2005年度 市民事業調査部会報告 2004/12/11

もくじ
総論 構造改革政策下の市民事業の課題と可能性ーーーーーーーーー1
各論 社会資本整備における事業の転換と市民事業の可能性ーーーー 13
各論 社会福祉分野における市民事業の意義と可能性について ーーー 24
本年度市民事業調査部会の検討項目と主な論点についてーーーーーー37

総論 構造改革政策下の市民事業の課題と可能性     小関 隆志

構造改革政策下の市民事業の課題と可能性

1.市民事業とは何か――問題の所在
(1)公共事業批判の先にあるもの
私たちはこれまでに、生活や自然環境に悪影響を及ぼす公共事業、都市再生事業に対して批判し続けてきた。当初の計画から数十年を経過していまや建設の必要性が極めて疑わしいダムの建設、あるいは橋梁談合など汚職にまみれた高速道路の建設、都心にビルを乱立させた都市再生事業など、有害無益な公共事業は数知れない。政府は大資本に有利な事業を優先し、多額の税金を投入して公共事業を推進し、他方では急激な規制撤廃・民間開放によって、資本の自由な活動領域を広げてきた。資本の自由を広げた結果、人々の生活は労働条件の悪化や生活環境の低下に見舞われている。私たちは『「都市再生」がまちをこわす』(自治体研究社、2004年)を刊行し、都市再生政策を検証し、批判を加えてきた。
公共事業や都市再生事業に対する批判の意義はきわめて大きいが、批判を加えるだけでなく、私たちの対案として従来の公共事業に代わる望ましい公共事業のあり方を提起する必要があるのではないか。
いわば、公共事業批判の先にあるものとして、望ましい公共事業のあり方を「市民事業」というキーワードで見出そうとしたのが私たちの「市民事業調査部会」である。

(2)市民事業とは
政府の公共事業が改善されるのを待つだけでなく、市民が自主的に、社会に有用な事業を起こす事例が各地で起きている。こうして市民が自発的に起こした社会に有用な事業を、ここでは市民事業と呼ぶことにしよう。
市民事業は、福祉や教育、環境保護、自然エネルギー、地域経済の活性化、社会資本整備など実に多様な領域にわたっている。法人格や呼称もさまざまで、NPO法人もあれば有限会社や任意団体もあり、コミュニティ・ビジネスやワーカーズ・コレクティブなども含まれるだろう。「市民事業」の語を使う人によって定義は異なるが、ここでは(行政ではなく)市民側のイニシアティブによる事業という点を重視しており、市民事業の範囲を厳密に限定するつもりはない。
最近よく言われる「新しい公共性」は、行政だけでなく企業やNPO、住民組織など多様な主体がともに公共を担う主体となる、という意味が込められているが、市民事業が市民側のイニシアティブによる事業であることから、極めて直接的に民意を体現しているわけで、「新しい公共性」にもとづく公共事業のあり方といえよう。
この調査報告において、日本における市民事業の現状と課題を明らかにしたい。

(3)PFIとどこが違うのか――市民事業の特徴
私たちは、市民事業の多様な展開が明るい展望をもたらすと考えるが、市民事業は同時に危うさも抱えていることも事実である。
新自由主義に基づく現政権の構造改革政策は、「官から民へ」「小さな政府」をキャッチフレーズに、公共サービスの市場化・営利化を次々に進めてきた。何にでも市場原理を導入し、経営を民間に任せさえすればサービスが向上し、コストも安くなるといった幻想が振りまかれてきたが、利潤や効率性を極限まで推し進める一方で公共性・平等性が犠牲になる恐れも大きい。民営化によって人件費は大幅に削減され、労働条件が悪化するとともに、サービスの質も低下して住民の生活に悪影響を及ぼすことが懸念されている。
公共サービスが営利企業のビジネスチャンス拡大の格好の対象とされ、特に病院など大型公共施設については、企業が企画・設計・建設・所有・運営まで担うPFI(Private Finance Initiative)と指定管理者制度のセットが今後普及するといわれているが、民間の自発性重視を名目にして公共サービスが食い物にされる事態(公共サービスの私益化、搾取)が急速に進んでいる。こうした状況で、住民が健康で文化的な生活を営む憲法上の権利を行政は責任を持って保障できるのか、疑問といわざるを得ない。
翻って市民事業についても、行政の責任との関係でどう考えるのかという問題がある。また、市民事業も構造改革路線に組み込まれて、安上がりの労働力として使い捨てにされる危険性も大きいので、充分な注意を要する。
こうした危うさを抱えていることは事実だが、市民事業が企業のPFIと根本的に異なる点は、一つには市民事業が従来の公共事業に対抗する価値を基盤として、自ら実証するかたちで対案を示している、という点である。先に指摘した「新しい公共性」の含意は、単に公共の担い手が多様化するというだけではなく、公共をめぐって多様な価値観が並存し競合する状況をも含んでいる。公共とはこういうものだ、こうあるべきだという観念が社会全体で共有されていることを当然の前提として政策を進めることが困難になってきた。ニュータウンの大型団地に住むことが多くの人にとって憧れの高度経済成長時代、開発を進めて生活の近代化・現代化を進めることは進歩と受けとめられた。障害者を大型施設に収容することは障害者福祉の前進だと考えられていた。しかし今はまったく違う。ライフスタイルに対する価値観は大きく様変わりし、従来の政策に対する疑問・批判も多く出されるようになった。さらに、反対運動によって疑問・批判を呈するだけではなく、実践によってオルターナティブを示そうとする動きも活発化した。
私たちは、市民が起こした事業なら何でも市民事業だ、などと言うつもりはない。従来の公共事業と異なる独自の社会的価値をめざす事業を、市民が自主的に起こしているとしたら、そうした自主的な事業は従来型公共事業に対して問題提起を実践的に投げかけていると考えることができる。私たちは、独自の価値を追求している事業を、市民事業として想定しており、利益目的のPFIとは方向性が根本的に異なっている。
もう一つ、PFIと市民事業の違いは、上記の第一点ともかかわっているが、市民事業は利益をあまり期待できない領域で率先して活動している点である。利益を期待できないがゆえに、政府や企業の資本投下の対象から外されてしまった領域といったほうが正確かもしれない。
その領域の一つが過疎地域である。構造改革路線の主要な特徴は大都市一極集中の加速化であり、都市再生政策は大都市に集中的に資本を投下する一方、地方の過疎化に対しては充分な手を打たない。政府は地方交付税と補助金を大幅に削減して地方財政の危機を生み出し、財政力の低下を梃子にして地方自治体を半ば強制的に合併させているが、過疎地域はコミュニティが成り立たないほどにまで空洞化が進み、残された高齢者は日常生活に不便をきたしている。こうした中で住民によるコミュニティ再活性化の市民事業、コミュニティ・ビジネスが各地で試みられている。こうした市民事業が、政府の構造改革政策の失政を糊塗する尻拭いに終わってはならないが、行政にも企業にも頼れないのであれば住民自身が立ち上がるしかない――そうした力強さに私たちは希望を見出したい。

2.本報告書の課題と内容
本報告書の課題は、日本における市民事業の意義と現状、課題を明らかにすることである。以下の流れで議論を進めていきたい。
第一部では、市民事業がめざす価値を大まかにまとめる。先に「従来の公共事業と異なる独自の社会的価値」と述べたが、市民事業は実に多様であり、目指す価値・目的もそれぞれに異なる。全てに共通の価値や目的を見出すことは容易ではない。ここでは、おおよその市民事業が共有できると思われる最大公約数的な価値について論じる。
次に、市民事業が陥穽に陥らないために重要と思われる点を述べる。市民事業が構造改革政策に利用され、行政の責任を転嫁される、あるいは安上がりの労働力として利用される恐れもある。行政の下請として従来の公共事業の二の舞を演じたり、事業内容が市民の要求から次第に乖離する恐れもないとは言えない。市民事業の優れた事例を紹介して賞賛するのではなく、市民事業の持つ危うさも直視し、市民事業が目指すべき基本的な方向性を示すことが、本報告書のねらいである。
続いて、第二部は各論に移る。市民事業は環境、資源・エネルギー、医療・福祉、文化・芸術、まちづくり、教育など多様な産業分野にわたっているが、その全てをくまなく検討することは私たちの力量をはるかに超えている。そこで本報告書は社会資本整備と社会福祉の2つの分野に焦点をしぼり、各産業分野における市民事業の現状を明らかにする。その際に、従来の公共事業と比較し、市民事業の持つ意義と特徴を浮かび上がらせるとともに、市民事業の課題や限界についても言及する。
最後に、現段階における市民事業の意義を総括するとともに、市民事業の検証を通して公共事業の望ましいあり方とは何かを考察する。

