2006年度 公共事業プロジェクト研究報告書 2006/12/17

2006年度公共事業プロジェクト報告書    

目次
  はじめに                      ・・・・・P1
      (執筆 葛西浩徳)
  1.国土交通省『ダンピング対策について』を考える    ・・・・・P2〜P5 
    (執筆 永山利和)
  2.建設産別組織としてダンピング横行に対する政策と運動の方向 ・・P6〜P8
     (執筆 葛西浩徳)
  3.長野県の入札制度改革に関する現地調査報告      ・・・・・P9〜P10
       (執筆 葛西浩徳)
  4.日本型入札ボンド制度導入に関する見解        ・・・・・P11〜P14
       (建設政策研究所) 
    5.国有財産売却で再開発――財界の要求丸のみは許されない ・・・・P15〜P23
       (執筆 高瀬康正)
  6.高規格堤防事業(スーパー堤防事業)の問題点と最近の動向 ・・・P24〜P26
       (執筆 葛西浩徳)

はじめに

   2006年度1年間の公共事業プロジェクトの課題は、前田中長野県知事が進める公共事業改革の一環である「入札制度改革」に関する調査から、重要な問題意識をプロジェクトとして持ち、国土交通省が進める「総合評価方式契約」と建設業界の「談合決別宣言」後の「低入札工事」の激増という極めて劇的な情勢の中で検討を進めた。
   建設政策研究所が従来から指摘してきた通り、建設労働組合の要求を「公正な建設労働基準」に据えて、ダンピングの基準を作り、行政が規制する建設行政に転換すること、技能者育成プログラムを国・業界・労働組合が連携して進めること、会社のあり方としてダンピング入札は背任行為であることなど、単なる入札制度の問題ではないことは明らかである。
   ダンピング対策で制定した「品質確保法」に基づく、「総合評価方式」がダンピングを激増させるということは皮肉であり、自民党・国土交通省・建設業界が本質を解明していない証である。こうした事態が進行し、一層の労働基準の価格破壊が進行し、建設業界全体が崩壊しかねない。従って、建設労働組合が大同団結し、建設業界に「労働協約」の締結を迫り、この「労働協約」を「公正な建設労働基準」に据える運動を強化することが求められる。その為に、具体的な政策提起を今後も公共事業プロジェクトを進める必要がある。(責任者:葛西 浩徳)

1.国土交通省『ダンピング対策について』を考える―執筆 永山利和

1. ダンピングの定義とその対策発展の沿革

1) ダンピングの定義
 ダンピングとは通常コストを賄えない価格設定行為を意味する。注意しなければならないことは、ここで生じるコスト割れは、市場の評価で価格がコスト割れを起こすのではなく、販売当事者、工事受注者が自らコスト割れ価格を設定するという積極的行為をさすことである。
 現在、公正取引委員会のガイドラインで規定されているダンピングは、よく指摘されているように、小売業などを念頭において規定されていることである。ここで定義問題が生じる。すなわち、公正取引委員会ガイドラインの定義は、コスト割れ価格設定だけでなく、それが繰り返され、その結果他企業に損害を与え、ひいては産業にも打撃を与えるというものである。
 杓子定規にこの定義を見ると、
@「繰り返す」ということは、量産品、類似品が多く、それらの市場競争があることが前提されている。建設業のように、基本的に受注生産、一品生産型産業では、同一工事を繰り返し低価格受注するということは通常の事業活用ではありえない。ということは建設業ではダンピング認定が不可能になってしまう。
A他企業経営に損害を与えるという点では、受注した企業が受注できなかった他企業の経営に与える打撃を考えてみると、受注できなかったことによる損害を考慮しなければならない。そうだとすると、この規定では建設業でのダンピング認定が一層困難になる。
Bコスト割れ価格が産業界に与える影響という点では、下請重層構造の下に進められる生産システムの下では、元請企業レベルの損害認定などを考慮することは不可能だとしても、非常に困難である。
 こうした理由から建設業におけるダンピング認定は、法的規定に関する限りかなり困難であるといわなければならない。
 では、それにもかかわらず、ダンピング問題が急浮上してきたのは何故であろうか。
 最近時点でダンピング問題に政府が取り上げているのは、2001年(平成13年)6月国土交通省実施工事に関するダンピング排除措置である。この時には、入札調査、保証会社に対する前払い金の使途監査それに伴う改善措置を内容としていた。
 しかし今日、当時よりも入札制度改革が競争促進策として働きだしたこと、ゼネコンが談合離脱宣言などを実施したことなどに伴い、ダンピング行為はゼネコンにまで広がり、下請へのしわ寄せ、労働条件悪化、安全対策の手抜きなどが進行し、姉歯構造計算書偽造事件とも重なり、もはや放置できない状態になっている、という認識が業界はもとより、国土交通省だけでなく自民党にも対策本部を設置する事態になった。このため、国土交通省の本省はもとより、地方整備局でも改善に乗り出さざるを得なくなっている。
 それが建設業の“疲弊”現象をもたらしているという危機的認識を生んでいる。

2) ダンピング問題の略史
資本主義経済における市場競争は、ダンピングという特殊な競争現象をしばしば生んできた。しかし、このダンピングという“競争現象”が、ダンピング“問題”として国家経済政策に登場するのは資本主義的競争が独占段階に入った20世紀初頭からである。前期的独占時代にはダンピング行為自体が生まれにくかった。独占資本主義段階以前おいては、中小企業が主流であったから、ダンピングを行った企業は市場から早晩離脱を余儀なくされたからである。すなわちダンピング行為は経営の自滅と背中合わせだったからである。
 今日ではダンピング発生は、多様な要因から生じる。
滞貨の処分、顧客の維持・確保、新市場開拓、競争相手の機先を制する等、ダンピング発生の要因は多様であり、様々な業種で繰り返し起きている。これら要因で発生するダンピングは、短期的な事業戦術として取られ、一種の“価格差別”戦術であり、それ自体歓迎すべき行為とはいえない。だが、市場で発生するのを予防できず、消費者の取っては歓迎する面もある。しかしこれら短期的ダンピングは早晩停止する。
他方、長期的なダンピングは、独占段階において生じる。それは、大型生産設備の稼働率を維持し、さらに“規模の経済”性維持の上で発生する。とくに、20世紀初頭にはカルテル、トラスト、国際シンジケートによる国際的市場分割が、市場拡張の手段として独占・寡占企業の間で政策的にとられた。それは国際的競争市場、とくに貿易摩擦が国内企業間競争の域を超えて進む。それとともに国家間の経済競争、産業構造競争とそれに対する税、賃金・社会保障政策等、国家間に政策体系上の摩擦や制裁措置が取られる。こうした国家政策を含むほどに問題が拡大すると、商品、企業レベルの競争秩序維持では処理できず、いわゆる“ソーシャル・ダンピング問題”になる。それは賃金水準、産業政策、税制、社会保障制度との社会諸政策を含む総合的競争体制摩擦を意味している。長期ダンピング問題には多様な要因が絡み合い、国家間紛争にまでなるのである。
ダンピング防止問題が国際舞台に登場するのが世界大恐慌前であった。すなわち、ヴェルサイユ講和後の1927年に国際連盟ジュネーブ国際経済会議の開催がそれであり、このとき2つの覚書(「ダンピングに関する覚書」[Viner執筆]、「とくに為替ダンピングに関連するダンピング除去の為の各国の法制に関する覚書」[Trendelenburg執筆])が提出された。この会議は、世界的貿易秩序論議の時代が到来したことを告げた。さらにこの世界貿易秩序の下におけるダンピング防止は、第二次大戦後、GATT体制から今日のWTO(世界貿易機構)における基本的協議事項となった。これらがダンピングの発生略史である。
 戦後日本における長期構造的ダンピングは、繊維、鉄鋼製品、家電製品、自動車、肥料などの主として輸出産業分野で多面的、政策的に行われていた。それは海外輸出における政府ぐるみの“偽装”型ダンピングといってよい。それら諸製品分野では、旧通産省の「行政指導」により“官主導カルテル”で国内生産調整(カルテル)を合法化した。そのうえで国内価格を高値に安定し、逆に輸出価格を低価格戦略で海外市場を押し広げた。これら構造的ダンピング行為を行う仕掛けは、旧財閥系列別に形成された大型装置産業優先政策の下において生じる過剰生産対策があった。
 そこで過剰生産を背景に、行政指導で国内消費者への高値価格維持、低賃金でのコストダウン、国内消費者の“輸出補助金”という歪んだ市場メカニズムになっていた。高価格で国内消費者を押し付け、それを低賃金の押し付けと抱き合わせて海外ダンピング・コストを補填した。それは下請重層構造で下請価格を押し下げ、さらに建設労働者賃金を切り詰めてスーパー・ゼネコンを初めとする大手建設資本の行動と類似した仕組みである。このようにして製品輸出・世界市場拡大を体制的に進めた。しかし、プラザ合意、日米構造協議、ガット・ラウンド、WTO協定などを経て、実質上日本の国際的な製造業ダンピングには終止符が打たれた。

