(戦争遂行の国内・外の労働力調達、とくに中国、朝鮮半島から国内外の炭鉱、鉱山等への労働力需要に応える計画と実現)等は廃棄されていた。だが、「交通動員計画」(戦争遂行に必要な物資、人員の輸送に調達・投入すべき船舶、鉄道、トラック等の交通手段の調達・確保)は生きており、船舶の国家による保有・操船(オペレーション)、食糧需給調整のほか特定資材等に関する需給調整、物価統制令等がまだ機能していた。
 国総法制定までの簡単な経過を国家の経済計画のうち、国土利用に関連する主な経過を振り返ると、以下のようである。
 まず、1945年9月内務省は、地理調査所を設置し、11月戦災復興院を設ける。これらを受けて1945年11月内務省の「戦災復興基本方針」、翌1946年に「公共事業処理要綱」等を閣議決定し、経済復興計画がスタートする。1946年11月に新憲法が公布され、同年12月に戦後日本の経済復興計画、すなわち戦後平和国家日本の経済計画を定める。すなわち、この計画は、鉄鋼・石炭増産とそのための電力供給等の生産条件整備を経済危機突破の最重点課題とし、「傾斜生産方式」として閣議決定される。
 同時に内務省は「復興国土計画要綱」を発表した。1947年5月内閣は総理大臣直轄の「国土計画審議会」を設置する。同年9月、内閣は「電力危機突破対策」、鉄道を「重点産業」に指定し、内閣主導の「経済復興計画」、すなわち「傾斜生産」方式推進し始めた。
他方、1948年、GHQが「道路維持修繕5ヵ年計画」の覚書を内閣に送り、1946年の全国道路状況調査に基づき1948年「道路修繕に関する法律」をもとに、道路整備方針も動き出した。また1948年12月に日本国有鉄道法が公布され、鉄道中心の輸送復興が動き出した。
  国土計画が、戦後経済復興という経済政策の一角を担って、経済の安定的発展とその骨格となる主要交通手段を整備するとともに、日本国憲法が規定した新しい地方自治体を主体とした地域経済社会発展をどのように進めるかが課題となった。近代日本は、戦後憲法が生み出した地方自治体を基盤に、日本社会史上初めて地域主体の経済社会発展方策を可能性を有する体制が生まれようとしていた。

2. 国総法の位置と基本的体系

 これら戦後経済復興の流れを一つの体系の形成視点から捉えると、基本的に次のような枠組みとして整理することができよう。すなわち、
@ 日本経済のインフレ収束、財政・金融システムの再建等、マクロの経済政策の確立、
A 建設省(1948年7月)、運輸省(1948年6月)等、経済政策を推進する行政組織の設置、
B 1949年10月に戦後復興計画を具体化する「再建5カ年計画」、とくにフルセット型の産業(構造)政策であり、さらに
C 建設業法制定(1949年5月)に見るように民間建設業の活動基準法規の制定、これらにあわせた土地改良法(同年6月)、測量法(同)、水防法(同)等の活動基準法規に加え、
D 中央建設業審議会設置などにより公共事業推進に必要な骨格組織とその基本法規が整備された。
これらによって、一応、当時の状況に不可欠な公共事業推進体制の骨格が整えられた。この@からDまでの流れは何を示しているか。それは、新たに組織された地方自治体とその根拠法である地方自治法(1947年)などの制定に対応し、日本経済復興計画に対応する経済成長・フルセット型産業政策を地域開発政策として受け止める法が欠落していたことである。このために、経済復興計画と国土の効率的利用とを統一させ、地域経済振興を地域経済開発計画として新たに策定・実施し、これに基づいた地域開発を推進する地域開発基本法というべき「国土総合開発法」が制定されたのである。
 ここで注意したいのは、戦後日本の経済復興計画の柱が、
@ 日本経済復興、
A その担い手として戦前の産業政策の欠点を是正しフルセット型基幹産業の復興政策に加え、
B これらを地域経済復興に繋げる方策、という三つの柱からなる政策体系を形成したことである。
経済復興は内閣主導で閣議決定される政府の「経済計画」、産業復興は高度経済成長期の主要部門別のフルセット型産業政策、そして地域経済復興は全国総合開発計画に集約される地域開発政策として体系化し、展開する基礎が生まれたのである。
 これらの体系のうち、経済計画については基本法規をついに制定しないまま、今日に至る。これは日本の経済政策の根本が未確立のまま、今日に至っていることを示している。それに比して、産業政策関係法を除いた法領域がいわゆる「国土整備法」分野である。
「国土整備法」には、@土地利用関連法、A住宅、B公物・公共施設、C公共用地取得、D地域開発、E都市計画という6分野がある。@とCが土地利用ないし土地収用法であり、AとBが構築物に関する法規であり、DとEが土地利用と建築に監視する総括的法規である。
 これらの諸法規領域の中で、国土総合開発法は、日本経済発展を地域主体の方向と国家の総合的視点との双方から調整し、地域における産業配置のみならず、地域経済発展に関する法規である。それは国総法の第1条は、国総法の目的を「経済、社会、文化等に関する施策の総合的見地から、国土を総合的に利用し、開発し、及び保全し、並びに産業立地の適正化を図り、
合わせて社会福祉の向上に資する」とし、これに基づいて今日まで4回の全国計画を策定した。
 また、国総法は、第7条で全国総合開発計画、都道府県総合開発計画、第8条では二以上の都道府県をまたがる地方総合開発計画、第10条では未開発地域が独自に進める特定地域総合開発等、各種地域レベルの開発計画を可能にする重層的構造を持っていた。国総法はこの点で本来ならば地域側に計画への説得的内容と主体性とを備えていれば、地域独自の自然条件の保全・活用、社会的・歴史的条件を踏まえた開発計画を作り、過疎・過密の弊害をもたらさない計画立案とその追求を可能にする法規であった。ただし、現実には、北海道をはじめとするブロック地域開発が進行し、北海道開発法(1950年)、首都圏整備法(1956年)、東北開発促進法及び北陸地方開発促進法(1957年)、九州地方開発促進法(1959年)、中国地方開発促進法及び四国地方開発促進法(1960年)、近畿圏整備法(1963年)、中部圏開発促進法(1966年)等、16年間にわたって全国の各ブロック開発法規が制定された。都道府県地域という地域中心よりもブロック圏重視の大型開発方式に重点があったように見える。
 かくして真に地域の時代を導く地方自治に基づく自立的開発計画は頓挫してしまった。しかし自治的開発計画や地域の自立的発展がなぜ頓挫したのか、その真の原因解明はいまだに十分なされてはいない。それは国総法自体によるよりも、もう一つ国家経済政策と国土計画全体における関係における基本的欠陥に要因があるといってよいであろう。