3.市民事業に期待される社会的価値――いくつかの事例から
「市民事業」を自称する事業は少なくない。各々の市民事業の定義や意味合いは、“市民がイニシアティブを持つ新しい試み”という最大公約数的な共通項はあるが、具体的な細かい点は種々異なっている。「早く言った者勝ち」という面もあるが、市民事業が目指している価値も、活動領域や状況も異なるので、具体的な点は異なって当然といえよう。
市民事業を自称するいくつかの事例を概観しながら、これらの事業がどのような社会的価値の実現を目指しているのか検討してみたい。ここではおおまかに@地域経済の活性化、A環境保護・自然エネルギー活用、B社会的弱者の支援、の3つに便宜上分類した。

(1)地域経済の活性化
 第一に、地域経済を活性化させようとする市民事業がある。2つほど例を挙げる。
A)環境クラブ
水質や土壌など環境調査、地域起こしを行う巣鴨のボランティア団体。
同組織の提唱する「地域市民事業」とは、地域住民が地域のニーズに応えて事業を行い、問題解決を図るというもの。豊島区の財政難、少子・高齢化、シングル世代の増加、ごみ収集量の増大、高額のごみ処理費用と児童公園整備費用、犯罪発生率などを総合的に勘案して、財政と政策のバランスに配慮しながら、高齢者問題・環境問題に取り組む「市民事業」を提案。具体的には高齢者による公園管理、生ごみ堆肥化、ラジオ体操会場での朝市、シングル世代向けの買い物代行、地域通貨などを例示している。
秋田県十文字町では給食センター事業計画(農産物供給、生ごみの堆肥化などを総合的に盛り込んだもの)を立案。 http://www.ecoclub.co.jp/community/

B)暮らしの企画舎
 自主保育を行う主婦が「自分たち生活者の目線で、暮らしやすい街にするための事業をしたい」と、1990年に活動を開始。スーパーマーケットの商品放送など省資源対策について調べ、報告書をまとめたり、スーパーのチェーン企業にメセナ活動を提案して実現したり、ガーデニングの講座を開いたりしている。ガーデニングの講座は「公共空間を利用した花と緑のまちづくり」を行う「つくばアーバンガーデニング事業」(TUG)に成長した。つくば市が市民に活動をゆだねて補助金を出し、市民自らが公共の場所に花を植える活動。市民によるまちづくり、新市民と旧市民の交流、農業振興の一石三鳥を目指す。
 http://www5e.biglobe.ne.jp/~tug/ronbun..files/ronbun1.htm
いずれも、環境保護や高齢者問題など複合的な問題・テーマを同時に追求しながら、街づくりをして地域の活性化を図っている。

(2)環境保護・自然エネルギーの活用
先に紹介した事例もごみ問題や省資源など環境問題に取り組んでいるが、これとは別に、自然エネルギーを積極的に活用しようという事業もある。代表的な事例を3つ挙げる。

A) アサザプロジェクト
 霞ヶ浦の環境浄化と地域振興を、従来の公共事業とはまったく異なる戦略で展開している事業。湖岸植生帯の復元、放棄水田を生かした水質浄化、水源の山林や水田の保全などを、環境教育や保全生態学の先端研究と一体化しながら流域全体で展開している。
 延べ9万人を超える市民、農林水産業、学校、企業、行政など多様な主体が参加し、NPOをコーディネーターとする緩やかなネットワークを構成しているが、行政主導ではなく、行政(国土交通省)もネットワークの一員として参加していることが特徴である。
 また、異なる組織による環境保全、教育・人材育成、科学研究、地域振興が一体化している(=自己完結しない事業)。このため、環境保全にとどまらない多様な波及効果が期待できる。複合分野に波及することは、行政の縦割り組織だけでは限界がある。
 アサザプロジェクトによる湖岸の再生は、コンクリート護岸ではなく在来水草のアサザを植えることで波消しが可能となった。費用もかからず環境破壊を防止できる。

B) ViaTech (株)ヴァイアブルテクノロジー
環境NGO「分散型エネルギー研究会」を母胎として生まれた企業。NGOと協力しながら事業を行う。同社は市民事業を「社会全体の利益」を目的とした組織と既定し、会計基準としては営利組織と述べている。株式会社ではあるが、市民運動から出発し、エネルギーや環境保護を目的としているので、自らを市民事業だとしている。
仕事の内容としては、コンサルタント部門では自治体関係の調査受託(省エネルギービジョン策定、風力開発テスト、木質エネルギー利用可能性調査、新エネルギービジョン策定、廃棄物発電の現状調査など)。
工事部門では住宅や公園などに設置する小規模自然エネルギー設備。太陽光発電、太陽熱温水器、小型風車、雨水利用システムなど。http://www.viatech.jp/

C)菜の花プロジェクト
廃食油の回収・石鹸製造のリサイクル活動が発端(千葉県柏市の「せっけんの街」、滋賀県の「環境生協」など)。
ドイツの化石代替エネルギーとしての菜種油燃料化を知る ⇒日本での導入(「菜の花プロジェクト」の始まり;1998年)
転作田に菜の花を植える⇒搾油して菜種油を料理に使う⇒廃食油を回収する⇒せっけんや軽油代替燃料に精製・加工するという一連のサイクル
2001年、滋賀県で開かれた「菜の花サミット」を契機として「菜の花プロジェクトネットワーク」が結成され、2003年10月現在、46団体。http://www.nanohana.gr.jp/
上記のネットワークの一部である上田広域市民事業ネットワーク(NPO法人、2000年設立)は「市民事業」として廃食油の回収と軽油代替燃料(BDF)の精製、BDF車の運行、菜の花畑などを、上田市の委託金・補助金を得ながら行う。
同法人は、もとは「まちなみを考える会」として1990年に設立された市民活動団体。
http://www.nanohana.gr.jp/file/map2003/11.html

D) (株)北海道市民風力発電
NPO法人グリーンファンドが風力発電所を建設するために資本金4500万円で設立した。本社札幌市。2001年9月に、1号機の風力発電所を浜頓別に設置、運転を開始(990kW)。これを同社は「市民事業」と呼んでいる。
http://www.h-greenfund.jp/company/companytop.html
 同様に、青森や秋田、白神山地でも市民出資による風力発電の例がある。
http://www.greenfund.jp/shirakamisanchi.html

 いずれも、既存の中央集権型に変わる分散型で市民参加型の自然エネルギーを有効に活用している市民事業といえる。

(3)社会サービス
 障害者や高齢者、ホームレス、児童などへの支援(社会サービス)を行い、誰もが安心して暮らせることを目指す市民事業も数多い。2つほど例を挙げる。
A) COCO湘南台
高齢者グループリビング(10人の高齢者が共同住宅に住む、一種のコレクティブハウジング)。居住者が自ら資金を集め、厚生省・藤沢市から支援を受けて住宅を建設。COCO湘南台のコーディネーターである西條節子氏は『高齢者グループリビングCOCO湘南台』という著書でその経緯を詳しく紹介。

B)積木屋
大阪府・箕面市にある、豊能障害者労働センターの就労支援事業。細谷常彦氏は「市民事業とは、地域の課題を地域の市民で解決していく事業」「いま最も多い市民事業はNPO団体が行政の委託や介護保険制度の下で福祉サービスを提供するケース」と述べる。
同センターの具体的な事業は、雑貨店(8店舗)の運営と通信販売。この事業を通して障害者の自立を目指す。雑貨の内容は、Tシャツ、トレーナー、エプロン、グランドコート、かばん、ビデオ、CD、カレンダー、ポストカードなど。http://www.tumiki.com
 いずれも、強い人間がかわいそうな人々を助けてやるというのではなく、同じ市民という対等な立場で助け合い、住みよい地域社会を作ろうという点で共通している。


4.事例からみえてくる、市民事業の価値と特徴
上記の数少ない事例だけで市民事業の全てが語れるとは思っていないが、上記のいくつかの事例を通して、市民事業がどのような課題に取り組んでいるのか、何を目指しているのかをおおよそ把握することはできる。本節は市民事業の価値と特徴の整理を試みる。

(1)市民みずからが主人公であるということ
社会サービスの事業に典型的にみられるように、市民事業は市民一人ひとりの目線に合わせた要求から出発した活動であるといえる。上から施しや恵みを与える姿勢・助けてやる態度ではなく、同じ市民として助け合い・手を取り合う姿勢が特徴的だ。サービスを供給する行政や企業が主導権を握るのではなく、サービスを実際に供給する市民も、利用する市民も、ともに主人公として事業を形作っていくのである。
これは単なる精神論のレベルにとどまらず、具体的なサービスのあり方にも大きな違いをもたらしていると考えられる。COCO湘南台のグループリビングは、高齢者自身が「こういう家に住みたい」と望んだからこそ実現したものだといえる。
環境問題への取り組みにしても、無知な大衆を「啓蒙」・善導しようとする姿勢ではなく、皆でともに学びあい、行動に移していこうとする姿勢が市民事業には見られるように思われる。つくばのガーデニング講座は、生活者の目線でスーパーの商品包装といった省資源対策や公共空間の植栽などの事業を生み出していった。
また、NPO法人「足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわ」は、江戸川区の住民が省エネルギーや自然エネルギーの普及に自発的に取り組み、江戸川区役所・区議会に対しても積極的に政策要求しているが、こうした姿勢は、単に市民への啓発や情報提供にとどまる環境省外郭団体と大きく異なっている。