2. 建設業のダンピングの形態と特徴

 ところで日本建設業におけるダンピング問題は、国際競争がまったく関係していないとはいえないが、国際競争問題という要素は乏しい。そのために建設業の公正競争実現の市場圧力は長期間放置され、黙認された。ゼネコンにとって現在の問題は、建設独占・寡占企業、すなわちスーパー・ゼネコンの存在とそれを先頭にした競争制限、不公正競争、すなわち談合体質の弊害が表面化し、市場縮小下でもはや覆い隠せなくなった。行政=発注者の財政縮減と受注カルテルの典型であるゼネコン企業間調整という談合体制は限界に近づき、談合処理的市場秩序の維持が破綻してしまった。
談合離脱宣言をどこまで信じられるかの疑いは晴れない。しかし、落札率・落札価格の動向を見ると、これまでの談合体制の維持が困難になり、その結果、ダンピング現象が一気に広がっている。談合体制離脱とダンピング拡大は、一層の競争化であるが、ここに出現しているダンピング現象は従来の短期的ダンピングと異なり、建設市場にダンピング体制が生まれつつあるといえる。
現在の状況は、従来のダンピング問題とは大きく異なっている。それは重層的ダンピング構造形成につながっているのではないかといえる。
問題の深刻さは、第一に、発注者と元請企業間における工事価格における入札ダンピングが広がっている。入札ダンピングはゼネコンも巻き込んでいる。それが長期化すればその結末は多方面に悪影響を及ぼす。一面では工事結果の品質を保証できるかどうかというぎりぎりの問題に行き着きそうである。元請のダンピング受注は、下請重層構造に負担を転嫁する道が残されている。
それも短期ダンピングであれば発注者の投資コスト節約につながる。しかし長期化し、構造化すれば指値発注・“赤伝”押し付けなど不公正な下請取引、そして労働ダンピングなどの複合作用が生む建設物の品質劣化の連鎖は不可避となる。
元請受注価格のダンピングは、元請企業と下請企業との間に下請工事価格ダンピングの連鎖、トリクルダウン(=trickle-down、通貨浸透説といって政府財政支出を福祉等に振り向けるよりも大企業を通すほうが経済効果が大きいとする主張で、サプライサイドエコノミー説が使う用語)ならぬ逆トリクルダウン(経済効果がマイナスに波及する効果)が生じていることにある。工事コストは、諸要素から成り立つが直接工事費では、セメント、鋼材、機器等の価格は寡占価格商品が中心であり、一下請企業が購入する資材価格は元請の集中仕入れで手に入れるほうが低コストである。したがってコストで弾力を持つ要素は賃金にしか求められない。行き着くところは賃金以外にはない。しかし賃金は、生きた労働へのコストである。“死んだ労働”(過去の労働の結晶である)であるセメント、鋼材・機材、機器等はそのコストだけの機能しか果たさないが、賃金支払いの相手である労働者への役割は資材・機材を生かしながら、新しい工事成果、付加価値を追加する。しかし、あまりに低い賃金はこの生産的機能を台無しにしかねない逆生産機能をもたらす。それが人間労働である。時給1000円程度の賃金でよい仕事をすることは一時的には可能でも長期には労働者が建設業を捨てることになる。捨てなくても反抗、抵抗し、長時間肉体労働が精神を蝕み、不注意、ミスが増える。これがモノづくりの危機といわれている本当の基盤であり、モノづくりの技術的後退以前に、人間破壊が先行し、そのいくつかの結果の一つがモノづくりの成果の崩壊、品質劣化につながる。材料、加工、組み立て技術が衰えているのではなく、労働者の破壊が技術・技能の発揮を抑止するのである。

3. 政府ダンピング対策とその問題点

ダンピング問題に関して基本的に押さえておかなければならないのは、建設市場における独占・寡占を維持した大手建設業が、談合による受注確保体制を離脱し、このまま低価格競争、ダンピング受注を続け、それが生む過当競争と建設工事請負価格・下請重層構造の下で下請工事価格の崩壊現象を放置すれば、その結果は生産物破壊、生産の担い手である労働者=人間破壊が生まれる。災害、手抜き工事当の発生はそれに深い関わりをもつ。この一連の連鎖がきわめて重要な危機の象徴である。2006年新年から、スーパー・ゼネコンが談合離脱宣言を行ったが、それはダンピング現象をむしろ拡大した。ここに、ダンピングの構造化というかつて見られない規模でダンピングが展開した。このことに今日の特徴がある。
 これに対して国土交通省の基本政策は、“建設生産システム改革”で乗り切ろうとしている。しかし、当研究所の「建設生産システム改革への提言―建設産業の健全な発展のために低価格競争の悪循環を断ち切ろう」の中で根本問題を指摘しているので、ここでは国土交通省の基本政策へのコメントにとどめる。
 まず 基本点は、
@競争環境の整備を品質確保・低価格競争を前提に相変わらず競争を促進する、
A責務の的確な遂行と技術・コスト削減能力の向上、
B契約に基づく建設主体のパートナーシップの構築を挙げている。
具体的には、
@法令順守と各主体間の対等な関係の構築、
A技術者・技能者による適正施工の確保、
B入札・契約制度改革、
を挙げている。ここにはこれまで建設業を疲弊させてきたコスト低減、法令順守、技術向上などを継承し、その上に新たな技術評価優先政策でゼネコンを支援しながら、その機能強化に向けた方向を示している。建設業における各種主体間の対等性、片務性の是正を掲げているものの、その実現への具体策、ダンピング防止策の規定を構成する労働者の取り扱いは技術者、技能者に集中するだけで、全体的な雇用関係、労働条件向上への具体策はほとんど示されていない。
 注目を引く新しいパートナーシップ協議体制にも建設労働の担い手をどのようにパートナーシップに組み込むのかは旧態依然たる“相手にせず”の姿勢が貫かれている。また、納税者という視点に加え公共建設物等の利用者とのパートナーシップ論は皆無である。そこには誰のための品質維持なのかの視点から国民、利用者は排除され、ゼネコンも技術評価優先の品質確保政策で過当競争をゼネコンに寄せて処理する姿勢が明瞭である。



2.建設産別組織としてダンピング横行に対する政策と運動の方向―執筆 葛西 浩徳
(低入札価格調査制度の改善に関して国土交通省への要求案)

 標記については、近年、総合評価方式の導入に伴って、低入札工事が急増しています。これは、従来の談合が少なくなっている現れでありますが、低入札が横行する直接の原因は、建設工事は現場の建設労働者・技術者によって施工されておりますが、ゼネコンの圧倒的・独占的優位な立場から労働者賃金を、「指し値」で低賃金を押しつけている労働基準法違反が常態化している重層下請構造が原因であります。
 国土交通省は、建設産業の労働基準法違反の重層下請構造を前提として、労務費は「民間と民間の契約」による「市場取引」を調査しており、その労務費はあくまで積算単価であり国土交通省が指導して請負契約者が支払う賃金ではないとの立場をとっています。従って、請負会社が儲けを確保するために、独占的な立場を利用して、下請労働者の賃金をたたいて儲けを確保した後の、労働者賃金が発注単価になる仕組みとなっており、毎年建設労働者の賃金が低下する政策を国土交通省は採用しています。
建設業界は、国土交通省のこうした政策に疑義を唱えません。それは、天下りや政官財の癒着の構造から、建設労働者の置かれている実態を無視し儲けが確保できるからです。そして、大手ゼネコンは勝手放題に振る舞い、技術的評価より労働者賃金を抑えて、又は、支払わないことを予定して、低入札しているのであります。これはもはや「組織的犯罪」と言わなくてなんというのでしょう。
7月10日の建設通信新聞で元近畿地方整備局長の参議院議員は、栃木・茨城・群馬三県建設業協会合同会議で、群馬県建設業協会会長が「失格基準がなければ現実的にはダンピングは止まらない」との指摘に対して「ダンピングの工事を後から調査するのは本末転倒。はじめから契約しなければいい」とのべ「発注者に問題がある」として「原価割れで入札した会社を総合評価方式ではじく枠組みをつくればそれで済む。法的にもまったく問題がないはず。この対策を実施しないのは発注者の責任放棄」と述べています。
 従って、長野県を初めとして、全国の多くの自治体が採用している、入札時に「失格基準」を導入すべきであります。建設工事は、工場製品とは違い、単品受注製品であり、性能が悪いから取り替えることは極めて困難であり、税金の無駄使いとなります。入札価格に上限拘束性があるのであれば、下限拘束性を設け、施工の安全と品質の確保と建設業者の企業運営を支える利益を確保させるために、一定の「失格基準」を導入すべきであります。
 同時に、従来の労働者賃金を利潤の対象とする企業は、建設産業から根絶させる政策誘導が必要です。つまり、重層下請構造はなかなか是正できなくとも、労働者賃金が労働者との協約に基づき、一定の期日以内に支払われるよう行政が誘導する必要があります。このことに従わない業者は、市場から退場させることが、不良不適格業者の排除につながります。建設現場は、建設労働者で成立している産業であり、技術と品質は彼らが握っていることを彼らの税金で生活している行政官は認識すべきであります。
 建設行政を司る貴職が、建設業界の実態を正確に捉えた、下記の要求事項の実現のために努力されることを要求するものです。