3. 国総法における基本問題

 国総法は、そもそも戦後日本の経済復興を地域経済に及ぼすことを意図していたのであり、高度経済成長期以降の資本蓄積優先地域開発型を最初から課題にしていたわけではなかった。それだけでなく、むしろ、全国、都道府県、地方総合開発計画、特定地域総合開発計画等、多様な開発可能性を持っていた。
 しかし実際には、四回にわたる全総計画を導いただけで、均衡ある地域開発よりも地域破壊を薦めた法的機能が前面に出て、国総法そのものに欠陥を持っていたという評価が多い。これは全国総合開発計画が基本的に、時の経済政策推進の道具と化して、地域開発、より厳密には地域からの主体的開発ではなく、企業誘致政策法的機能に見られてしまった。
 確かに、高度経済成長期には全国総合開発計画(1962年)は所得倍増計画に対応した
地域間均衡ある発展を目指す拠点開発方式であった。新全総(1969年)は高度経済成長の更なる飛躍を目指した大規模プロジェクト推進計画であり、その期中に田中角栄の“日本列島改造計画”が出て、大型開発思考は一層増幅された。さらに三全総(1977年)は成長率鈍化の影響を反映して“高度経済成長から安定成長”への移行をはかり、国土利用の均衡と居住環境整備、すなわち定住圏構想が鳴り物入りで打ち出され、企業誘致推進中心の全国計画策定基調の転換を示した。しかし企業誘致中心開発思考は地域に根強くのこり、その裏返しというべき都市集中は止まらず、定住圏構想どころではなかった。そこで四全総(1987年)は、三全総の失敗を認め、東京圏への一極集中の阻止、首都圏への集中エネルギーを分散させる多極分散型国土形成とそれに必要な交通ネットワーク構想を打ち出した。
 高度経済成長期の企業誘致政策から過密・過疎の解消と称する均衡ある国土利用は次第に過疎問題等を放棄し、五全総に相当する「21世紀の国土のグランドデザイン」は、多軸型国土構造形成、多様な地域間連携等、既存のストック活用型の計画構想を示し、開発型地域計画の転換を示して、公共事業、公共投資の「選択と集中」の時代への転換を模索してきた。
 ところで、四回にわたる全総計画は、国土破壊現象という傷を残した。したがって、本来の地域開発に関していえば国総法は遅かれ早かれ修正か、再編が避けられないと評価されている。しかし、国総法は、すでに述べたように、全総開発計画だけ単独で企業誘致や公共事業を実行しているのではない。国会も関与する産業政策に比べ、内閣決定の経済計画そして国家予算・財政投融資による公共事業・公共投資計画との合作出実施され、その一貫を国総法が担っていたのであり、国総法のみに問題があったわけではない。むしろ最も大きな欠陥は、本来政府の経済計画が明確な法的目標を有していないことといわなければならない。
高度経済成長期には、良質な雇用拡大、農林漁業の発展、都市地域における住宅建設等が求められよう。また過密・過疎問題の深刻化した70年代以降には進行したインフレ抑制、農村部への企業誘致とともに地域中小企業振興、80年代には金融政策、土地利用の民主化、独禁法強化、大企業会社法制民主化、株式市場改革を進め、国内生活環境整備等の推進が必要であった。さらに90年代以降では雇用・失業政策を中核とする経済政策を推進すべきであった。これらが実行できないのは、欧米で規定されているような経済成長法のような経済政策に対する中央政府の基本法が制定されないまま、戦後60年間も放置されてきたことに基本要因がある。無論時々の経済政策が、与党・内閣が予算編成・財政投融資計画立案権を独占され、しかも国民に経済政策の失敗の責任を追及させない法体系を放置してきた。国総法の真の役割、機能が発揮されなかったのは、この根本的法制、政策体系の欠陥が是正されなかったことを指摘しなければならない。すなわち、国家目標として経済政策基本法が制定されず、それゆえに問題の本質解明を曖昧にする体制が生まれてしまった。この経済政策体制上の欠陥が是正されなければ、分部的法律改正が進められても良い結果が生まれないであろう。
 ドイツの経済政策は、「経済成長法」が規定する失業者の削減、財政収支均衡、国際収支バランスの確保・維持を目指して経済成長を図ること、すなわち“黄金の四角”を政策目標とすること、これがドイツ国家の経済政策目標である。この基本法によりながら、国家目標を実現する地域政策としての国土利用、公共投資政策を誘導し、州政府、都市自治体と商工会議所等の地域経済団体を結集し、開発を進めてきた結果、今日の戦争で破壊されたドイツの美しい国土と無秩序で、醜い戦後日本の景観差となって表現されている。かつてトーマス・クックが“ガーデン・アイランド”と呼んだ日本の美しい景観が、イギリスのガーデニングに展開するほどの影響力を持っていた日本の景観、すなわち国土は、経済成長のなかで醜い大都市空間に象徴されるスプロールの典型に変質した。この独日対比から政府と市場の失敗が反省されるべきであろう。