(2)地域社会に開かれていること
一つの事業体が単独で存立して市民事業を営んでいるとは限らない。むしろ、多数の事業体がネットワークを組み、分散して事業を展開していることが多い。その典型的な例がアサザプロジェクトである。アサザプロジェクトの場合はネットワークの中に学校や企業、行政など多様な主体が参加し、林業組合も漁業組合もネットワークに参加することで多大のメリットを得ている。同様に菜の花プロジェクトも広大なネットワークを築き、その中で菜の花の栽培、食用油の精製、廃食油の回収と軽油代替燃料の精製、BDF車の運行などをさまざまな主体が既存の資源を活用しながら分担している。
重要なことは、単に多様な事業体が参加しているということではなく、一つの事業で自己完結せずに、周辺の産業や地域に開かれた事業になっているため、ネットワークが次第に広がるということである。公共事業の効果は一般的に、産業連関表の枠組みで経済効果がどの程度あるかを基準に測られるが、産業連関表は産業間の需給関係という川上―川下の関係しか見ていない。しかしネットワークからは、川上―川下だけではなく地域内部で横の関係が強まり新たな効果が生まれるのである(菜の花の栽培(農業)が食料にもバイオエネルギー(燃料)にも波及する)。
さらに、地域において多くの関係者が関わるということは、即ち市民参加型の事業でもある。市民事業は市民・住民の理解・協力・参加なしには発展が難しいからである。
菜の花プロジェクトは、市民が菜種油を食用に用いて、廃食油を提供するという協力をして、はじめて成功した。市民風力発電は、市民が多額の出資をしてようやく発電所の建設にこぎつけた。
市民事業は多くの市民の理解と協力を得て成り立つ、というところに市民事業の本質があるように思われる。

(3)新たな価値を先駆的に追求していること
市民運動から出発したヴァイアブルテクノロジーは自然エネルギーを事業化しているが、中央集権型エネルギーである火力や原子力への対抗軸として分散型の自然エネルギーを普及しようとしている。すなわち、大規模化に走った近代的なエネルギー供給のあり方に対して、小規模の脱近代的なエネルギーをもって異を唱えているのである。風力発電も同様に、独占企業が電力を一手に供給する近代的な体制に異を唱え、市民が自分たちで電力を生み出し自給するエネルギーのあり方を提示している。
COCO湘南台は高齢者のグループリビングであるが、グループリビングやグループホームの概念が日本に登場したのはつい最近のことである。つい10年ほど前までは、老人ホームに大量に高齢者を収容することが高齢者福祉のあり方として当然視されていた。しかし、大勢の高齢者を大規模施設に収容して一律のライフスタイルを強要するような、個の尊厳を軽視した高齢者福祉、地域社会から高齢者を集団隔離する高齢者福祉に疑問が出てくる。これまでの高齢者福祉とは違う、新たな高齢者福祉を模索した例がCOCO湘南台の取り組みである。
企業に雇われて働く以外に、“自己雇用”という働き方があるということ自体、今から10年ほど前まではほとんど誰も知らなかった。しかし、ワーカーズ・コレクティブやワーカーズ・コープは全国に広がりつつある。雇われない働き方という新たな労働観が、日本でも少しずつ市民権を得つつあるのかもしれない。
経済効率とスケールメリットを追求してきた近代的な価値観、その価値観を前提とした従来の公共事業。公共事業に対する批判は、税金を無駄遣いしているとか、官民が癒着しているとか、それだけにとどまるものではない。より根源的には、公共事業が拠って立つところの根源的価値観にまでさかのぼり、ライフスタイル、働き方、地域・自然環境との共生のあり方そのものを問い直すところから、市民事業の模索は始まっている。

(4)環境・エネルギー問題に敏感であること
 すべての市民事業が環境・エネルギー問題に取り組んでいるわけではないが、前述の例にも見られるように、身近な環境・エネルギー問題に何らかの形でかかわり、取り組んでいる市民事業が多いと考えられる。ひとくちに環境・エネルギー問題といっても、たとえばリサイクル、ごみ処理、省エネルギー、自然エネルギー、野生生物保護、里山の保全、公害(大気・水質・騒音等)対策、環境美化、森林資源など実に多種多様にわたる。これらの環境・エネルギー問題は一方ではグローバルな課題であると同時に、身近な生活環境に深くかかわっており、市民事業が身近な生活環境の改善を考える際に避けて通れないのが、この環境・エネルギー問題なのではないか。

(5)複合的な価値・目的の融合
「環境クラブ」は高齢者問題と環境問題に取り組み、生ごみの堆肥や高齢者の相互扶助、農産物の地域内供給などを目指している。
「暮らしの企画舎」はガーデニングに加えて市民同士の交流や農業振興も目指している。
「アサザプロジェクト」は霞ヶ浦の環境浄化をメインとしながら、環境教育や林業振興、水田の保全など多様な目的をもっている。
このように、一つの市民事業はたった一つの目的を追求しているのではなく、多くの場合は複合的な価値・目的を同時に、融合させていることが分かる。行政機関の事業は単一目的の政策の下に事業が計画されるため、縦割り組織の下に数多くの事業が細分化されていく。これに対し市民事業はそうした制約から自由であり、一つの事業が複合的な価値・目的を融合させることが容易なのである。障害者が有機農業に取り組んで地域住民に農作物を販売するという事業があったとすると、ここには障害者雇用促進、有機農業、住民どうしの交流、地域経済振興など、実に多様な価値・目的が融合しうる。そもそも私たちの生活は、単一の価値・目的に細分化されているわけではないから、市民事業的な方法論がむしろ生活実感からして自然なあり方といえよう。

5.市民事業に問われる視点
(1)市民事業への評価基準
前節で市民事業の一般的な意義を考察したが、市民事業と名乗りさえすれば手放しで賞賛に値するとは考えていない。現実には市民事業はさまざまな矛盾を抱え、問題をはらんでいると考えるべきであろう。市民事業も社会矛盾の渦中にある。
 市民事業に過剰な期待をかけると、あとで必ず市民事業への幻滅が襲ってくるだろう。市民事業は資金不足や人材不足など、きわめて脆弱な基盤のうえにかろうじて成り立っており、大企業とはそもそも体力が違いすぎる。
 他方で、労働条件が低い、資金が足りない、事業が不安定だなど、市民事業の弱点を見出して批判するのはさほど難しくなかろう。しかし市民事業の持つ意義やねらいを等閑視して、弱点だけを批判するのは一面的と言わざるを得ない。
そこで市民事業に対する手放しの賞賛でもなく、あるいは一面的な批判でもない第三の視点を、具体的に3点にしぼって提示してみたい。

@組織は外に開かれているのか
市民事業の組織が外部に対して閉ざされていると、市民が主体といえども腐敗や癒着、独裁などが起きる恐れなしとはしない。何事にも共通して言えるが、盲目的信頼は独裁への第一歩である。また、市民事業が周囲の関係者に対して影響力を持つ公的な存在としての責任として、外部に開かれることで社会の信頼を得ることが必要となる。
したがって市民事業に対しては、住民など関係者の参加を保障し、意見・要望を反映するシステムが整っているのかが問われるであろう。

A人権は尊重されているのか
市民事業がいくら良い活動をしているといっても、そこで働く職員の労働条件が悪すぎれば、これはやはり見過ごせない問題である。賃金は適正に支払われているのか、風通しのよい職場環境なのかという問いは、市民事業や非営利組織だから不問に付されてよいということにはならない。かつて生活協同組合においても、生協職員は生協運動に従事する「専従者」だから、労働者としての権利主張はまかりならんという「専従者論」が当然視されていた時代があり、生協職員は労働者としての基本的な権利を獲得するまでに長いたたかいの期間を要した。市民事業においてもそうした“特別扱い”が出てくると労働者は矛盾に苦しむことになるし、安上がりの労働に甘んじることが社会矛盾の解決につながるわけではない。
人権尊重の視点は、市民事業の職員に限られるものではなく、利用者や取引企業など関係者すべてに当てはまることは言うまでもない。市民事業だからといって理想的な状況が常に実現しているとは限らない。表沙汰にはならなくとも、内部では差別や個人情報保護など、人権保護にかかわるさまざまな問題が日常的に起きているのではないかとも推測される。重要なことは、問題をいかに適切に対処し改善につなげ得るかという態勢であろう。