1,  低入札価格調査制度に「変動失格基準」制度を設けること。「変動失格基準」とは「直接工事費」「共通仮設費」「現場管理費」は最低価格基準とし、入札価格の異常値を排除した平均値と予定価格との乖離を変動要素とした制度を設けること。
2,  「変動失格基準」制度の導入と同時に、労務費については、従来の「民民契約」や「市場取引価格調査」という考え方を改め、建設労働者の賃金という考え方とし、「発注者」「学識者」「労働組合代表」の三者により公正に定める「建設労働賃金」制度を導入すること。または、労働組合との労働協約による「建設労働者賃金」とすること。
3,  公正に定めた「建設労働賃金」については、一次以下の下請企業についても支払い状況を発注者に下請労働者との書面契約を契約締結後一月以内に提出させ、完成検査時には、下請労働者の支払い証明書を提出させること。
4,  将来的には、建設労働組合代表と経営者団体による労働協約による「建設労働賃金」による「公契約法」を国内法として整備すること。
5,  機械や資材についても、上記の同様の考え方で、「入札契約適正化法」に則り、支払い状況を逐一把握し、下請け取引の適正化評価基準を設けて評価し、総合評価方式の際に評価の指標とすること。
6,  その評価と公正取引委員会や労働基準監督署への告発の部署として、技官と事務官で構成する組織(仮称:総合評価課:総合評価検査官)を事務所毎に設けること。

1, 事実認識
○ 現行会計法や運用、建設業法などの限界
○ 平成14年2月 (社)全国建設業協会の要望事項(予定価格の92%〜94%)
○ 平成13年以降長野県入札改革の議論と失格基準(予定価格の75%〜80%)
○ 委員会での議論「不当に低い請負代金」の防止の実効を確保するために、カルフオルニア州で制定されている「公共契約法」4104条(ネットでも検索不能)を習って、入札前に下請け業者との契約を発注者に通知し、契約後変更できない。
○ 平成16年公正取引委員会の「公共建設工事における不当廉売の考え方」(直接工事費=工事原価+共通仮設費+現場管理費を下回るかどうか、地位・頻度・程度・波及性・影響事業者規模を個別勘案)

2, 政策方向と実現性の展望
○ 産別労働組合による運動なくして、労働者の状態の改善はあり得ない。階級間の闘争が歴史を前進させることから、この力関係を変えるのは、民主主義国家であれば、資本家・大手ゼネコンを拘束する法律や産業政策を構築することにある。従って、自民党・公明党・民主党のアメリカへの売国的な政党が支配している日本で、次の政権の政策課題として、建設産別労働組合が日本全国で、国会、自治体、各省庁へ法律、省令、運用細則の民主的な転換を求め、具体的な法律要綱、省令要綱、運用細則要綱を作るよう、大衆的に政策を確立し求めることが歴史を進める大きな力になることは明白である。
○ 新自由主義の小泉構造改革路線における、現在の国土交通省の政策を変えるためには、基本的に政権を国民的な民主的政権を樹立する必要がある。しかし、その樹立は建設産別労働組合の闘争が高揚する中でこそ可能である。日本の資本家・大手ゼネコンが労働協約を建設産別労働組合と締結するには、日本で統一した建設産別組織の統一闘争を強化しつつ、法定事項にしないと最終的には結ばない。
○ 事実認識にもあるように、現在の超保守的な政権でも「ダンピング受注の基準を作ること」は、その支持基盤の建設産業界の利益を守ることから、闘争すれば一番最初に実現可能であると考えらる。
○ 「ダンピング受注の基準」を作っても、労働者の賃金が搾取の対象となっている現状では、建設会社の利益を向上させ、政治献金が増大するだけであり、労働分配率は上がりません。中小建設業・建設技能労働者の賃金を不当に搾取させないためには、「不当に低い請負代金」の防止の実効を確保するために、カルフオルニア州で制定されている「公共契約法」4104条も学んで、新自由主義の大本でもある制度を導入すべきという世論を作り、与党や野党を包囲し、国会請願を繰り返し実現させる。               以 上



3.長野県の入札制度改革に関する現地調査報告―執筆 葛西浩徳

はじめに
 今回の調査結果は、以下の通りです。
○ 長野県田中県政の公共事業改革は、長野オリンピックの開催に示される大型公共事業推進からの公共事業見直しを公約として掲げ、県民の圧倒的な支持を受けました。その具体的政策は、「公共事業費の大幅縮減」と「脱談合入札方式への転換」を実行。
○ 一方、県内建設業者は減少し、収益率は東日本で最低水準に低下、県発注当局と県建設業協会との溝は深刻な状況。
○ 低入札案件が横行し「品質」や「下請けへのしわ寄せ」が進行したため、平成15年度から「変動失格基準」を導入し、検査の強化と下請け110番を設置。
○ 県建設業協会の不満の中心は、田中知事は「建設産業を縮小し新分野に転換」という方針でありますが、県建設業協会は「建設産業を必要な地域振興産業との認識がない」「建設業者は疲弊し高齢化し、新分野に転換する資金がなく意欲もでない、従って、柔軟に対応すべき」というものです。

長野県における公共工事入札制度改革の経過
 長野県発注当局のヒアリングは、2時間という短い時間の中で、丁寧に説明をうけました。誌面の都合で概略的には、以下の通りです。詳しい資料が必要な読者は、「長野県経営戦略局公共事業改革チーム」(TEL026−235−7027(直通)、FAX026−235−7026,E−mail kokyojigyo@pref.nagano.jp)にお問い合わせ下さい。

1.入札制度改革3つの理念
○納税者が求める4つの条件の確保『透明性』・『競争性』・『客観性』・『公正・公平』
○いい仕事をする業者が報われる制度へ
○公務員の意識改革を促す制度へ
2.長野県の入札改革の歩み
 長野県の入札改革の歩みは、誌面の末の表の通りです。「地域要件」を広げたことと、事後審査郵送方式にしたことで、談合が成立せず落札率は低下しました。その後、失格基準を設けた平成15年から落札率は上昇しています。
【平成13年度】
工事落札率平均97.4%(応札者8.9社)、委託業務落札率平均95.3%(応札者7.4社)
【平成14年度】
受注希望型導入後の平均落札率は、工事75.6%(応札者9.7社)、委託業務46.4%(応札者11.9社)に急落。
【平成15年度】
工事落札率73.1%(応札者6.0社)、業務落札率52.4%(応札者9.0社)で委託業務が若干改善しました。
【平成16年度】
工事落札率76.0%(応札者7.0社)、業務落札率59.4%(応札者11.7社)で全体的に落札率が若干上昇しました。
【平成17年度】
工事落札率81.5%(応札者9.4社)、業務落札率68.8%(応札者13.9社)で全体的に落札率が上昇しました。
3.長野県の入札制度改革(最終とりまとめ及び提言)
○ 平成16年10月現在における成果も確認されています。
 ◇ 建設工事について、平均落札率が平成13年度から15年度にマイナス24.3%も低下しており、談合がほぼ排除されたと見られる。
 ◇ 談合疑惑度(落札率95%以上の割合)が平成15年度88件の工事の内2件であり、談合はほぼなくなったと見られる。
 ◇ 委託業務でもほぼ談合は行われていないと見られる。
 ◇ 談合が排除された理由として@一定の能力があればだれでも入札に参加したこと、A地域要件を広げ業者数を増やしたことなど「談合の攪乱要因」を取り入れたこと。
 ◇ 入札制度で競争性が高まったことにより、平成15年度において約195億円(県民一人当たり約9000万円)の節約された。
◇ 入札制度改革後、建設関連企業に再就職する技術系職員数が激減している。
◇ 入札の都度、入札参加業者を指名する業務及び入札参加資格業者の資格審査する業務が不要となり、発注事務が効率化された。