4. 新国土形成法の問題点

 基本問題が何等論議されず、また経済政策における国土問題の位置を踏まえた批判や論議がほとんど行われてこないまま、国総法が改正ないし廃止され、今回の国土形成計画法になったわけである。その点では、今回の改正ないしは新法制定で改善がたとえあっても、本質的改善に繋がることを期待するわけには行かないであろう。国土形成計画法はその第一条の国総法の目的規定を改め、「国土の地用、整備及び保全を推進するため、国土形成計画の策定とその他の措置を講じることにより、国土利用計画法による措置と相まって、現在及び将来の国民が安心して豊かな生活を営むことができる経済社会の実現に寄与する」に改めている。
@ 国土形成計画における目的変更の新の狙いは、第二条に関わる天然資源を「国土資源」とし、新たに海域における排他的経済水域、大陸棚を規定して、日本海海域における領有問題ににらみを利かせている。これは、国威発揚の意味を込めている点で注意を要する。
A また、国土形成計画法には、「我が国及び世界における人口、産業その他の社会経済構造の変化に的確に対応し、その特性に応じて自立的に発展する地域社会、国際競争力の強化及び科学技術の振興等による活力ある社会経済、安全が確保され、国民生活並びに地球環境の保全に寄与する豊かな環境の基盤となる国土」の施策と国内外の連携確保に配慮し、適切に計画を定める、としている。この転移ははっきりとフルセット型産業政策からグローバリゼーション対応の産業政策とこれにこたえるスーパー中枢港湾、国際新空港等の“ハブ(車輪の車軸機能)”的機能を集中的に整備することを示している。
B 国土形成計画は、全国計画と広域地方計画とに区別し、国土計画とともに首都圏、近畿圏、中部圏の3ブロックを広域地方計画地域とし、北海道を除き、東北開発促進法、九州地方開発法、四国地方開発促進法、北陸地位法開発促進法、中国地方開発促進法が廃止される。これらは、グローバリゼーション対応には、首都圏を国際都市化するとともに三大都市圏地域を集中的に整備し、国際競争に耐えうる地域とする。残るところは、それぞれ地域で考慮してほしいという、国家による地域選別政策となっている。
C 逆から見ると、三大都市圏域は整備するが、それ以外の地域を国家は地域に委ねる、というものである。均衡ある国土形成方策に対照的に日本列島の一部に限定し、財政危機も加わっているから、これらに対応した集中的投資になることを改めて提起している。
D こうした選択と集中とは、経済政策的には国民的ナショナルミニマムの法規などにも関連し、国土の地域開発を過疎地域、中山間地域、離島などを切り捨て、投資の対象からはずすなど、露骨な政策を準備している。これは財政危機克服等との関係もあろう。しかし、産業のグローバリゼーションに対応した積極的投資を勧める地域と控える地域とを区分し、効率的財政投資を継続するという方策を提起している。