Bアドヴォカシーを伴っているのか
市民事業は、環境問題や高齢者福祉など、何らかの社会問題にかかわって事業を展開している。その際に、事業を展開するだけでなく、何らかの形で社会・政治に訴える運動的要素が求められる(運動と事業の両立)。後述のように、事業を展開するだけで社会問題が解決するわけではなく、社会運動を通じて、社会の制度や世論を少しずつでも変えていくことが不可欠である。市民事業が単独で事業も運動も同時に行うべきだということではなく、さまざまな運動団体とのネットワークが社会運動として発言力を増し、多様な力を結集することができると考えられる。

こうして私たちは、市民事業に対してあれもこれもとさまざまな期待をかけようとする。労働条件にも配慮してほしいし、環境にやさしい事業に取り組んでほしい。運動の面も重視してほしいし、住民の参加も保障してほしい、云々。しかし、市民事業だけにいろいろな期待をかけることはどうも不公平ではないかという気がしてくる。市民事業に対して制約を課すことは、市場での競争力を奪う自殺行為にもつながりかねないが、他方で一般の企業にはそうした制約がなく、市民事業だけが高い水準の倫理を守れというのはおかしい。
 市民事業だから環境にやさしくしなければならないとか、人権に配慮すべきというのではなく、ほんらいどのような事業であっても、普遍的なルールとして確立すべきものであろう。

(2)支援と監視
 市民事業は単独で成果を挙げられるわけではなく、社会の理解と支援があって初めて成功を収めることが可能となる。特に財政や人材などで脆弱な市民事業は、暖かい支持が何よりの支えである。寄付や無利子融資・出資といった資金面での支援、人材や専門技術、情報提供といった無形の支援、他の企業や行政機関との連携・協力関係を市民事業は求めている。
 しかし、市民事業に対して盲目的に信頼し、内容もチェックせずに任せきりにしていると、軌道が脇に逸れて弊害が生じる恐れもある。癒着や贈賄、横領、不正請求などの不法行為は言うまでもないが、サービスの質が著しく低下してしまったり、設立当初の理念を見失って営利企業化したり、労働条件を切り下げたり、住民の意見が無視されたりと、さまざまな問題を引き起こしてしまう恐れは充分にある。
 市民事業の経営者が当初の理念を堅持して理想的な経営を実現していれば何も問題はないけれども、もし経営者が代わって従来の経営方針を投げ捨て、営利企業化路線を走り出したとしたら、誰がそれを止められるのだろうか。市民事業や非営利組織は、周囲からはいいことをやっていると賞賛の眼で見られがちなだけに、仮に内部で腐敗が進んでいたとしても、それをきちんと監視してストップをかけるガバナンスは、疎かになりやすい。
 社会は市民事業に対して、一方では支援を行いながら、他方では監視をするという一見矛盾した役割を担うことが求められている。
 上記の「市民事業への評価基準」ともかかわるが、社会は市民事業の意義と問題点をできるだけ客観的に評価し、市民事業への支援と監視を同時並行で進めていく必要がある。

(3)従来の公共事業との関係は
 あらゆる公共事業を、市民主導で行うべきだなどと主張するつもりはない。行政が責任を持って主導する公共事業と、市民が主導する市民事業、さらにはその中間として、両者がネットワークを組む協働事業など、さまざまな形態があってもいいのではなかろうか。市民事業に対しては、行政の側から「仕事を奪われて雇用を失う」「われわれの縄張りを侵される」といった警戒心が強く働くかもしれない。しかし、市場化テストや指定管理者制度のような民営化路線とは異なり、行政機関からそっくり事業を切り離して民間に明け渡すというのではなく、行政が市民事業を強力に後押しするという協力関係を想定することができよう。いま巷間で言われている「行政とNPOの協働」は、行政がNPOに業務委託するといった意味合いが強いが、それでは市民のイニシアティブを発揮する余地はない。ここで言う市民事業は、市民が中心で行政が後方支援、という関係性である。
市民事業にはアイディアがあっても、公的機関のような社会的信用もないし、資金も技術も人材も不足している。これらの社会資源を行政が提供することで、市民事業は大きく成長する余地がある。市民事業の容認は、決して行政責任の放棄につながるものではない。新自由主義的改革とは違う民営化のモデルとなりうると私たちは考えている。

(4)日本社会の変革
私たちは市民事業に対して期待を抱いているが、市民事業が発展すれば全ての問題が解決するかのような幻想を持っているわけではない。新自由主義に基づく構造改革路線が続く限り所得格差拡大などの矛盾は広がるばかりで、市民事業がいくら奮闘してもそれだけでは根本的な解決にはならない。市民風車の起こす電力量はごく限られているし、それだけでは原発政策を吹き飛ばすことはできない。フェアトレード事業によりまっとうな賃金を得られる生産者は、途上国の中でわずかな数に過ぎない。COCO湘南台のようなグループリビングに住める高齢者は人数的にも限られている。市民事業を担っている人々はおそらくそうした限界を痛切に実感していることだろう。ではどうすればいいのか。
市民事業に期待をかけるだけではなく、日本社会と政治を変える社会運動もまた同時に必要とされている。市民風車を回す一方で、原発をやめるよう国や電力会社に要求し続けなければ、エネルギー政策は変わらない。フェアトレード事業を進める一方で、WTOの自由貿易体制を根本から見直すよう圧力をかけなければ途上国の人々の苦しみは終わらない。高齢者の居住環境はなんといっても厚生労働省の定める居住水準によるところが大きく、厚生労働省への改善要求は全体の底上げに不可欠だ。
他方で、市民事業のような実践の裏づけがなければ、国へいくら働きかけをしても説得力が弱くなってしまうだろう。
市民事業と社会運動のどちらかに過度に偏ることなく、両者が相互に補い合いながら連携することによって、私たちの社会のすがたを一歩一歩、具体化していけるように思う。