長野県建設業協会との懇談
 田中知事誕生前と後の企業収益ランクは、東日本一番から最低ランクまで悪化し、倒産が相次いでいる。「適正化委員会」による「入札価格いくら低くてもそれが適正価格だ」の論理は、余りにも極端な論理である。田中知事は「公共事業はいらない」という姿勢であり、「地域振興」という発想がないので、建設業界として未来も語れない。長野県建設行政は田中知事の独裁であり、我々建設業者の意見は聞かない。改めたのは「入札価格の事前公表」を事後公表に下だけである。県建設業協会は人材として高齢化し、新たな産業に移れと言われても、そういう余裕はないので「長野県建設業界の実情を踏まえ、ソフトランデイングを」が協会の主張である。極端にならず、建設業界の実態を踏まえた現実的な対応をしないと、具体的に議論にならない。

長野県調査から得た問題意識
 長野県の状況を聞き、公共事業は発注者と受注者は対立的にならざるを得ませんが、どちらも重要な社会資本づくりにとって極めて重要であります。しかし、問題は公共事業が国民・住民のためにあるものであり、公共事業の住民参加型への転換、発注者・経営者・労働者・市民・学者による、公正な建設労働者賃金や労働条件の確保など、公正な競争のルール作りを中心にしないと、長野県の入札制度改革だけでは、低入札価格競争が激化することは明白であることは認識できたといって良いと思います。          



4.日本型入札ボンド制度導入に関する見解―建設政策研究所

はじめに

 国土交通省は2006年10月から公共工事の入札・契約手続きの一連の流れの中に日本型入札ボンド制度を導入する方針である。入札ボンド制度は公共投資をはじめとする建設投資の急速な縮小のもとで建設業界の新たな再編・淘汰を実現し、大手ゼネコンを中心とした有力企業のみが生きのびる競争環境をつくるための制度のひとつとして、この間、国土交通省の諮問機関である中央建設業審議会の中で検討されてきた。その「中間取りまとめ」にもとづき日本型入札ボンド制度とはいかなるものかみてみることとする。
 そもそも「ボンド」とは、日本では保証証券業務といわれ、保険業法により損害保険会社しか営業できないこととなっている。損保会社は申請会社の信用リスクに応じた保証証券を発行するが、そのリスクは損保会社の再保険という仕組みを使って世界中に分散することができる。入札ボンドはアメリカにおいて広く採用され、入札参加時点において、保証会社が入札参加希望の建設業者の資金力、過去の工事経歴、契約遂行能力について企業評価を行い、入札段階での業者選定の判断基準としている。
 日本では1995年に導入された履行保証制度(契約時点において金融機関等が建設業者の財務的な履行能力を審査し与信する)との一体的運用を前提に、入札ボンドが履行保証の予約としての機能を発揮するとともに、落札・契約に至るまでの保証機能を果たす制度として導入されようとしている。
 以上のような入札ボンド制度の導入について、その背景とねらい及び問題点について以下のような見解を述べる。

T.導入の背景

1.公共投資の大幅な削減と今後の縮小見通しに対応したゼネコンの再編の必要性
国土交通省が発表した2006年度建設投資(名目)見通しを見ると、政府建設投資はピーク時(1995年度)の35.2兆円に対して06年度は18.2兆円という見通しを立てている。ピーク時100に対して51.7と半分近くにまで削減されている。
また、政府の「骨太方針2006」においても今後5年間に公共事業費を3兆9千億円〜5兆6千億円の削減が予定されている。
 このような公共事業市場の急速な縮小に対応した、公共工事の主要な受注先であるゼネコン企業の再編・淘汰の必要性に迫られている。

2.価格競争を排除し受注減少下における収益の最大化を目指す必要性
 ゼネコン間の厳しい受注競争は民間工事だけでなく公共工事においても工事利益率の減少をもたらしている。工事受注高の減少下において収益確保のためには工事利益率を確保できる体制づくりが急務となっている。そのためには公共工事の入札時における競争参加業者を減少させ、過当な価格競争を避ける必要が生じている。

U.導入のねらい

 建設および橋梁・機械・鉄鋼メーカーはこの間、度重なる政官業癒着・官製談合が摘発され、これに対する国民の強い批判が生じている。そしてその批判を一定程度反映して強化された独占禁止法のもとで、従来型の癒着・談合によるゼネコン全体の護送船団方式による生き残りが困難な社会的環境が作られつつある。大手ゼネコンでは、昨年末に「談合からの脱却」を宣言し、新たな業界秩序として公共工事における価格による一般競争入札とともに技術力評価を加味した総合評価型一般競争入札、さらには設計・施工一貫型一般競争入札方式を導入することにより、技術力競争に勝るスーパーゼネコンが大型公共工事市場の独占を図ろうとしている。
 さらに価格競争を排除するための見積もり提案型入札など技術提案を大義名分に予定価格の形骸化を図ろうとしている。
しかし、技術力による競争は技術力を客観評価し、その公正性、公開性を図ることが、国民の癒着・談合批判に対応するためには避けることができない課題である。
技術力評価は基本的には公共工事発注者である行政機関の責務であるが、一般競争入札に基づく技術力競争参加業者の技術提案を行政機関が客観評価することは大変な労力を必要とし、行政機関のスタッフの質・量共の充実が必要とされる。
そのため、入札ボンド導入により入札参加希望者を金融機関が事前に審査し、技術提案入札参加者を事前に篩いわけすることにより余分な労力を回避しようというのが、直接の動機である。しかしこの施策はそれにとどまるだけでなく、以下のようなねらいがある。

1.公共投資削減に対応した公共工事受注業者の選別
 公共工事量の減少に対して過剰供給状況にある公共工事参加業者を削減する道具として日本型入札ボンド制度を活用することにより、金融機関主導で公共工事受注業者の選別・淘汰を行わせることが可能となる。
 特に、技術力や経営力に劣る中堅・中小建設業者を淘汰する道具として活用するねらいがある。

2.民間工事においても建設業者の選別・淘汰の道具に
 入札ボンドの審査項目が@資金力 A過去の工事経歴 B契約遂行能力 となっているように入札ボンド制度は建設業者の財務、経営、技術の全体能力を審査することとなっている。金融機関の審査結果は公共工事の入札参加資格だけでなく、民間工事発注者の業者選択においても客観的判断資料として活用されることとなる。特に民間工事においては発注者の資金調達との関係で金融機関は強力な発言力を持ち、金融機関が自ら審査した結果は大きな効力を発揮するものと想定される。このように入札ボンド制度は民間工事における建設業者の選別・淘汰を行わせることが可能となる。

 以上のように入札ボンド制度の導入は建設産業の再編・淘汰の道具として、その威力を発揮するものと見られるが、一方で入札ボンド制度導入を目くろむには以下のような金融機関のねらいがある。

1.日米金融資本の新たなもうけ口づくり
  公共工事の一般競争入札物件のすべてに入札ボンド発行審査が義務付けられることとなれば、日米損保会社の新たな大きなもうけ口となる可能性がある。日本型入札ボンド制度は履行保証予約としての機能を果たすこともあり、また入札参加希望業者すべてが審査を受けることになれば、その審査手数料が莫大なものになることが予想される。

2.金融・不動産・建設一体の開発型不動産投資に対応した事業づくり
  公共事業を計画・設計・建設・運営・維持管理が一体となって民間事業化させるPFI(PrivateFinanceInitiative)方式の推進、都市部における民間大型不動産開発事業の展開は、その資金融資やアドバイザリーなど金融機関の果たす役割が極めて大きくなっている。そしてこれら物件が投資物件として不動産投資市場における金融商品となり取引されることにより、金融と不動産、建設が一体のものとして事業づくりが行われている。
  このような事業づくりに対応できる建設業者を入札ボンド制度により金融機関が選択するとすれば、大手ゼネコンが最もそれに相応しい力量を備えていることとなる。逆に言えば入札ボンド制度を通じて、金融機関の都合の良い建設業者を選択することにより、金融機関中心の不動産投資市場を公共、民間建設部門において構築することが可能となる。

V.日本型入札ボンド制度の問題点

1.金融機関が入札参加希望業者の入札参加の自由を排除する
 入札ボンド制度は基本的に一般競争入札において採用するとされている。「中間取りまとめ」では入札ボンド手続きにおいて建設会社は公共工事発注者の入札公告とともにボンドの申請を損保会社に行うこととなっている。損保会社の審査により与信されない場合は、その時点で入札参加資格を奪われることになる。アメリカの入札参加資格の検討はまず発注者の事前資格審査が行われ、入札とともに入札ボンドが発行される。そのため入札ボンドは入札時の落札業者を決定する上で発注者の審査資料として活用されるが、入札参加希望業者の入札参加の自由を奪うことはない。
しかし、日本の場合は厳密には「入札前ボンド」として機能(これを「日本型入札ボンド」と称している)し、金融機関が入札参加希望業者を入札前に指名する権限を持つことになり、一般競争入札の主旨である入札参加の自由を排除する役割を発揮することになる。