むすび

 こうして新国土形成計画法は、まさに積極的にグローバリゼーションに対応できる地域を選択的整備し、この課題にそぐわない地域は国家開発目標からはずす、というまさに地域差別を固定化させる法規ともなる。現代日本政府が目指す「普通の国家」という危険な意図を秘めた政策に連動しているともいえよう。憲法「改正」段階を視野に入れ、アジアの緊張を国民の危機意識に訴え、東アジア地域において強い警戒心を呼び起こす対応法規とさえいえる。今こそ民主的国土形成の具体的プランの基礎づくりとそれに向かう国家・地域運営計画の論議が求められる。


4.進行中の大規模公共事業の事例紹介と問題点
(1)福嶋 実 「スーパー中枢港湾事業の現状と問題点」
     全運輸省港湾建設労働組合 中央執行委員長 福 嶋  実

はじめに
 四方を海に囲まれ、エネルギーの96%、食料の60%を海外に依存する資源小国の日本にとって、港湾は正に生命線です。輸出入貨物の99.7%が港湾を通じて出入りし、わが国の経済や国民生活を支えています。
 日本の港湾は今、アジア主要港の台頭によって、アジアにおける地位が低下しています。その結果、日本の港湾が国際基幹航路から外れる恐れも出ており、コスト・サービス・スピード・安全性等の国際水準の確保を図るため、大きな改革が求められています。
 そのための施策の一つとして、スーパー中枢港湾プロジェクトが動き出しています。本稿では、スーパー中枢港湾の現状と問題点について考察します。

1.スーパー中枢港湾の経緯
 スーパー中枢港湾は、平成14年11月の交通政策審議会答申で、わが国コンテナ港湾の国際競争力を高め、物流の分野から日本経済の活性化を図るための政策の一環として提案されました。
 提案を受けて国土交通省港湾局及び海事局では「スーパー中枢港湾選定委員会」(委員長・水口弘一中小企業金融公庫総裁)を設置する一方、指定を検討する港湾を公募しました。応募したのは東京港、川崎港、横浜港、名古屋港、四日市港、北九州港、博多港、神戸港・大阪港(共同応募)の8港でした。
 これら港湾から出されたスーパー中枢港湾育成に向けた考え方やアイデア(目論見書)について選定委員会で評価した結果、平成16年7月に京浜港(東京港・横浜港)、伊勢湾(名古屋港・四日市港)、阪神港(大阪港・神戸港)の3港がスーパー中枢港湾の指定を受けました。

2.スーパー中枢港湾の背景
 提案の背景には、アジア主要港が中継貨物を増大させながら規模の拡大とサービス水準の向上・コスト低減を図る中で、わが国の国際コンテナ港湾が国際物流の大動脈である基幹航路ネットワークから外れ、北米航路や欧州航路の大型コンテナ船が日本に寄港する頻度が減少する恐れが高まってきたことがありました。
 さらには、中国などアジア諸国の経済発展を背景とするアジア発着コンテナ貨物の急増は、わが国のコンテナマーケットシェアの低下を引き起こし、コンテナ船の大型化と相まって、今後、日本の港湾の抜港(港に寄港しない)につながることが危惧されることも大きな背景となっています。

3.スーパー中枢港湾の概要
 スーパー中枢港湾は、アジアの主要港を凌ぐコスト・サービス水準の実現を目標に、港湾コストを現状より約3割低減すること(釜山港、高雄港並み)、リードタイム(船が入港してから貨物が港から出ることが可能となる期間)を現状の3〜4日から1日程度まで短縮すること(シンガポール港並み)を目指しています。
 これらの目標実現のため、官民一体でIT化等の施策を先導的・実験的に展開し、「次世代高規格コンテナターミナル」の形成を図ることとしています。この次世代高規格ターミナルは、岸壁延長1000m以上、最大水深15m以上、ターミナル奥行きが平均500m程度に相当する規格で整備されます。
 さらに、これらのターミナルでは、民間ターミナルオペレーターが一体的な運営を引き受けることにしており、阪神港では「神戸メガコンテナターミナル(株)」及び「夢洲コンテナターミナル(株)」が、京浜港では「横浜港メガターミナル(株)」が新たに設立されています。
 国土交通省港湾局では、スーパー中枢港湾プロジェクト推進のため、平成17年度においては、@港湾の広域連携強化に向けたコンテナ物流円滑化共同デポ等の整備のための補助制度、A24時間フルオープン支援施設整備のための補助制度、B次世代高規格コンテナターミナルを運営する民間事業者による荷さばき施設等の整備に対する無利子貸付制度、税制特例措置等、の支援制度創設の他、海事局と連携して内航フィーダコンテナ輸送の利用促進に向けた社会実験を行うことにしています。