次章では社会資本整備と社会福祉の2つの分野にわたって、具体的な市民事業の事例をみながらその意義と現状・課題を検討したい。

各論 社会資本整備における事業の転換と市民事業の可能性        高木 直良

1 はじめに…二つの側面からのアプローチ 
 このプロジェクト発足から1年半以上が経過した。当初「市民事業」のイメージが定まらず参加メンバーの認識にもばらつきがあった。特に「社会資本整備」に関する市民事業のイメージは、従来の公共事業とどこがどう異なるのか、また公共事業への市民・住民の参加、或いは市民の生活により密着した公共事業への転換とどう異なるのかなどが議論の対象となった。
最近の動向に従来型公共事業批判を逆手に取りつつ、財政難→コスト縮減→効率化の名の下に公共事業主体を民間資金導入によるPFI事業や管理部門での指定管理者制度、市場化テストなど「官から民」へと移して行く「構造改革」的流れがある。
こうした従来型公共事業と民営化の両極の手法に対する第三の手法として、市民自らが主体となった地域密着型、環境保全型の「市民事業」の概念が確認された。
もちろん全ての公共事業を「市民事業」に代替できるとは考えられないが、行政サービスの限界を乗り越えるひとつの新しい選択肢といえる。
 調査や議論の経過を取りまとめると一つには従来型の公共事業の中にも転換の芽があるのではないか、具体的な事例を見ながらさらにこれを促進する条件を探ることができないかという側面ともう一つ「市民事業」と言える具体的な事例をできるだけ集めて行こうという二つの側面からのアプローチを試みた。
しかし、これまでの部会の検討だけでは当初目指した市民事業の新たな展開について充分な事例収集と今後の展望についての方向性を打ち出すまでにはいたらなかった。
2 公共事業の転換の展望…「変革の萌芽」を育てる
 従来型公共事業への鋭い批判を続けている五十嵐敬喜氏の著書「市民事業」(天野玲子氏との共著)や「脱ダム宣言」で象徴的存在になった田中長野県知事の講演「市民事業」、中山徹氏の「公共事業費の削減と地元建設業の対策」(議会と自治体2004.4)を参考にしながら下記の事例を見てきた。
1)行政が主導・支援して仕組みづくりや参加型事業を展開
○世田谷区まちづくりセンター・ファンド
  79年から世田谷区は木造密集市街地の環境整備事業を「住民参加による修復形まちづくり」がモデル地区から始め、82年には区民参加を基本理念とする「まちづくり条例」を制定した。さらに92年にはまちづくりの「主体としての住民の確立」と住民、行政、企業三者の調整機能を果たす「まちづくりセンター」を設立した。
同時に住民のまちづくり活動を資金的に支援する「公益信託世田谷まちづくりファンド」
を設立し、これまで276グループの助成を行っている。05年度には「はじめの一歩」助成部門(一団体5万円助成)、「まちづくり活動部門」(一団体10万円台から40万円の助成)などを行っているが、いずれも地域を住民の目で見直したきめこまかな施設の改善、緑地や水辺の身近な自然の保存、子どもの育成や市民のコミュニティづくりなど26グループのソフト面での活動助成を行っている。行政側はこうした市民の自主的活動から何を汲み取り、ハードを含む本来のまちづくり行政に反映しているのか検証が必要である。
○ 国土建設交通省の河川事業への「市民参加」
国交省は長良川の河口堰や川辺川ダム建設問題では、地元住民や環境団体との対立を抱えたままであり、スーパー堤防事業への批判にも充分答えていない。その一方で河川法自体を変えて、従来の治水事業一本やりの姿勢から水生生物や水辺の環境に配慮した多自然型の河川改修を行うという方向転換も行っている。またその手法においても「参加」型事業に取り組む姿勢を見せている。
・2004年度河川技術講習会では「技術の自治とは何か=市民も参加する公共事業」をテーマとして
●メダカやドジョウ等の身近な水域に棲む魚類等の生息環境の改善に向けて
●地域の創意・工夫を活かした川づくり・市民の声を取り入れた荒川づくり
●技術の自治=市民も参加する公共事業(伝統治水技術の再評価)
の各課題の講義を行っている。
・ 「水辺の楽校プロジェクト=子どもたちの身近な自然体験の場」の展開(資料1)
国交省河川局はその目的を「子どもたちの水辺の遊びを支える地域連携体制の構築」として「NPO、ボランティア団体等の地域の方々と協力しながら、水辺が自然体験の場、遊びの場として活用されるような仕組をつくり」、「自然環境あふれる安全な水辺の創出」として「自然の状態を極力保全、あるいは瀬や淵、せせらぎ等の自然環境を創出するとともにアクセス改善のための緩傾斜河岸の整備等を通じ、子ども達が自然と出会える安全な水辺をつく」ることを掲げている。
http://www.mlit.go.jp/river/kankyou/gakkou/
 2005年度までに全国213箇所が登録されている。
2)変革の萌芽…「参加」・「見直し」の形づくり
近年は以下に見る事例のように、これまでのやり方をそのまま踏襲する事業の内容や手法を押し通すことは難しくなっている。何らかの修正を要することを行政側に感じ取らせている。しかしそれはあくまでも事業を実施するという前提のもとでの修正であり、「参加型」公共事業だ。しかし、職場の人員体制や組織そのものはこれまでの延長線上にあり、住民との時間をかけた話合や協働作業はかなりの負担となっているのが実情だ。財政的に苦しい中で少しでも住民に喜ばれる仕事をしたいという思いを個別の事業だけではなく、予算やまちづくりの事業計画全体を変える力へと育てる必要があると考える。
私たちはこれらの制約はあっても地元住民や環境団体の強い意思表示や運動が前提となっていることに一つの確信を持つ必要があるのではないだろうか。運動を通じての基礎的自治体との共同戦線の構築は、事業主体を動かす可能性の高い一つのチャンネルになりうると思う。
○外環道延伸事業でのPI(パブリック・インボルブメント)方式(事業に関して市民の意見を公開の場で聴取する制度として宣伝されているが、その実態を具体的に探る必要がある)
○埼玉県道路事業箇所評価
上田新知事のもとで県の道路建設事業の「新たな評価基準」に評価が行われた。特徴として@精度(きめ細かな評価、ニーズに即した評価A合理性(幅広い意見、専門的見解)をあげているが、特に「県民や市町村のニーズを6地域に分けてきめ細かく把握として県民1万人と全市町村にアンケート、地域ごとに評価項目に重みを設定した」ことを挙げ自負している)
○放射5号線(玉川上水交差部)での「事業推進のための検討協議会」(資料2)
 杉並区における放射5号線の建設問題で、地元の意向を踏まえた杉並区長の東京都知事への要請がきっかけとなって協議会が形成された。
 山田区長は「玉川上水及びその周辺地域における環境を保全する等のため」として7項目の要望事項とその「理由」を以下のように述べている。「(4)史跡としての玉川上水及びその周辺のみどりの保全策を検討するため、住民の参加・協働による協議会を設ける等、地域の環境団体の意向を取り入れられる仕組みを構築すること」「放射5号線にかかる都市計画変更の手続きを進めていく過程で区には地域住民から多くの不満や不信の声が寄せられた。・・・これからの整備に向けた参加と協働が得られるように時間をかけて丁寧に、都が事業者としての説明責任を的確に果たされることを希求する」
 都はこれを受けて現在「放射第5号線事業推進のための検討協議会」をつくり、「周辺まちづくり部会」「道路部会」「緑地部会」の3つの専門部会をつくり、それぞれ行政(都と区)と周辺住民、環境保護団体を構成員として現地調査や会議を進めている。
○いくつかの県での知事などトップの「リーダーシップ」の見直しのもとでの変革
長野県のダム建設中止、森林保全事業への転換
○小さな自治体での情報公開と住民密着型事業の推進
○職場単位での住民との協働の体験の積み重ね
小山田緑地、大戸緑地など東京都での事例(資料3)
○最近の東京都建設局事業(道路・河川・公園)の事例(資料3)…こうした社会の要請に応えようとする職員側の姿勢を反映する変化も生まれてきているように見える。
3)公共事業は質の転換も迫られている…「メンテナンス」や持続可能な循環型社会の技術重視の動向も
 戦後の長い間経済成長重視の多大な税金投入による大型公共事業が狭い日本の国土の自然を破壊し、赤字財政を極限まで膨らませ経済的破綻を招いた。いまや公共事業に対する社会的批判は、公共事業を担ってきた側からも転換の必要性を語られるまでになり、事業の決定プロセスの不透明性や市民・国民参加が重要な課題として認識されるに至っている。
さらにそれは工学的考察にも影響し、自然を押さえ込む一見効率優先の従来型の「近代技術」のあり方にも自然のしっぺ返しから学んで反省が進んでいるように見える。
○国・地方自治体での「アセットマネジメント」作成(高度成長期に作られた橋やトンネルなど土木構造物の計画的補修による長寿命化によるコスト削減)の動きがある。
○「自然再生」事業=「つくったものをこわ」して自然の循環機能を取り戻す動きがある。
http://www.rfc.or.jp/kawa/sizensaisei/pdf/jirei1.pdf
・河川の護岸改修で直線化された川道をもとの蛇行した川に戻す事業が釧路川でも始まった。海外でも
・アメリカでのダム撤去
・ソウルの高架道路を撤去し河川(精渓川)を復活する事業 
の事例がある。
4)「限界」の構造は残されている
 行政と住民(団体)、環境保護団体等との「協働」はかつての一方通行の行政姿勢からすると進みつつあるが、小規模公園や緑地保護、環境教育やイベントなどその範囲、分野はごく限られている。多くの都市基盤整備事業などは依然として旧来型の事業執行に留まっている。
@都市計画事業の場合
 計画決定の過程への参加(公聴会開催、意見書の提出)
 計画の変更・中止が可能か(行政サイドからの見直し)
 事業認可への参加(地元説明会、環境アセス・・・手続きの一段階)
 事業の実施段階(「事業評価」制度、近年のC/B手法の有効性、予算の獲得)
 構造検討(実施が前提)への参加・・・ワークショップ方式(調布保谷線)
A予算編成の仕組み
トップダウンの編成方針(東京都副知事依命通達、財務局長通知)→事務レベルの作業=中・長期期計画(○○プラン)、政治方針(都市再生)の反映、地元出身議員関係案件→組織内(事業担当部局、財政担当部局、トップ)各段階での「査定」→議会の審議・答弁・決定
○志木市「市民委員会」の予算案編成への関与、舗装箇所順位決定への「市民参加」をどう見るか
B日常業務執行の体制の限界・・・自治体組織と人員、職員の意識がついて行かない実態
○特定の事業以外は、「参加」を前提とした執行体制はない。
○地元説明会は理解・協力を求める場で「反対派」をいかに少数にしていくか、多くは事業を推進しつつ対応
C止まらない従来型公共事業(国交省、日本道路公団)の最近の動向
○画期的な大型公共事業の地裁判決での事業者敗北と控訴・・・圏央道裁判
○新たな展開=「都市再生」事業の全国展開
○止まらない高速道路網建設の全国展開(民営化論議の大山鳴動してねずみ1匹)
○PFIと指定管理者制度導入、市場化テスト法案準備
○規制緩和…容積率など量的規制の緩和による高層マンションの林立、都市計画決定の「迅速化」、民間建築確認申請審査「迅速化」によるコストダウン(耐震設計改ざん事件の背景)
3 市民主導の事業の展開と将来性
1)全国各地でのNPOによる森林再生、自然エネルギー開発まちづくり、町おこしの事例
○NPO鶴見川水系ネットワーク(資料4)
http://www.genryu-net.jp/gnet/library/essay/essay07.html
 鶴見川源流ネットワークは1980年代から流域の自然の保全・回復を進め環境学習やまちづくり、都市再生にも寄与する多様な市民活動を展開し、行政等との協働事業や、流域・丘陵の広がりに沿った市民活動の広域ネットワーク化から生まれた諸団体の連携体である。
 その活動の一つの成果として「鶴見川流域マスタープラン」づくりを5年かけて行い、この完成を祝い推進する「推進宣言式典」(鶴見川流域サミット)には、市民と共に神奈川県知事、東京都知事(代理)、横浜市長、川崎市長、町田市長、国土交通省関東地方整備局長が参加し署名を行っている。流域全体を活動領域とした幅広く多様な活動は行政や首長にも影響力を持つまでに至っている。
○NPOアサザ基金による霞ヶ浦の浄化
 霞ヶ浦の環境浄化と地域振興を、従来の公共事業とはまったく異なる戦略で展開している事業。湖岸植生帯の復元、放棄水田を生かした水質浄化、水源の山林や水田の保全などを、環境教育や保全生態学の先端研究と一体化しながら流域全体で展開している。
延べ9万人を超える市民、農林水産業、学校、企業、行政など多様な主体が参加し、NPOをコーディネーターとする緩やかなネットワークを構成。⇒「官が主体」ではなく、官もネットワークの一員として参加。
異なる組織による環境保全、教育・人材育成、科学研究、地域振興が一体化(=自己完結しない事業)。多様な波及効果が期待できる。⇒官の縦割り組織だけでは限界。
コンクリート護岸ではなく在来水草のアサザを植えることで波消しが可能。費用もかからず環境破壊を防止できる。⇒従来の公共事業とは異なる環境保護の価値観を提起。
○世田谷ネコじゃらし公園の協定に基くNPOによる管理・・・地域の住民がグループ「ねこじゃらし」をつくって、自治体と管理協定を結んで、自主的に公園をきれいにしたり、地域の様々な人々が安心して楽しく公園を使えるように、相談し、智恵をしぼっている。