2.金融機関が建設業者の施工能力を正確に審査できるのか
 「中間取りまとめ」では損保会社が行う入札ボンド発行審査の項目はまだ明確にされていないが、アメリカの審査項目では @資金力(会社内容、会計監査の決算報告、銀行与信枠を含めた財務情報)A過去の工事経歴(工事の種類・規模・数・施工場所、施工体制、施主の満足度、下請業者・資材納入業者に対する支払記録、過去の工事に関する関係者の評判)B契約遂行能力(当該工事の施工体制、工事計画、機械調達計画、担当技術者の能力・経験、本社の支援組織、工事費の見積金額とその妥当性)があげられている。
 損保会社がこのような審査能力を保持するためには、建設業や建設技術に関する専門の知見を持つ人材を調達しなければならず、その客観性、公正性、公開性を確保しなければならない。公共工事の施工に責任を持つ建設業者の選別が営利を目的とする金融機関に任せれば、構造物の品質や安全性など公共性を担保できない懸念がいっそう強まる。
 そしてこのような金融機関主導の入札参加希望業者審査は、金融機関・建設業者と発注官庁との新たな癒着を生じさせる可能性がある。

3.公共事業発注行政機関の責任の放棄につながる 
 「中間取りまとめ」では「総合評価方式の拡大に伴い、技術提案を審査する発注者の負担の増加が懸念され、入札ボンドの導入により、適切な与信枠の設定等の市場機能の活用を通じ、質の高い競争環境を整備する」と述べている。つまり技術提案型入札では、発注者が入札参加者の技術提案の審査に多大な労力を費やすことになるため、入札参加者が技術提案する以前に損保会社を通じて参加希望業者を選別することにより、技術提案審査の手間を省こうというものである。しかし、これは総合評価型入札を金融機関の判断基準により恣意的に捻じ曲げられることになるだけでなく、入札の公正性、客観性を保障すべき発注行政機関の任務の手抜きと責任の放棄につながるものである。

おわりに

 大手ゼネコンの市場独占を狙った建設業界再編は、2005年4月に施行された「公共工事品質確保法」を活用し、公共工事市場を軸に行われようとしている。「談合」に代わる新たなビジネスモデル(日本土木工業協会「透明性ある入札・契約制度に向けて」2006年4月27日)と称する「品質確保」を名目にした大手ゼネコンの技術開発力に基づく競争は、技術力の審査基準や価格設定をめぐって新たなより深刻な「官製談合」を生むものである。そして国土交通省と大手ゼネコン業界は、この再編施策がいっそう円滑に進むために、入札ボンド制度導入をはじめとしてJV制度や随意契約制度改革などとともに、その仕掛けづくりに取り組んでいる。すでに建設業界ではこのような動向を察知し、中堅ゼネコン間の合併や技術提携などが生じてきている。
 しかし、建設産業が真に生き残るためには、このような大手ゼネコンのみの生き残り策ではなく、地域における住民の安全と生活の利便性に貢献し、地域の雇用確保や経済振興に寄与する地域に根ざした中小建設企業の生き残りを最重視した行財政施策を提案すべきである。



5.国有財産売却で再開発―――財界の要求丸呑みは許されない―執筆 高瀬康正
安倍首相、国の資産売却を表明
  東京都心、経団連ビルや巨大企業の本社ビルが建ち並ぶ大手町でかつて国の機関の合同庁舎があった跡地で再開発事業がおこなわれている。地下が深く掘削され、クレーンで部材が運ばれ、やがて姿をあらわす超高層ビルの巨大さが容易に推察される。 
この都市再開発事業の概要は大手町合同庁舎第1,2号館跡地、13400uを都市再開発法に基づく第1種市街地再開発事業としておこなうもので、参加地権者は全国農業協同組合中央会、全国農業協同組合連合会、農林中央金庫、社団法人日本経済団体連合会、株式会社日本経済新聞社です。これに事業パートナーとして三菱地所他4社が参加するというものだ。この事業をモデルにして、公務員宿舎跡地を民間大企業に売却しそれを種地に行おうとしていることが検討されている。都心の一等地に存在する公務員宿舎を今後3年間で134箇所(6170戸)、10年間で233箇所(10840戸)を廃止することが明らかにされ、現実味を帯びたものになっている。
このような中で安倍首相は、9月29日の所信表明演説で「国の資産の売却・圧縮を積極的にすすめ、2015年(平成27年)までに政府の資産規模のGDP比での半減を目指します」と述べた。ここで明らかにしたいのは、この発言の背景に、不動産資本の要求やそれを後押しする自民党や政府サイドのさまざまな動きがあることだ。また「国はこれだけ資産を売却し財政赤字解消に努力したので、増税を」という消費税をはじめとする庶民増税の“地ならし”との見方もある。国の資産売却は過去にもおこなわれたことがあるが、安倍政権の下で行われようとしている主として公務員宿舎等の跡地売却が何をネライとしているのか、それが国民にどのような影響をもたらすのか検証したい。
<庁舎・宿舎の売却、有効利用>
  国の資産売却など財政資産圧縮の検討をすすめてきた自民党財政改革研究会が06年6月20日「財政資産圧縮PT〔プロジェクトチーム〕最終報告」を出した。この「最終報告」では、最大112兆円程度の政府資産の圧縮が提示され、80兆円程度の圧縮が見込まれている貸付金の証券化のほかに、庁舎・宿舎等の売却・有効利用(2兆円程度)が提案されている。政府部内でも※「財政再建に直接貢献する部分であり、増税の前に当然進めるべき」などとされ、具体化がすすむ様相だ。※、「朝日」2006.4.21、「日経」2006.5.17
   70兆円を超える債務残高からみると金額的には「焼け石に水」との観測もあるが、「政府の資産を民間に開放することによる経済成長の促進」といった効果を強調している。
  なお、自民党の「最終報告」では、資産圧縮の進捗を監視する「第三者機関」の設置と、同機関の設置を含む組織、権限の整備等を定める「政府資産負債一体改革法(仮称)」の制定がうたわれている。さらに、経済財政諮問会議の専門調査会を改組した※「有識者会議」を9月以降に立ち上げ、資産・債務改革の実施状況をチェックすることが決められた。※「朝日」、「日経」2006.7.4夕刊

<有識者会議の報告>
一方、2005年12月に財務省内に設けられた「国家公務員宿舎の移転・跡地利用に関する有識者会議」(座長:伊藤滋早稲田大学特命教授)は、検討をすすめた結果、6月13日に「報告書」をまとめた。この「報告書」では、ア、宿舎のあり方の点検、イ、売却等の可能性や方法、ウ、宿舎の移転、再配置について今後3年、10年の計画の策定、エ、宿舎跡地について、これを有効活用する方策の検討をおこなったことを明らかにし、そして宿舎跡地の有効活用の「基本的視点」として、「宿舎の集約化、跡地売却について、民間の考え方やその手法を参照し、従来以上に宿舎の売却と跡地の土地有効活用のスピードアップを図る」としている。この「会議」は検討対象を国有財産全体に広げ、「国有財産活用委員会」(仮称)として継続する予定だ。
この有識者会議のメンバー構成が同会議の性格を明確にしている。座長の伊藤滋氏は、事務所ビル建設を東京で展開しているデベロッパーの森ビルが運営するアカデミーヒルズの会長、森記念財団名誉塾長、日本都市計画家協会(森トラストグループ)、会長を兼ね、さらに森ビルが進めるプロジェクトの「アドバイザリーメンバー」として森ビルの再開発事業に深く関わっている。その他、委員には三井不動産の不動産投資サービス本部長、三菱地所のビル事業本部長など公有地売却による利害関係者が名を連ねている。現在の国家公務員宿舎は都心の一等地や利便のよい場所にあり、不動産会社やその関係会社にとってみれば垂涎の的であるに違いない。
事実、ことし8月、社団法人不動産協会(理事長:岩沙弘道、三井不動産社長)が出した「都市再生推進に関する要望」では、「国有地の戦略的な活用による都市拠点形成として、東京・大手町地区において、合同庁舎跡地を種地として、老朽化したオフィス群の段階的かつ連続的な建て替え(連続型再開発)を行う事業が公民連携により行われている。スキームの点からも、地権者の早期合意形成の点からも画期的」と高く評価し、さらに国家公務員宿舎跡地の有効高度利用を進めることは、「都市再生の推進に効果的であり、まことに有意義である」と礼賛している。そして「早期の事業実施を期待するとともに民間のまちづくりのノウハウを最大限活用するため、企画提案型コンペの積極的活用」を強く要望している。