4.スーパー中枢港湾の評価と問題点
 ムダな公共事業として港湾が度々登場します。これは、@1990年の日米構造協議により、日本は10年間で430兆円(後に13年間で630兆円)の公共投資を行わなければならず、必要性より事業が先行(要求しなくても予算が付く)したこと、Aバブル期に将来の港湾取扱貨物量を過大に見込み、バブル崩壊・不況突入後も適切な見直しが行われないまま事業が継続(景気対策としての公共投資が重視)されたことにより、港湾完成後も背後地に企業が立地せず、ペンペン草が生える広大な埋め立て地と釣り人に重宝される岸壁が残ったこと、B港湾(港湾管理者=地方自治体)間の競争が激化する中で、「我が港にもコンテナ岸壁を」となり、背後圏が重複しているにもかかわらず整備を進めたため、いわば「共倒れ」のような状況となったこと、などからムダな公共事業の代表格となったものと思われます。
今回のスーパー中枢港湾についても、共産党機関誌「赤旗」は「ムダな港に4300億円」との見出しで「ムダな投資になる可能性が高い」「スーパー中枢港湾ができれば、コンテナ貨物が日本に戻ってくるのか。巨大貨物船が日本に入港する確約があるのか」と批判しています。
 しかし、「はじめに」で述べたとおり、港湾は日本の生命線であり、港湾の「国際水準の確保」は絶対に必要です。船舶の大型化に対しては大水深の岸壁や航路が必要ですし、サービス水準の向上やコスト低減は避けて通れません。つまり、ハード・ソフト両面での整備が必要不可欠です。アジアのコンテナ貨物を取り戻すことが目的ではなく、いかに国際基幹航路から抜港されないかが重要だと考えます。アジアの主要港経由でなければ貨物が出入りしないような状況になれば、日本の経済と国民生活に大きな影を落とすことになりかねません。
 したがって、スーパー中枢港湾の整備は必要と思われます。ただ、次の問題点を解決しながら整備を進める必要があります。
@ 2001年の取扱貨物量世界トップ10をみても、ヨーロッパが2港、北米が2港で あり、人口やGDP等を勘案しても、当面、1港を集中的に整備すればいいのではないか。狭い国土での3港整備は共倒れの危険性がある。
A スーパー中枢港湾がめざすところのサービス水準の向上やコスト低減は、必然的に港 湾労働者の処遇や労働条件に直結する問題であり、この問題を労使間で解決していく必要がある。
B スーパー中枢港湾そのものは是としつつも、そのために地方の港湾予算が削られ、い わゆる「選択と集中」政策によって中央・地方の格差がさらに広がることが懸念される。 地方の港湾を切り捨てることなく、高潮・津波等から人命・財産を直接防護する港湾・海岸施設の整備や岸壁等の耐震整備など、防災面の整備を強化する必要がある。
C 港湾における「公共の概念」が、これまでの「誰でも利用できることが公共」から「最 終的に国民生活に寄与すれば公共」に拡大している。つまり、直接の利用者の範囲は重 要ではなくなっているため、事実上大企業独占も可となる。このことが「大企業のための施設整備」との批判を呼ぶことも想定され、「公共の概念」についての国民的議論と合意は必要と思われる。


(2)篠井 謙 「羽田空港再拡張事業の展開、今後の行方」

 需要の増大に追いつけず逼迫する首都圏の空港整備に関して、2000年9月に「首都圏第3空港調査検討会」(国土交通省、中村英夫武蔵工業大教授・委員長)を設置、首都圏における国際ハブ空港の整備への構想具体化の検討が開始された。その中で、新規の『首都圏第3空港』の実現の検討は継続しつつも、当面の逼迫する首都圏空港能力増強への対応策として「羽田空港再拡張を推進」することが打ち出され、2001年8月に入って内閣府「都市再生本部」は都市再生プロジェクトとして東京国際空港(羽田空港)の再拡張に早急に着手、4本目の滑走路を建設することを決定した。同年12月には国土交通省が「羽田空港の再拡張に関する基本的考え方」を表明し、新滑走路の建設位置が確定し、着工に向けた動きが加速した。
こうした経緯をたどって推進されて来た「羽田再拡張プロジェクト」だったが、工法選定や工事費用の捻出対応などで手間取り、当初入札予定は1年延びた形に。
公共工事削減の波に喘ぐ建設業界にとっては「救世主」とも期待されるビッグプロジェクトだが、背景には色々な問題があり、今後も順調という状況には行かないいくつもの未解決課題を抱えて、このプロジェクトの行方に懸念も広がっている。本稿では、これらを概括して今後の監視・注目点について探ってみる。

 工法選定、工事落札経緯の奇異
2002年3月より新滑走路位置決定を受けて、具体的な「工法評価選定会議」(座長:椎名武雄日本IBM最高顧問)による3工法〜@埋立・桟橋方式(ハイブリット工法)A桟橋工法B浮体工法(メガフロート工法)の比較検討作業が開始され、扇元国土交通相の「羽田空港再拡張の早期着工・早期完成が必要、早く工法選定を!」を受け、「2000年代後半までには国際定期便の就航を図る」との閣議決定(2002.6)、同年の概算要求予算案作成前には工法選定が終了の予定だったが。
同年10月の同会議報告では、3工法評価は「ともに安全性や環境への影響などで致命的な問題はなく、工費・工期についても大きな差は認められない」と結論付けしたが、工法の絞込みはせず、「設計・施工一括方式の採用」を提案するに留まった。
国交省はこれを受けて、滑走路の設計、施工を一括入札で同時に決定する方針を決定。
入札は2004年春とされたが-----。