・上記の他にもエネルギー関係では原子力発電に代わる分散型エネルギーとして市民風力発電(青森・北海道)、太陽光発電(神奈川)、菜の花プロジェクト(滋賀)などがある。
2)グランドワークという取り組み
○ 英国・・・1981,英国環境省により行政・地域住民・企業とのパートナーシップ
  英サウスウェールス地区閉山炭鉱跡地での地域再生・美しい景観
○ 日本グランドワーク協会(主務官庁=農水省、環境省、国交省、1996.10設立、地方公共団体、民間企業が出捐)
○「パートナーシップによる環境再生事業を通じて、持続可能な地域社会を構築すること」と定義(従来の行政機関と地域活動グループの連携を促進する中間支援機関、企業に対してはCSR=企業の社会的責任活動の一形態として提案)
○ 各地域ではNPO法人として地域の自然環境再生や学校の総合学習支援や環境教育支援が行われている(NPOグランドワーク福岡、NPOグランドワーク三島)
3)社会資本メンテナンスへの業界技術者として技術的提案
○鉄道橋のメンテナンス(長寿命化技術)・・・NHK報道
千葉県の第三セクター・いすみ鉄道は赤字経営に苦しんでいたが、鉄道の橋脚の耐用年数が切れることで、さらに多額の出費を迫られ、廃線の危機に直面していた。
 千葉市にある小企業「BMC(ブリッジメンテナンスコンサルタント)」は鉄道の橋脚のメンテナンスを効率よく行い、橋の寿命を2倍に延ばす技術を開発した。いすみ鉄道はこの安価なシステムを取り入れたことで廃線の危機を免れ、住民の足が存続しただけでなく、このメンテナンスが労働集約的であることから地元の雇用を生み出している。 このメンテナンス手法は昔の「橋守」の知恵に学んだもので、「造って壊す」資本集約的な公共事業の価値観に対して明確に対抗する、循環型社会に向けた試みといえる。
4)「中央設計」の30年間の取り組みに学ぶ(04.11.25事務所訪問、永橋代表、高田広報出版部長から聞き取り)
○「中央設計の理念」=「人と建築のより良い関係をめざします」 
○建設の進め方=「利用者に喜ばれる施設づくりのために」地域の住民運動、地域医療を支えてきた医療法人母胎の運動と連携
@前例を検証して、必ず一歩前進A参加型の協同設計Bコスト管理・工程管理の徹底
C施工業者の癒着のない自立した設計事務所D継承する設計事務所
・ 最近の設計事例から
□特別養護老人ホーム「やわら木苑」(千葉県松戸市,92年)・・・700人の「つくる会」会員が土地探しから資金集めに係わり、7年かかりで建設
□特別擁護老人ホーム「サンシャイン美濃白川」(岐阜県白川町)・・・「福祉でまちづくり」をめざす白川町が社会福祉法人を設立して建設。町民と自治体の連携と熱意が100回におよぶ「建設委員会」を開かせた。これを設計会社として支え、要望を活かす設計を行った。完成時には町民の一割が見学にきた。
□芦別市立子供センター「つばさ」(北海道芦別市02年、保育所・子育て支援センター・児童センター・母子通園センターの複合施設)…公募された市民が参加する8回の懇話会での検討内容を基本設計に反映させるプロポーザルでそのアイデアやアドバイスが認められ選ばれた。
□会社代表の永橋氏の居住地逗子市での、一市民としてのまちづくりへの参加の経験
・池子米軍家族住宅建設反対運動から「まちづくり懇話会」参加、会OBからなる「逗子まちづくり研究会」の活動、そして現在は「逗子市まちづくり基本計画準備研究会」、「逗子まちづくり基本計画市民会議」「逗子市市民参加条例検討委員会」での活動・・・常に周りの市民とともに組織をつくって活動、適宜意見書を公表し市民や行政に働きかけてきた。
4 今後の取組みの方向
 政府の経済財政諮問会議は「2030年の国のかたち」の中で、将来の社会資本整備のあり方について、選択と集中のため「補助事業の範囲を大幅に縮小する」とし市場での資金調達による「市民型公共事業が進む」と展望していることが報じられている。
 「PFI手法」や民間資本と公的資金をマッチングした「社会投資ファンド」など「官民パートナーシップ手法の中から最適な資金調達のあり方を選択する」として「市民型公共事業を進めるための有効な手段」としている。これは私たちのイメージする「市民事業」と似て非なる公共事業の民営化の道である。
しかし私たちは全ての公共事業を市民主導で行うべきだなどと主張しているわけではない。
 官が責任を持って主導する公共事業と、市民が主導する市民事業、さらにはその中間として、両者がネットワークを組む協働事業など、さまざまな形態があっていいのではないか。
 国民の広範な支持を受けて、既存の公共事業を改革していくためには、市民事業的なスタンスを大きく位置づけていく必要がある、との認識を市民事業部会のメンバーは共有しており、市民事業の捉え方についての相違はかなりあるとしても、部会で議論してきた内容を建設労働運動の中でも広く議論・検討していくことの意義は大きいことを実感した。
出版するには未成熟ではあるが、次年度のPTテーマのなかへ活かしていくなど継続して追求する重要な課題だ。(全国研究・交流集会・第7分科会において市民事業調査部会として小関氏から市民事業の基本的な考え方についての問題提起をストレートに行った。これに対する公務労働者を含む参加者からの反響は大きく、的を射た質問も出された。)


各論 社会福祉分野における市民事業の意義と可能性について    市民事業調査部会 事務局 今井 拓

 建設政策研究所では、公共事業の民主的改革のひとつの内容として、市民事業による公的サービスの供給に着目し、本部会を設置し、検討を行ってきた。本報告書の総論においては、市民事業の基本的な考え方と意義について、各論・社会資本整備においては、社会資本整備における市民関与や市民事業的展開について報告されている。本章においては社会福祉分野における市民事業の意義と可能について報告する。総論でも述べられているようにそもそも市民事業という考え方や運動は、何らかの社会問題に関わって事業を展開し、また何らかの形で社会・政治に訴える運動的要素を含んでいる。その点から言えば、社会福祉分野は、社会福祉制度の成立自体が労働運動や社会運動の成果であるし、その制度・運用実態の市民要求からの乖離に対して市民を主体とした公的サービスの供給で応えようとする歴史的経過と事業の内容から言って、市民事業の本道と言うべき領域である。以下では、調査部会におけるヒアリングや見学会、および文献・資料(報告書末尾の文献参照)の検討に基づいて、社会福祉分野における市民事業の考え方と事業の実態のいったんを明らかにしたい。とりわけ、社会福祉構造改革下で直面している困難について言及しておきたい。なお、市民事業の困難の打開の可能性に関わっては、労働運動と市民運動の連携の課題が重要であると思われる。それは欧米の経験においても、市民事業の発展や労働運動の近年の復活においても極めて重要な要素である。しかし、調査部会ではそこまでの調査・研究はできなかった。別の機会に論じることにしたい。