大手町開発がお手本?
不動産協会が高く評価する大手町地区の開発とはどのようなものか。それは国有地の売却による民間開発がいかに大企業にうまみがあるものであるかを如実に示したものだ。この大手町地区はもともと関東地方財務局、建設局(当時の名称)など国のさまざまな合同庁舎があったところだ。これら庁舎を壊しその跡地を※「国際ビジネス拠点」にしようというのが開発のネライといえる。この開発構想を具体化した「大手町地区連鎖型再開発事業/第一次再開発事業について」が2005年6月13日に、三菱地所株式会社、NTT都市開発株式会社、東京建物株式会社、株式会社サンケイビルによって発表された。
※「大手町合同庁舎跡地を活用した国際ビジネス拠点形成推進方策調査報告書」2005年(平成17年)3月国土交通省 都市・地域整備局
これによると、この大手町地区は03年1月、都市再生本部で「大手町合同庁舎跡地の活用による国際ビジネス拠点の再生」として第5次都市再生プロジェクトが決定され、それを受ける形で、同年4月に地権者、東京都、千代田区、及び大手町・丸の内・有楽町地区再開発計画推進協議会により「大手町まちづくり推進協議会」が結成される。そして2004年3月には「大手町まちづくりビジョン委員会」(委員長:伊藤滋早稲田大学教授)により「大手町まちづくりのグランドデザイン」としてまちづくりの方向性が示された。 
合同庁舎跡地は、03年3月にいったん都市再生機構に競争によらない随意契約によって1300億円で売却される。そして有限会社大手町開発が共有持分の一部を都市再生機構から取得し、両者が移転、建替え用地として事業終了まで保有し続けることで、連鎖型再開発を公民連携して下支えするとしている。
<破格の安値で民間に売却>
この1300億円での売却は破格の安値だ。2006年(平成18年)の「地価公示」(国土交通省土地鑑定委員会発行)によると、現在進められている開発地の「千代田区大手町1丁目7番18号及び19号」に地名、地形、周辺状況が似通った「大手町1丁目3番3外・大手町1−7−2」、「事務所、集会場兼店舗等 SRC31F4B 著名な高層ビルが集積し商業地域 建蔽率80、容積率1300」は、u当たり1720万円。一方開発地面積は1万3400uであり、有限会社大手町開発が都市再生機構から取得したu当たりの価格は約970万円である。容積率は1590%で近似土地より290%も上回っている。価格だけを単純比較すると公示地価の58%、つまり42%安く入手したことになる。
なぜいったん都市再生機構に売却したうえ、さらに民間に譲渡するような売却手法をとったのか。それは民間会社に国有財産を売却する場合は原則、競争入札によって行うことになっており随意契約は例外となっているため、都市再生機構を「トンネル」にして民間に譲渡し、確実に入手できる方法をとることで、不透明さを“オブラートで包んだ”といえる。この跡地開発の事実上の企画立案をおこなったのが「大手町まちづくり株式会社」である。社長は、この開発で広大なビル床を取得する予定の経団連の和田龍幸・事務総長、取締役には三菱地所の高木茂社長が就いている。
<開発利益は山分けの構図>
※この「大手町まちづくり株式会社」は03年8月ごろ一通の要望書を当時の都市基盤整備公団(現:都市再生機構)出す。この「要望書」には(1)再開発での建築物整備は民間がおこなうことを基本にする、(2)合同庁舎跡地の取得にあたっては、現行容積率700%を前提とした評価をもとに交渉をおこなう、(3)開発メリットは、事業施行者や参画地権者の貢献度に配慮し、適正に配分する、などとしている。何のことはない、低い容積率のままの超安値で入手し、取得後高容積率に指定換えして、土地の付加価値を高め、それで得た開発利益は山分けするという仕組みが事前に構築されたといっても過言ではない。
※ 「しんぶん赤旗」2005年1月9日付け
跡地には経団連会館、日経ビル、JAビルなどが建設される予定だ。しかもこの地区は政府による第5次都市再生プロジェクトとして「都市再生緊急整備地域」に指定され、容積率も先に指摘したように、従来の700%がその2.4倍の1690%に引き上げられた。経団連会館などの地権者は、旧経団連会館との等価交換により、膨大な余剰床面積を与えられることになり、ほとんど事業費をかけずに新たな会館を建てた上、得た余剰床を販売することで二重三重に利益を得ようという虫のいい話だ。
<10年間で1万戸余の公務員宿舎を売却>
先の「有識者会議報告書」では、「40年の耐用年数を迎える宿舎は、順次廃止する」としたうえ、「都市再生等への観点から特に別の用途に供することが適当と考えられる土地に存在する宿舎は上記基準(耐用年数40年以上)関わらず廃止する」としている。大手町の合同庁舎跡地の開発と同様の手法をとるとすれば、宿舎跡地を種地とした都市再開発は莫大な利益を民間大企業にもたらすことになる。

都市再生本部が後押し
  首相直轄機関である「都市再生本部」による都市再生プロジェクト(第11次決定)で「国家公務員宿舎の移転・再配置を通じた都市再生の推進」として、「東京都区部における国家公務員宿舎(合同宿舎及び省庁別宿舎)の移転・再配置の機会をとらえ、利活用が可能なものについて、都市再生の推進に資する戦略的な活用等を促進する」としている。 
「都市再生事業」は、東京や大阪を国際競争力のある世界都市として再生させることを目的にした小泉「構造改革」の目玉のひとつ。2001年5月、小泉総理(当時)を本部長とする「都市再生本部」を官邸に発足させ、「都市再生プロジェクト」の打ち上げや「都市再生緊急整備地域」の指定などによる民間都市開発事業を推進してきた。このプロジェクトを推進するため、「都市再生特別措置法」を2002年6月に施行、5次にわたって「都市再生緊急整備地域」が指定され、その面積は、64地域、約6567haに上っている(06年6月19日現在)。
<都市再生本部による宿舎跡地開発>
国家公務員宿舎跡地開発を提言した都市再生プロジェクト(第11次決定)の内容は、どのようなものか。それは、
1、 国家公務員宿舎のうち、移転後の跡地の位置・規模からみて、必要な都市機能の集積、幹線道路網の整備、密集市街地の整備改善、防災公園の整備、環境保全といった都市の諸課題の解決に資する利活用等が可能なものについては、移転の機をとらえて積極的に活用する。また、その敷地が不整形あるいは接道条件不十分なもの等については、移転の機をとらえて周辺の敷地との一体化による整序を図ること等により、地価の価値の向上ため有効に活用する。
2、 必要な国家公務員宿舎を確保するため集約的に再整備するに当たっては、建設・維持管理等について民間の資金やノウハウ等を活用するPFI手法を積極的に導入する。
3、 これら移転・再配置を契機とした都市再生を効果的に進めるため、国や関係地方公共団体等による連携方法について早急に検討するとともに、これら主体が必要な協議・調整をおこなう体制を整備する、というものだ。
こうして先の有識者会議の「報告書」による公務員宿舎の跡地を中心とする都市開発が具体的に動こうとしている。
過去にも公務員宿舎跡地など国有財産の民間への売却による開発が行われ、不動産・デベロッパーが暗躍し当時の首相への疑惑として国会でも取り上げられたことに目を向けなければならない。
中曽根民活と国有地売却
  1983年3月、中曽根首相(当時)は建設省の事務次官を首相官邸に呼び、民間活力導入の有効な手段として、検討を指示していた各種建築規制緩和策について報告を求めた。その際、首相は「山手線内側では、すべて5階建て以上の建物を建てられるようにしてはどうか」と、容積率の見直しを進めるように指示したとされている。このころから本格的に始まったのが「中曽根民活」だ。
  中曽根民活では、国有地や国鉄用地など公有地のまとまった土地を、容積率の緩和などの規制緩和を“誘い水”にして、民間に払い下げいわゆる「内需拡大」政策を推進した。
○1986年1月  新宿区西戸山の公務員住宅跡地 随意契約 公示地価の1.5倍で売却
○1985年8月  千代田区紀尾井町の司法研修所 競争入札 公示地価の2.8倍で売却
○1986年11月 港区六本木の林野庁の職員住宅  競争入札 公示地価の2.1倍で売却
  といった事例がある。
<疑惑が指摘された西戸山開発>
 とりわけ、西戸山再開発は、「中曽根民活」のモデルケースとして打ち出された。まず1983年9月の公務員宿舎問題研究会(大蔵省理財局長の私的諮問機関)が中間報告を発表する。同報告では、@民活を導入した新しい都市開発のモデルとする、A多数の適格なデベロッパーの連合体を事業主体にする ―――の2点が打ち出された。この研究会は老朽化した公務員宿舎を高層建築に建て替え、余った土地にマンションなどを建設、住宅供給の促進に役立てるという首相の構想を早期に具体化する目的で編成され、研究会の構成も大手デベロッパーの役員が大半を占めたもので“私的諮問機関”といいながらも極めて異常なものであった。
 この中間報告が発表された3ヵ月後の83年12月、民間の大手・中堅不動産会社66社が企業規模の大小にかかわらず均等に5000万円出資して新宿西戸山開発(本社:東京、資本金33億円、社長:中田乙一〔三菱地所会長〕(当時))が設立された。しかもその会社に西戸山の公務員住宅跡地随意契約で売却されるという不自然さにたびたび野党が国会で追及することになり、マスコミにも取り上げられた。
<西戸山再開発の参加業者が不明朗 参院委で追及>
この西戸山再開発の疑惑の中心は、中曽根首相と参加業者の不明朗な癒着にあった。首相と親しい関係にある野島吉郎・東京興産社長が、千葉県で土地転がしをし、その土地が国から開発促進地区に指定されるなどで巨額の利益を得た疑いがあり、こうした人物が西戸山再開発の企業側に加わっているのは、問題だと追及されたのだ。(1985年03月21日「朝日新聞」)
野党側が問題にした主な論点は次のようなものであった。
 ●民間に高く国有地を売ろうというなら、一般競争入札にすべきなのに、随意契約で行おうとしているのはなぜか。
 ●この構想の推進を中間答申した「公務員宿舎問題研究会」(大蔵省理財局長の私的諮問機関)のメンバーは実施主体となる「新宿西戸山開発株式会社」の構成メンバーとなっている不動産会社から出ており、公正を欠く。
 ●「新宿西戸山開発」を実質的に切り盛りする専務を出している東京興産(本社:東京渋谷区)の社長は中曽根首相の政治団体の幹事であり、政治献金もしている
  この日本共産党国会議員の質問にたいし、中曽根首相は、「国はできるだけカネを使わず、民間活力を導入、その効率性なども生かそうというのが私の基本姿勢だ。共産党は商売を知らないから、そういうことを言う」と開き直り、大蔵省の志賀理財局次長も「公共性の高い、しっかりした仕事をやってもらうときには随意契約も有効な手段だ」と答弁したのだ。(1984年03月29日「日経」)
  不可解なのは、この質問が行われた2日後、中曽根首相の政治資金を扱う指定団体「
近代政治研究会」から150万円、「昭和文化協会」から65万円が、83年3月30日付で、それぞれ東京興産に対して返還されていたことが判明した。この開発に当時の首相、中曽根康弘氏が関与していたことはこの事実からも明らかである。