 メガフロートの入札直前の辞退
諸般の事情で1年延びた入札は、2005.3.22に実施された。それにさかのぼる2004.7に入札公告が行われたが、先の「設計・施工一括方式」で入札異工種JV(共同企業体最低8社以上最高15社以内の条件付)の応札条件に加えて、総合評価落札方式の採用。さらに完成後30年の維持管理をも含めた総額で決まる、という「PFI事業」を除けば、前例の無い入札となった。
入札レースは、事実上、工事費が他よりも相対的に高いと言われた桟橋工法を除く、2工法の競合になっていたが、最後まで工費、工期等で優位性を競っていたメガフロート陣営(造船業界や扇元国交相が押した)が、入札参加申し込み締め切り直前(2004.8)になって辞退し、ハイブリット陣営のみの単独応札という状況に。競争相手のいなくなった何とも白けた入札となった。
メガフロート陣営の言によれば、「建設業界内部でメガフロート側への非協力の押付けが行われた結果」「施工の際、建設企業の協力が得られない〜事実上、メガフロート側入札JVにゼネコンが参加しない」との裏事情で突然の辞退になった、とも言われた。
結局、「対抗馬」は工費引下げ圧力に利用されたとしか思えない状況は、何のための比較評価だったのか?奇異に映る。結果、国交省技術官僚、ゼネコン業界が押す規定路線通りの「ハイブリット工法」に落ち着いたのを見ても、「正規の妥当な手順を踏み入札、決定された」を合理化するための茶番劇、と言ってもそう間違いはない状況だった。

 空前の落札工事費の内実は?
2005.3に設計・施工一括発注方式で、5800億円(消費税含めた5985億円)という途方もない額で落札された。
落札したのは鹿島建設を代表会社とした15社(鹿島・大林・五洋・佐伯・清水・新日鉄・JFEエンジ・大成・東亜・東洋・西松・前田・三菱重工・みらい・若築)の異工種建設共同企業体。(入札はこの企業体1つ)
実は、この額、「本音としては6500億円は欲しい。メガフロートとの競合でギリギリの工期、工費で対応せざるを得なかった状況がメガフロート陣営が辞退した後も生きていた」(謀構成会社役員)との事情も聞かれた。メガフロートとの競合で、工期41ヶ月→35ヶ月、工事費も6500億円→5800億円にするなどの無理が全て生きて足かせ状態に!?なっていたとも言う。
落札した工事契約の内容は、1年間の設計期間の後、2006.3着工予定、工期35ヶ月(設計を含めて47ヶ月)。2009年2月の竣工、引渡し。維持管理は完成後30年、完成・引渡し時に別途契約。この部分は約142億円で入札され、維持管理にも15社JVが対応することになるようだ。
 こうした事情を背景に、「現状は厳しい工事内容・条件だがこれからが本当の勝負。工事内容を良くしてゆく取り組みが必至。」と暗に工事費の増額をほのめかす発言も取沙汰されている。膨大な税金をつぎ込むビッグプロジェクトの今後の展開に監視の目は必要だろう。

 工事費予算の捻出に自治体取引
 もう一つの問題は、事業費の確保だった。国交省は2003年8月に滑走路整備事業(7000億円、国と地方自治体の協力事業)、ターミナルやエプロン等整備事業(2000億円、民間活力利用のPFI手法)、その他の工事(1000億円)に区分、滑走路時事業の2割を地方自治体(東京、神奈川、千葉、埼玉の都県、横浜、川崎、千葉政令指定都市など)に要請した。しかし、東京都の費用負担の拒否、他自治体の負担反対の意見書提出などで混迷していた事業費の確保問題は、「羽田空港再拡張事業に関する協議会」の議論調整でも中々決着しなかった。2003年12月、神奈川県、川崎市、横浜市などへの取込策(神奈川側への空港直結道路の設置、出入国管理機関設置など)で、東京都1000億円、神奈川県、川崎市、横浜市で各100億、計300億円を出資することで合意した。千葉、埼玉には受益が少ないとして協力は求めず除外した。この1300億円の出資取付けまでのバタバタ劇は、マスコミにも取上げられ、おおわらわ?だった。