1. 社会福祉分野における市民事業の考え方と事業展開の特徴
 
まず、昨年度、見学会・ヒアリングを行った「ふるさとの会」(路上生活者保護、自立支援事業)を事例として、社会福祉分野における市民事業の考え方や事業展開の特徴についてまとめておきたい。
 社会福祉分野における市民事業の考え方は、人間らしく生きていくために最低限必要な条件を整えるサービスを享受できない人々がいるときに、それらのサービスの供給を行政に要求するだけではなく、自ら事業主体となってそれらのサービスに取り組んでいく、というものである。行政は、これまで、高齢者や病障害者など就労できず、収入の得られない人に対しては生活保護費を支給することで良しとしてきた。これらの人々は、要介護の人については特養老人ホームが用意されてはいるが、それ以外は社会的入院として長期にわたって病院で生活している人が多数である。そして、路上生活者の場合には、住所が特定されず、自ら申請も行えないために、生活保護費も支給されない存在である。社会福祉の措置制度は、サービスを必要とする人にその享受権を保障することが建前であるが、路上生活者には、彼らの状態に適合した措置制度が構築されることがなく、まさに路上に放置されてきたのである。
 「ふるさとの会」(所在地 東京都台東区千束)は、このような状況の中で、1990年に山谷地域のホームレスを支援するボランティアサークルとして活動を開始した。そして、1992年、バブル経済の崩壊以降、路上生活者が増えていく中で、ある財団より助成を受けて、路上生活者の民間アパートへの入居から就労を支援するための、相談、見守り事業を開始したのである。この事業を通じて、民間アパートへの入居・定着が困難であることが実感される中で、ホームレスの人たちの一時収容施設の設置をめざし、別の財団の助成を受けて、1999年、「ふるさと 千束館」を設立した。この施設の利用者の入所が長期にわたらざるを得ない実態に触れる中で、高齢・病気などによる身体不自由者などを長期に受け入れる施設 「ふるさと あさひ館」を設立した。また、入所者の介護を行うヘルパー派遣事業、ヘルパーの育成事業・技能講習事業などの就労事業を展開するに至っている。助成金は施設整備のために使用し、事業運営は、福祉手当からの宿泊料・サービス利用料および行政からの業務委託料で賄っている。
 このように、ホームレスの人たちが必要とする各種のサービスが既存の福祉制度の下で提供され難い状況の下で、財団からの助成、福祉手当(生活保護費)、自治体からの業務委託料を原資として、市民の手で、様々な公的サービスの提供を事業化しているのである。その際に、ホームレスの人々は実際に必要としているサービスを供給することを目標において、柔軟に新たな事業分野へ次々と展開をはかっていることが特徴である。
 ふるさとの会がこのような事業を行わざるを得ない背景には、行政のホームレス対策が極めて不十分であるということがある。東京都のホームレス対策は、i.路上生活から一時施設へ収容(3ケ月間間)、A.自立支援センターにおける研修プログラム(就労まで2ケ月間)、B.自立支援センターにおける就労彼の住まい探し(2カ月間)、の3段階、7
ケ月間のプログラムである。正規雇用者から直接ホームレスとなったというような路上暦の短い人を想定したものである。しかし、山谷地域の場合は、日雇い労働者の仕事が無くなり、高齢化してホームレスとなったというような路上暦の長い人が中心であって、このような短期の支援で就労・定住化がなじまない、あるいはそもそも就労支援の対象とならないような人々である。さらに、このような短期のプログラムによる路上生活者の施設収容は、それまで、彼(あるいは彼女)が長期にわたって作り上げてきた地域の路上生活者のネットワークから切り離されてしまうことを意味し、7ケ月の就労プログラムの実行の後
に不適応ということで、自立支援センターから排除され、地域に帰ってきたときに、従来のネットワークを回復できる保証は無いのである。
 これに対して、ふるさとの会は、山時収容施設から長期収容施設からヘルパー派遣、へ
ルパー養成事業まで行っており、ホームレスの人たちにシェルターを提供すると同時に、地域に就労と職業訓練の場を創出している。ふるさとの会の長期収容施設での生活の間に、ヘルパー資格を取り、現在ふるさとの会の施設運営に携わっている元ホームレスの人も生んでいる。市民事業の有効性と可能性を示している事例といえよう。

2. 社会福祉構造改革と市民事業の新たな困難

 次に、今年度見学会・ヒアリングを行った「ケアセンター やわらぎ」と「ライフ&シニアハウス港北U」(介護サービス、介護施設サービス事業)を主な事例に、社会福祉構造改革下において市民事業の直面している新たな困難や社会福祉サービス供給の民営化の問題点について触れておきたい。
 介護サービスの分野では、行政は、主に、特養老人ホームと社会福祉協議会などへの業務委託によって公的サービスを供給してきた。しかし、在宅要介護者への家事などの日常生活支援行為は業務外であり、また、在宅要介護者の家族の負担軽減となるショートステイなどによる支援の体制がないなど大きな不備を抱えていた。さらに、急速な高齢化の中で、デイケアなどの需要の拡大の中で、在宅要介護者の基本的な要求に応えられない状況であった。その下で、介護サービス分野の市民事業は、日常生活支援業務、託老施設、ショートステイなど、在宅要介護者と家族の要求に応える活動を有償あるいは無償のボランティア活動として展開してきた。
 一方、社会福祉の分野では、1995年の社会保障制度審議会答申「社会保障体制の再構築」において、福祉制度の措置制度から契約制度への転換が提起され、以降、公的福祉サービス供給の民間化がすすめられてきた。その流れの中で、画期となったのは2000年度からの介護保険制度の導入である。この介護保険制度は、これまで、主に、地方自治体が設置し、また業務を委託して、特養老人ホームや社会福祉協議会が行ってきた介護施設・介護サービス供給を、基本的に民間の施設、事業者が供給することとし、行政は、介護保険への拠出のみで、直接介護サービスの供給に責任を負わないということになったのである。
そして、介護保険の導入によって、介護施設事業および介護派遣事業は、一方において安定的な介護収入を確保する可能性を得るとともに、介護保険収入を当て込んだ営利目的による介護施設事業、介護サービス事業の本格的な展開が開始されたのである。
 さて、ケアセンターやわらぎは、もともと駅構内へのエレべ−タ設置を求める市民運動から発展した事業体である。運動を通じて車椅子利用の要介護者と交流する中で、彼らの日常生活を支援するサービス提供の必要性を認識した市民活動家たちが、日常生活支援サービスの提供を開始したのである。
 介護保険導入によるやわらぎの活動への影響は劇的であった。支援を必要とする人が日常的にサービスを利用できるようサービス料はかなり低く設定してあるために、サービス
提供事業は当然にも赤字であり、会費収入でなんとか事業を維持していたのであったが、介護保険導入後は、介護保険サービスが事業の中心となり、そこから得られる潤沢な介護報酬によって、経営状態は大きく改善したのである。現在では、有償ボランティアである介護保険外サービスの比率は、1割に落ち込み、9割が介護保険サービスとなった。そして、会費収入も不要となり、会費の徴収自体を停止してしまった。今では、市民運動体というよりは、−般の介護事業所といった趣である。
 また、もうひとつの事例である「ライフ&シニアハウス港北U」およひ「ワーカーズ・コレクティブ ソフィア」であるが、前者は、有料老人ホーム経営を大規模に展開している株式会社「生活科学運営」の経営する施設であり、後者は、この施設に介護、食事、清掃サービスを提供している市民事業団体である。生活科学運営は、ワーカーズ・コレクティブと業務委託契約を結ぶことで、入居者・施設職員・介護等サービス労働者の3者の家族的な関係を構築し、施設をひとつのコミュニティとして運営することに役立ち、入居者の確保にもつながったようである。もちろん、問題点もある。「ライフ&シニアハウス港北U」の概要と問題点は資料に譲るが、ここでは、介護保険制度の導入で株式会社のケア付きマンション経営が容易に展開できるようになったこと、入居費用および付加サービス利用が高く、入居者は中高額所得者層に限定されること、および、非正規雇用介護労働者の安定的な確保が、経営上の重要課題であり、そのために、ワーカーズ・コレクティブと業務委託契約を結んでおり、介護保険料の3割を生活科学運営が経費として差し引いていること、したがって、介護労働者の賃金が低く、ボランティア的な性格から完全には抜け出せていないことなどを指摘するにとどめる。
 構造改革と介護保険下における市民事業の困難の内容・特徴とその打開の方向の探求は、重要な調査・研究の課題であるが、調査グループとして、本格的な探求には至らなかった。今後の課題であることを確認しておきたい。

 3. 社会保障の民間化と市民事業の意義
  
このテーマについても、調査部会・調査グループで検討が行われた。その概要については、本報告書の末尾に資料を添付しているので、それを参照していただきたい。


本年度市民事業調査部会の検討項目と主な論点について                  事務局 今井 拓

第1回 調査部会 
 開催日 2月15日
 議題 @ 第16回定期総会への中間報告の内容報告
A ライフ&シニアハウス港北U 見学会報告
 論点 @.生活科学運営は市民事業と言えるのか?
    A.介護サービスの商品化、株式会社によるケアつきマンション事業の問題点
介護労働費用の抑制、高額な入居一時金、付加サービスの料金別途徴収など