<旧国鉄用地の処分>
  膨大な敷地を擁する旧国鉄用地の処分をめぐる問題もたびたび政治の俎上に上った。1987年4月の国鉄分割民営化以後、当時の国鉄清算事業団を通じて旧国鉄用地が処分されることになった。しかしこの当時、地価高騰が東京都心部から始まり、全国に及んだことから、当面の売却は凍結された。それを予想していたのかどうかは別に結果的に旧国鉄用地はバブルがはじけ、地価が暴落したあと超低価格で民間大企業に売却されることになった。当初の「民営化」構想は土地売却によって、債務を返済し、国民負担を軽減するものとされていたが、それを反故にしたばかりか、安値で購入した大企業に利益を与えることになった。結果として膨大な債務は国民負担によって償われた。
なかでも汐留駅跡地の場合、次のように超安値で民間大企業に売却され超高層ビルが林立するオフィス街に変身した。

                          高さ      坪単価  公示価格との比率(売値/価格)
   A街区  電通             210メートル  2545万円  ―――
   B街区 三井不動産・松下電工   215メートル  2314万円   0.23
   C街区 日本テレビ鹿島汐留開発 192メートル  2129万円    0.71
<国有財産処分の原則>
ここで現在の国有財産の処分についての法制度を述べておきたい。国有地は国有財産法によって、財務大臣が管理することになっている。そのため払い下げする際には、財務局ごとにある国有財産地方審議会の意見を聞いて、大臣が払い下げを決定する。また国は払い下げ後の用途を指定し、転売を禁止することができ、指定期間内(通常5年間)に約束を守らない場合は、契約解除できることになっている。
  国家公務員宿舎のような国有財産は「公用財産」といわれている。庁舎、防衛施設、裁判所、国立病院などもそれにふくまれる。「公用財産」は、原則的に行政目的に直接供用される国有財産なので、国有財産法によって私権の対象にすることが戒められている。
  <公用財産は私権が設定されない>  
また、国道や河川、港湾、国営公園などの「公共用財産」、皇居や御所、御用邸、陵墓などの「皇室用財産」、造幣局や印刷工場、国有林野事業などの「企業用財産」も同様に安易に※私権を設定することができず、これらをまとめて国有の「行政財産」と呼んでいる。
※国有財産法第18条 行政財産は、これを貸し付け、交換し、売り払い、譲与し、信託し、若しくは出資の目的とし、又はこれに私権を設定することはできない。
一方、相続税が払えず国庫に物納された土地や、各省庁の長が管理する行政財産で「不用・用途廃止」されたものは「普通財産」として財務大臣の管理下に移され、売却による私権設定が可能になる。
  公務員宿舎跡地を売却するには、それが「不用・用途廃止」と各省庁が判断しなければならないというのが国有財産法に定められた手続きといえる。
一般に都市における「公有地」は、行政機関が「秩序ある整備と公共の福祉の増進」を目的に掲げ(公有地法)、道路、公園、下水道、学校などインフラ系施設、住宅、業務、自然環境保全などの用地として取得するのが常識といえる。
  事実、たとえば筑波移転跡地(旧東京教育大学が筑波に移転したことに伴うその跡地)の利用状況をみると公園が40%、学校が11%、道路などの社会基盤施設が11%、住宅が7%、残りの約1割(27ヘクタール、約8%)については処分を留保したというような実績がある。(「くらしに役立つ国有財産〜国有財産行政の思い出〜国有財産特集座談会」1996.11)
  
<首相の意向で官僚が編み出した民間売却>
さらに84年から86年にかけての「中曽根民活」の時期に民間活力の活用を名目に土地信託制度の導入、NTT株式の第一次売却がおこなわれる。当時その任に当たった中田一男氏(大蔵省理財局次長)は民間への売却に腐心した内情を次のように語っている。「大体国有地は非常に低利用ではないか。公務員宿舎にしても平屋建てが多い。民間のオフィスは高層化しているのに、国の建物は二階建てぐらいが多いじゃないか。あるいはそれが散在している。いっそのことオフィスは集約して合同庁舎ということで高層化すれば、国有地が有効利用されることによってそれだけ空き地ができる。あるいは公務員宿舎についても、高層化していくことで空き地ができれば、それを民間に活用してもらう。そういうことを積極的に考えたらどうかということでありました。そうはいっても、国有地は、仮に空き地ができたとしても、やはり公用・公共用に使うというのがまず基本ではないかという考え方がありました。(そこで)〔引用者注〕行政財産を効率化して空いた土地を、まず地方公共団体に使いますかということを聞きましょう。従来ですと「いや何か使うからちょっと取っておいてくれ」、地方公共団体がこういったらとっておかなければいかん。(それで)「3年以内にお使いになりますか。それならどうぞ。3年以内に使う予定がないのであれば民間に活用してもらいますよ」ということで、民間に処分していこうということにしたわけです」(前掲座談会)
 <有効活用通達>
こうして中曽根民活時代に総理の強い指示により、ほんらい民間に売却できない行政財産をその運用により民間に売却できる方途を官僚の手によって編み出したといえる。 
しかし、それは国有財産処分の原則から大きくはみ出すものであった。その後、2001年2月14日に国有財産の「有効活用通達」なるものが国有財産中央審議会の答申を受ける形で当時の大蔵省からだされる。その基本は、
1、非効率と認められる国有地について積極的な集約立体化等効率化をすすめ、これにより生じてくる未利用地の国有地を、都市施設や都市再開発、公共住宅プロジェクトの用地として有効に活用することとする。
2、行政目的を終了した国有地を処分するに当たっては、空港、港湾、防災基地、公園、緑地、道路、公共住宅など公用・公共用の用途に優先的に充てるという原則を徹底して、特に都市部においては、土地利用の改善につながる波及効果を都市全般にもたらすものに長期的視点にたって活用を図る、というものであった。
<まちづくりの活用こそ>
以上のようにもともとは国民の共有財産である国有財産は、特定の企業に便宜を図るものであってはならない。先の大蔵省の通達によっても「公用・公共用」が基本であり、仮に民間に売却することがあってもその基本はきちんと守るべきである。
  国家公務員宿舎の多くは都心など立地条件に恵まれたところにある。それだけにその活用に当たっては、国民の共有財産として有効に利用することが基本だ。いつ起こっても不思議でない首都圏直下型の震災に備えての防災基地、緑の再生、公共住宅の建設などほんとうに国民の暮らしに役立つものに活用すべきである。
  また該当する地方公共団体の意見や要望を聞き、その町にふさわしい都市計画、まちづくりにマッチした活用を市民や専門家の意見を参考にしながら十分検討することが求められる。これらの原則的な立場を抜きにして特定の大企業だけを利する現在の計画は将来に禍根を残すと指摘せざるを得ない。 