 環境影響評価と着工時期
 しかし、大きな問題はこれからだ。環境アセスも実施されずに行われた工事発注も前代未聞で、東京湾漁協を含めて、事業進捗の鍵を握る周辺折衝もこれから。この事が工期の伸延、予算膨張の要因などの「火薬庫」にも成り兼ねない?現状は、アセスのための調査業務にも入れていない。これによる、工期遅れは必至で、「着工が2006年4月などとても無理」「良くて2006年秋以降だろう」との観測も流れている。
国土交通省の空港・港湾部署は、成田空港建設工事での土地買収の不手際は有名(?)。「成田の二の舞」になる可能性も?危惧される。
 それ以外にも、東洋経済(2005.5.28号)で指摘された「工期は延長、工事費は膨張、安全は二の次?〜入札前VEでの施工時の航空制限が、空港関係者無視の中、規定路線化」の驚くべき実態も暴露され、巨額の税金を投入する巨大事業の行く末が案じられている。
工事の遅れによる影響は、経済不況、公共事業削減の波にもまれてきた建設中小業者の羽田空港プロジェクトへの過度な依存を背景として、無理な投資や待機人件費の圧迫などによる経営危機の増長に繋がる、との噂も聞かれる!

 今後の課題
・工事着工は何時〜工期延長必至か?
アセスのための調査業務、環境評価、設計施工工事の進捗、JV内部での利害、駆引きなど、負の要因には事欠かない。
・工事費膨張は?
 本当に落札額どおりで工事費が収まるのか?東京湾横断道路事業のような工事費膨張の轍を踏む様相が?今後の展開が危惧される。
 今後、こうした大型公共工事のプロジェクト発注が無い状況の中で、建設業者、発注官庁、周辺自治体などの関係者の思惑が入り乱れ、膨大な予算消化プロジェクトになった東京湾横断道路工事にも匹敵する状況が再現しないように、十分な監視が必要だろう!!

(3)葛西浩徳 「スーパー堤防事業の問題点と最近の動向」    葛西 浩徳(国土交通省全建設労働組合)

1,事業の構想の非科学的な発想
 
1)高規格堤防は、堤防の高さ(H)の30倍の幅の区域を盛土し、超過洪水でも堤防が破壊されないために造るというのものである。荒川下流では、H=10m程度であるため盛土範囲は300mという膨大な範囲となる。
 なぜ、こうした発想になるのかの背景には、河川工学の非科学性があると個人的に思う。河川工学の大前提は、「自然は人間が制御できる」という前提=非科学的思想に貫かれている。
  河川工事の基本計画は、「基本高水の設定」にある、具体的には「過去の洪水流量の降雨を確率論で100年に1回起こるという雨に引き延ばし基本高水を設定する」である。もう建設省内・河川工学学会では、この「確率降雨論」に反対を唱える人間は一人も存在しない。
  確かに、科学的には1万年前から現在まで氷河期の終わりには、海面を100mも押し上げた世界的な大洪水が少なくとも3回起こっていることは、科学者の間では通説になっている。従って、確率として100年に1回起こるという事自体は、非科学的ではない。
  しかし、わかりやすく言うと、流域全体に300mm/台風1回での雨が降るという前提になっているのである。日本には年間3,000mm降る地域があるが、その10分の1が流域全域に降るというのであるという想定である。
2) 想定だけなら悪いことではないが、それをダムで貯めて・河道で全て流して海に運ぶという構想が現在の河川工学である。従って、ダムは多数建設する、堤防は高くするということになる。確かに仕方ない側面もある、江戸時代の徳川幕府は、農地開発で財政を立て直すために、河道の定着、湖沼の埋め立てで新田開発を行ったため、我々の頭に自然と今の河川工学を受け入れる素地があった。更に、明治政府が招いた欧州の河川工学の先生たち(オランダ等)は、単純土堤防を推奨したため、日本古来からの伝統であった、石と土と植生(松・竹・芝等)の組み合わせで壊れない堤防(中には堤防の芯に粘性土:勝海舟もオランダ人の堤防作りを見て大丈夫かと疑問を呈したという)は、近代化の名の下に捨てられてしまった。
 今の河道は広げられない、堤防は土であり断面を大きくしないと壊れてしまう。こうした背景から、堤防の幅を大きくして、壊れない堤防を造るしかないということになり、高規格堤防が構想されたのである。
3) 今の地球温暖化の時代には、大雨が降ることはあり得るが、均一に降るというのは非科学的である。自然はもっとダイナミックである。しかし、気象現象の限界もある。従って、気象科学と河川工学の融合、日本の地形条件に合った堤防事業の構想を日本独自で考えなければならない。つまり、自然は人間の予想を超えて被害を及ぼす、従って、自然に抵抗しないで被害を最小限にするためには、大都市を造らない、浸水しても壊れない都市を造る、将来の地球温暖化による北極・南極・世界中の氷河融解に伴う海面上昇に伴う準備をすることが重要である。