福祉グループ会合
 開催日 3月17日
 議題 @ ライフ&シニアハウス港北U 見学会内容検討
 論点 @.社会保障の改革を考えるとき、税金の使い道を変えて、社会保障・介護システムの充実・確立を図ることが基本であることは当然だが、維持可能なシステムをつくることを考えると、在宅介護とグループホームを基本として、介護保険による介護内容の充実、施設による支援としてデイ・ケア、ショート・ステイを充実することで家族の介護負担を抜本的に軽減することが中心となるべきではないか。介護保険制度の自立支援というコンセプト自体は正しい。
    A.福祉施設の営利的経営の最大のポイントは、人件費の抑制であり、典型的には非正規雇用労働者の活用がめざされる。しかし、派遣ナースなども導入されているが定着率が悪いのが最大のネックとなっている。その点では、生活科学運営は、ワーカーズ・コレクティブをうまく活用し、非正規雇用労働者を安定的に確保している。
    B.ワーカーズ・コレクティブ ソフィアの側は、現状では、介護保険収入の3割を生活科学運営に差し引かれ、残り7割をシフトの実績で、生活科学運営社員2割、ワーカーズ8割で分けている。3割を生活科学運営が差し引くことには合理的根拠が無く今後問題としていくことになろう。

第2回 調査部会
 開催日 3月31日
 議題 @ 中央設計 ヒアリング報告
A ケアセンターやわらぎ 見学会報告
 論点 @.市民参加型の社会資本整備においては、発注者の態度が決定的に重要である。
    A.介護保険導入以前と以降において、市民事業の性格から運動や公共性の側面が大きく後退しているように見える。また、サービスの質の確保に取り組んでおり、業務の標準化、マニュアル化がすすんでいる。

第3回 調査部会
 開催日 4月19日
 議題 @ 市民事業をどう位置づけるか
 論点 @.市民事業は、従来型公共事業と「民営化(商業化)」への対抗軸として位置づけられる
    A.起業以外に様々な選択肢がある。市民事業はその中のひとつ
    B.規模や労働集約性などの事業の性格や支払い能力や緊急性などの利用者の性格から市民事業が要請させる
    C.市民事業に求められる価値も多様である。適正技術、雇用吸収力、地域分散型、環境・福祉との有機的連携、多様な組織とのネットワーク、民主的なガバナンス、ノーマライゼーション、労働条件確保

第4回 調査部会
 開催日 4月26日
 議題 @ 本の構成案の提案
    A 「『福祉の市場化を見る眼』を読む」
 論点 @.市民事業は民営化・民活化の流れに対抗するものとして提案されているが、構造改革による地方切捨てに対して対抗する側面が大きい。国土形成という観点からも市民事業を位置づけるべきだ。
    A.市民事業の発展の状況や発展を阻んでいる条件を把握していくことが大事だ。
市場原理の影響から非営利組織や市民事業だけが自由なわけではなく、矛盾を抱え込むことになっていると考えられる。その実態、状況を把握することが重要。
    B.運動の観点からの市民事業の位置づけも重要だ。最近の世界的な政治変革の底にも、市民運動・市民事業の力がある。
    C.構造改革による市場化と営利化で社会保障がどうなろうとしているのか、という点は、構造改革下の市民事業の位置づけを明らかにするためにも重要だ。

第5回 調査部会
 開催日 6月28日
 議題 @ 社会保障と市場化・営利化、構造改革に関わる文献の検討
 論点 @.今日の社会保障の構造改革の中心点は介護福祉分野への保険制度導入にある。この内容をいかに捉えるか、は市民事業を評価する上でも重要である。

第6回 調査部会
 開催日 8月4日
 議題 @ ボローニャの市民事業とイタリアの社会的協同組合について
A 市民事業と非営利・協同セクターについての文献の検討
B 指定管理者制度の展開事例
 論点 @.川口(1999)は、日本においては「福祉ミックス・モデル」が誤って受容されていることを指摘している。「福祉供給の多様化」が「財源の多様化」と混同されており、「福祉ミックス・モデル」は、公的責任を回避するものとして理解され、利用されている。
    

第7回 調査部会
 開催日 9月5日
 議題 @ 「構造改革下の市民事業の課題と可能性」の内容検討
 論点 @.木更津市では、市民会館の管理運営を指定管理者制度で入札に付している。市民団体が落札できる可能性があり、そうなるとかなりの運営改革ができる
    A.中野区中央図書館では、図書館OBによるNPOが指定管理者となって運営改革をしている。それら、市民事業・NPOによる運営改革の実態は把握する必要がある。

第8回 調査部会
 開催日 10月6日
 議題 @ 報告書のまとめの方向
    A 研究交流集会における市民事業研究報告の内容について
  論点 @.報告書の内容について。 総論では、市民事業の考え方を整理し、公共事業改革のひとつの方向を提起していく。各論において、社会資本整備、福祉サービスの具体的な問題点に照らして、市民事業的展開の必要性と可能性を示すものにしていく。
A.国民の支持を受けて既存の公共事業を改革していくためには、市民事業的な展開を視野に入れて、建設労働運動の中にも位置づけていく必要があるのではないか。


付 調査部会における社会保障の民間化をめぐる文献の検討内容について

第5回 調査部会での検討内容

伊藤(2002)は、介護保険導入の政策目的について、公的負担の抑制・公的責任の縮小であり、導入後の実態は、利用料の徴収による利用抑制であった、としている。そして、ドイツ介護金庫と比較すると、日本版介護保険も、保険者・被保険者(利用者)間には、公法上の給付権利・義務関係が存在することは共通している。相違は、ドイツ介護金庫の場合は、保険者と指定業者との間に公法上の業務委託関係があり、指定業者は、公共サービスとしての介護サービスを行政・保険者にかわって行うのであるが、日本版介護保険の場合は、被保険者と指定業者との間には法的関係は存在しない。したがって、保険者が指定業者を選択したり、指導したりする権限が与えられていない。その意味で、公共サービスとしての性格を貫く制度的保障がないのである。一方、被保険者と指定業者の関係では、ドイツの介護金庫の場合は、被保険者と指定業者との間には、私法上の契約関係は成立していないが、日本版介護保険の場合は、これが成立している。したがって、被保険者の利用料支払いを条件として指定業者が介護サービスを供給するのであり、保険者と被保険者との給付義務権利関係は、市場での契約の履行を介して実現する形態をとっているのである。日本版介護保険における市場化の意味内容は以上のようになっており、指定業者が、保険者と契約せず、被保険者と直接契約することがその核心である。介護保険のこのような日本的形態により、介護保険を介する限り、サービス供給者がどのような主観的な意図を持とうとも、利用料の支払い能力によって、サービス享受権を制限することになる。市場化の意味内容をこのように捉える限り、非市場化、介護サービスの公共サービス化(委託業務化)は、指定行者の市民事業的展開にとって、かなり重要な条件となるのではないか。以上の点は、明らかに営利化とは異なる論点であるが、このような市場化は、株式会社の参入による介護サービスの営利化とほぼイコールとなるのではないか。
 横山(2003)は、市場化を、市場における貨幣を媒介にした直接的な売買関係と捉えているが、日本版介護保険制度において、被保険者と指定業者との間に介護サービスの売買が行われているわけではない。介護サービスの売買は、実体的には、保険者と指定業者との関係において生じているのであり、被保険者は公的な購買力に支えられて介護サービス請求権を行使しているのである。その意味では、介護サービスの市場化は、日本版介護保険においても、極めて限定された形で行われているのであり、それであって初めて、介護サービス事業への株式会社の参入も可能となるのである。

第6回調査部会での検討内容

川口(1999)は、ある論者(V・ペストフ)の議論に依拠して「非営利・協同セクター」の<フォーマル・私的・非営利>という性格を指摘している。国家は<フォーマル・公的・非営利>、市場は<フォーマル・私的・営利>、コミュニティは<インフォーマル・私的・非営利>である、という。したがって、福祉サービスの民営化には、@ 市場化、A コミュニティ化(家族・地域の助け合いなど)、B 非営利・協同化 の3つのパターンがあることになる。分かりやすくするために、フォーマルを制度、私的を民間と言い換えると、福祉サービスの市場化は民間化と営利化、コミュニティ化とは非制度化と民間化というそれぞれふたつの内容を持っているのであり、それに対して非営利・協同化は民間化(制度・非営利の性質は保持される)として捉えられる。従来型(国家・行政による)福祉サービス供給にかわるもの3つのサービス供給形態を区別し、それぞれの得失をきちんと評価する必要がある。


参考文献
 川口清史『ヨーロッパの福祉ミックスと非営利・協同組織』(1999年)
 伊藤周平『「構造改革」と社会保障――介護保険から医療制度改革へ――』(萌文社 2002年11月)
 横山寿一『社会保障の市場化・営利化』(新日本出版社 2003年6月)
 渋谷博史・平岡公一編著『福祉の市場化を見る眼――資本主義メカニズムとの整合性』講座・福祉社会11巻(ミネルバ書房 2004年10月)



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