6.高規格堤防事業(スーパー堤防事業)の問題点と最近の動向―執筆 葛西 浩徳

1.事業の構想の非科学的な発想
 
1)高規格堤防は、堤防の高さ(H)の30倍の幅の区域を盛土し、超過洪水でも堤防が破壊されないために造るというのものである。荒川下流では、H=10m程度であるため盛土範囲は300mという膨大な範囲となる。
 なぜ、こうした発想になるのかの背景には、河川工学の非科学性があると個人的に思う。河川工学の大前提は、「自然は人間が制御できる」という前提=非科学的思想に貫かれている。
  河川工事の基本計画は、「基本高水の設定」にある、具体的には「過去の洪水流量の降雨を確率論で100年に1回起こるという雨に引き延ばし基本高水を設定する」である。もう建設省内・河川工学会では、この「確率降雨論」に反対を唱える人間は一人も存在しない。
  わかりやすく言うと、流域全体に300mm/台風1回での雨が降るという前提になっているのである。日本には年間3,000mm降る地域があるが、その10分の1が流域全域に降るという想定である。
2) 想定だけなら悪いことではないが、それをダムで貯めて・河道で全て流して海に運ぶという構想が現在の河川工学である。従って、ダムは多数建設する、堤防は高くするということになる。確かに仕方のない歴史もある、江戸時代の徳川幕府は、農地開発で財政を立て直すために、河道の定着、湖沼の埋め立てで新田開発を行ったため、我々の頭に自然と今の河川工学を受け入れる素地があった。更に、明治政府が招いた欧州の河川工学の先生たち(オランダ等)は、単純土堤防を推奨したため、日本古来からの伝統であった、石と土と植生(松・竹・芝等)の組み合わせで壊れない堤防(中には堤防の芯に粘性土:勝海舟もオランダ人の堤防作りを見て大丈夫かと疑問を呈したという)は、近代化の名の下に捨てられてしまった。
 今の河道は広げられない、堤防は土であり断面を大きくしないと壊れてしまう。こうした背景から、堤防の幅を大きくして、壊れない堤防を造るしかないということになり、高規格堤防が構想されたのである。
3) 今の地球温暖化の時代には、大雨が降ることはあり得るが、均一に降るというのは非科学的である。自然はもっとダイナミックである。気象科学と河川工学の融合、日本の地形条件に合った堤防事業の構想を日本独自で考えなければならない。つまり、自然は人間の予想を超えて被害を及ぼす、従って、自然に抵抗しないで被害を最小限にするためには、大都市を造らない、浸水しても壊れない都市を造る、将来の地球温暖化による北極・南極・世界中の氷河融解に伴う海面上昇に伴う準備をすることが重要である。

2.事業計画のいい加減さ

1) スーパー堤防事業は、1990年代に開始されたが、利根川・荒川・多摩川・淀川両岸の5%程度しか完成していない。(会計検査院の調べ:新聞報道)
  そもそも当時の国会建設委員会審議で与野党が、事業計画を出せと建設省に要望したが、建設省は「用地買収の困難性から事業計画はだせない」と強弁し、今も態度は変わらない。これに対し、与党議員からも、「単年度審議するには事業計画がなければ、予算配分の比較も分からない、何を審議するのか。」という声が上がった。(参議院建設委員会議事録:記憶)
2) 朝日新聞の記者が当時取材したところによると、建設省本省河川局の幹部に「これで河川局は未来永劫安泰ですね」と促したら「そういうことだね」と言って大笑いしたとのこと。つまり、国家財政の危機的状態を考慮せず、河川局の権益(予算確保)を守る為だけに、考え出されたということが明白である。この背景には、財界の要望が「都市開発」による土地投機への熱望があり、その当時、都市開発から膨大な建設発生土が発生し、その受け皿として高規格堤防が構想されたのである。今でも同じ背景があるが、当時は都市局と河川局が協議して、高規格堤防が計画されたのである。

3.余りにも高すぎる事業費

1) 高規格堤防事業は、用地買収費はかからないが(権原は所有者だが河川敷地に指定される)補償費(取り壊し、移転、再建築)が莫大(新聞で批判:淀川)となる。結局300mとか500mの区間の虫食い事業となるために10m程度の盛土の周りの擁壁・地盤改良(高い盛土となるため、計算上円弧滑り破壊が生じるため、基礎地盤を地盤改良し抵抗力を持たせる)、盛土後すぐに住宅等を建てるために、10cm以下の沈下しか想定していないために、全敷地面積の地盤改良が必要となり、東京都平井地区では300m区間で30億円(記憶)の経費が係った事例があり、1m当たり1000万円という単純計算になる。従って、荒川の下流(30km*両岸=60km)だけで6000億円かかってしまう。これでは、建設委員会の審議に事業計画を出せない訳である。

4.進まない用地交渉

1) この事業の真の目的は、「都市開発」であるため、東京都内が第一優先課題となる、しかし、荒川下流両岸には住宅が密集しており、用地買収ではなく、引っ越しして取り壊しして盛土して再建して入居という少なくても5年程度から10年程度まで大量の住民を異動させながら事業を行うことは事実上、総論賛成だが各論反対ということになり、用地補償は進まない。
2) 利根川では、そもそも「都市開発」は存在しておらず、高規格堤防事業の目的は「水防拠点」(過去に堤防が決壊した場所、歴史的に河道を切り替えた堤防地点)の整備となり、平成19年度で事業は完成してしまう。

5.事業効果論

1) 従って、「事業計画はだせない」、「事業費は高い」し「虫食い事業」となる、しかも「なかなか進まない」という最悪の条件の事業となり、事業効果はあるのかということになる。会計検査院も指摘するのは当たり前である。
2) 全建労はこれまでもこうした問題点を指摘し、堤防を質的に改良すべきという現実的提言を行ってきた。つまり、武田信玄と部下の技術者の英知を引継ぎ、近代気象学と地球温暖化のシミュレーションからの出水を想定し、全国各地の堤防の質的強度の分析を行い、基本的には狭い国土の日本においては、遊水池を配置しながら、一定の浸水を想定して、自然の驚異を受け止める治水対策にすべきという提言行っている。

6.事業効果論にはさすがの官僚も勝てず:高規格堤防の進め方を修正

1) 高規格堤防事業自体の発想はおかしくはないが、限られた財政状態(今では小泉内閣で建設業は停滞産業と位置付けられ減少の一途である)の中では問題点が多すぎ、事業効果がいつ上がるのかという指摘には、さすがに建設官僚も勝てず、遂に近年断念した模様である。
  そして、全建労も提案していた、「堤防強化事業」を開始したのである。例えば、利根川では表法面を緩傾斜堤防にして、用地を買収し裏法面を7割勾配にして断面を拡大し強化する。(荒川・多摩川でも用地買収はしないが質的な堤防強化)
2)「河川堤防」(本)では、欧米諸国の治水計画は、重要都市を位置づけ、運河堤防から発達した、様々な土質材料を工夫して、堤防を質的に強化することを各地域の特性を考慮して進められている。日本の治水事業もやっと科学として過去の亡霊から解放されたのである。
3) 莫大な予算を使い切り、建設大手ゼネコンの利益を最大化するために、建設官僚は存在するが、高規格堤防事業の構想は変えていないし、問題点を若干修正しているのが現状である。必然的な修正であるが、更に監視・検討・提言を常に行わないと、暴走してしまうのが建設官僚である。
4) 更に、利根川、荒川、江戸川、木曽三川、淀川のみが「質的強化事業」の対象に限定しているのである。従って、全建労は、日本古来の治水の伝統を引継、全国の河川の質的堤防強化事業と遊水池を配置した事業を提案していくことが、全国の国民の生活を守ることになると考えている。中央・地方生公連・建設共闘でも議論を深め、中小建設業者とも連携を強め、小泉構造改革による生活関連公共事業削減をストップさせる運動の強化が重要である。   
                                                                              以上