2,事業計画のいい加減さ

1) スーパー堤防事業は、1990年代に開始されたが、利根川・荒川・多摩川・淀川両岸の5%程度しか完成していない。(会計検査院の調べ:新聞報道)
  そもそも当時の国会建設委員会審議で与野党が、事業計画を出せと建設省に要望したが、建設省は「用地買収の困難性から事業計画はだせない」と強弁し、今も態度は変わらない。これに対し、与党議員からも、「単年度審議するには事業計画がなければ、予算配分の比較も分からない、何を審議するのか。」という声が上がった。(参議院建設委員会議事録:記憶)
2) 朝日新聞の記者が当時取材したところによると、建設省本省河川局の幹部に「これで河川局は未来永劫安泰ですね」と促したら「そういうことだね」と言って大笑いしたとのこと。つまり、国家財政の危機的状態を考慮せず、河川局の権益(予算確保)を守る為だけに、考え出されたということが明白である。この背景には、財界の要望が「都市開発」による土地投機への熱望があり、その当時、都市開発から膨大な建設発生土が発生し、その受け皿として高規格堤防が構想されたのである。今でも同じ背景があるが、当時は都市局と河川局が協議して、高規格堤防が計画されたのである。

3,余りにも高すぎる事業費

1) 高規格堤防事業は、用地買収費はかからないが(権原は所有者だが河川敷地に指定される)補償費(取り壊し、移転、再建築)が莫大(新聞で批判:淀川)となる。結局300mとか500mの区間の虫食い事業となるために10m程度の盛土の周りの擁壁・地盤改良(高い盛土となるため、計算上円弧滑り破壊が生じるため、基礎地盤を地盤改良し抵抗力を持たせる)、盛土後すぐに住宅等を建てるために、10cm以下の沈下しか想定していないために、全敷地面積の地盤改良が必要となり、東京都平井地区では300m区間で30億円(記憶)の経費が係った事例があり、1m当たり1000万円という単純計算になる。従って、荒川の下流(30km*両岸=60km)だけで6000億円かかってしまう。これでは、建設委員会の審議に事業計画を出せない訳である。

4,進まない用地交渉

1) この事業の真の目的は、「都市開発」であるため、東京都内が第一優先課題となる、しかし、荒川下流両岸には住宅が密集しており、用地買収ではなく、引っ越しして取り壊しして盛土して再建して入居という少なくても5年程度から10年程度まで大量の住民を異動させながら事業を行うことは事実上、総論賛成だが各論反対ということになり、用地補償は進まない。
2) 利根川では、そもそも「都市開発」は存在しておらず、高規格堤防事業の目的は「水防拠点」(過去に堤防が決壊した場所、歴史的に河道を切り替えた堤防地点)の整備となり、平成19年度で事業は完成してしまう。

5,事業効果論

1) 従って、「事業計画はだせない」、「事業費は高い」し「虫食い事業」となる、しかも「なかなか進まない」という最悪の条件の事業となり、事業効果はあるのかということになる。会計検査院も指摘するのは当たり前である。
2) 全建労はこれまでもこうした問題点を指摘し、堤防を質的に改良すべきという現実的提言を行ってきた。つまり、武田信玄と部下の技術者の英知を引継ぎ、近代気象学と地球温暖化のシミユレーションからの出水を想定し、全国各地の堤防の質的強度の分析を行い、基本的には狭い国土の日本においては、遊水池を配置しながら、一定の浸水を想定して、自然の驚異を受け止める治水対策にすべきという提言行っている。
6,事業効果論にはさすがの官僚も勝てず:高規格堤防の進め方を修正

1) 高規格堤防事業自体の発想はおかしくはないが、限られた財政状態(今では小泉内閣で建設業は停滞産業と位置付けられ減少の一途である)の中では問題点が多すぎ、事業効果がいつ上がるのかという指摘には、さすがに建設官僚も勝てず、遂に近年断念した模様である。
  そして、全建労も提案していた、「堤防強化事業」を開始したのである。例えば、利根川では表法面を緩傾斜堤防にして、用地を買収し裏法面を7割勾配にして断面を拡大し強化する。(荒川・多摩川でも用地買収はしないが質的な堤防強化)
2)「河川堤防」(本)では、欧米諸国の治水計画は、重要都市を位置づけ、運河堤防から発達した、様々な土質材料を工夫して、堤防を質的に強化することを各地域の特性を考慮して進められている。日本の治水事業もやっと科学として過去の亡霊から解放されたのである。
3) 莫大な予算を使い切り、建設大手ゼネコンの利益を最大化するために、建設官僚は存在するが、高規格堤防事業の構想は変えていないし、問題点を若干修正しているのが現状である。必然的な修正であるが、更に監視・検討・提言を常に行わないと、暴走してしまうのが建設官僚である。
4) 更に、利根川、荒川、江戸川、木曽三川、淀川のみが「質的強化事業」の対象に限定しているのである。従って、全建労は、日本古来の治水の伝統を引継、全国の河川の質的堤防強化事業と遊水池を配置した事業を提案していくことが、全国の国民の生活を守ることになると考えている。中央・地方生公連・建設共闘でも議論を深め、中小建設業者とも連携を強め、小泉構造改革による生活関連公共事業削減をストップさせる運動の強化が重要である。  
                                                                              以上」


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